第九十八話 ドワーフの紋章とともに
近衛騎士を後ろに控えさせたバルドガルド王は、部屋にいる面々を見渡し、話し出した。
「待たせたな。ヨルゲンから話は聞いたか?打ち合わせが済んでいるならば、すぐ任務に移ろうと思う。しかし、そなたらは装備も十分ではなかろう。よって、傷薬や毒消しなどを一式、そなたらに分け与える」
バルドガルド王は、後ろに控えていた近衛騎士に合図を送ると、麻袋を抱えた近衛騎士が近づいてきて、ジャンに手渡した。
「御心遣い、感謝致します」
恭しく頭を下げ、麻袋を受け取ったジャンは、そのまま静かに後退りする。
「それから、ミサキ」
「は、はい!」
まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったので、内心焦ったが、ダニエルの方が私より焦っているのが横目に見えた。
「お前、中々逞しい戦い方をするのだろう?」
「え?えぇ……まぁ……そうかもしれません」
苦笑いしながら歯切れ悪くそう答えると、バルドガルド王は、ガハハ!と笑って私の肩を叩いた。
「気にするな!ローガーから聞いたぞ。聖女でありながら、勇ましい戦士だと!ただ、お前の装備は少し心許ない。よって、ローガー救出の礼として、これをやろう」
そう言うと、バルドガルド王は近衛騎士から何やら鉄のグローブのようなものを受け取り、私に手渡してきた。
「え?でも、私のような者には……」
受け取って良いものか、しどろもどろになってダニエルを見れば、「いいから黙って受け取れぇぇ!!」と言わんばかりに、般若のような形相で必死に目で訴え、激しく首を縦に振っているのが見えた。
確かに王を相手に断るのは、至極失礼な行為だと思い直し素直に受け取った。
「ありがとうございます。……このような素晴らしい品を、本当によろしいのですか?」
「よいよい!気にするな!さぁ、着けてみろ」
バルドガルド王に促され、私は受け取ったグローブをしげしげと眺める。
見た目は黒鋼と革でできたグローブだ。
嵌めてみると、拳の部分に銀の装飾もあるが、指は動かしやすく、拳の握りを邪魔しない作りになっている。
手の甲と拳部分だけを鋼で厚く補強されているようで、これなら固いものを殴っても、手を守ってくれそうだ。
「どうだ?黒鋼の闘拳という作品だ。打撃時の衝撃を装着者の手に返さない作りになっておるから、鉄鎧や岩を殴ることも可能だぞ」
ニヤニヤしながら言うバルドガルド王の顔は、いたずらっ子のようで、なんとも憎めない。
「凄い……。本当にこのような素晴らしいものをいただいても宜しいのですか?」
はぁ~と感嘆の息を吐きながら聞くと、バルドガルド王はくどいぞと笑って言った。
「それはもう、お前のものだ。お前は己の拳だけで我が血族を救った。その拳を、今度は我らの鍛冶の力で守らせてもらうぞ。その証として、手の甲にはバルドガルド王国の紋章を刻んでおいた」
見れば確かに、手の甲の部分に文様が刻み込まれていた。
「本当に、ありがとうございます……」
私はその気持ちがとても嬉しく、深々と頭を下げ、感謝の気持ちを表した。
「ただ、それが売りに出されているのを見つけた日には、お前を見つけ次第、首をはねるからな」
ガハハ!と笑いながらとんでもないことを言うバルドガルド王に少し顔が引きつるが、王の冗談はキッツいわねと特に気にしなかった。
……え?これ、前フリとかじゃないよね?
そんな考えが頭をよぎり、盗難にあっても、これだけは死守しなければ自分の首がとぶ!と肝に銘じた。
「では、これより作戦開始だ!気合を入れろっ!!」
『おぉぉぉぉーーーーっ!!!』
王の号令に、部屋の外や城の通路に控えていたドワーフ達の地響きのような雄叫びが響き渡る。
いよいよ動き出すのだと、肌がピリピリとした。
部屋を出ようとしたとき、私はローガーから声をかけられた。
「聖女様!無理はしないで、無事に帰ってきてくれ……」
「私は大丈夫よ。ローガーも万全じゃないだろうから、絶対無理しないでね!」
「クロ。お前がいれば聖女様は絶対安全だろうが、よろしく頼む」
クロと目線を合わせてお願いするローガーは、真剣そのもので、クロは言われなくてもそうすると言わんばかりに、ふん!と鼻を鳴らして答えた。
そんなクロの様子にローガーは微笑み、部屋を後にした。
「では、我々も行きましょう。私が避難誘導先の居住区まで先導します。遅れないよう付いてきてください」
ヨルゲン隊長は、そう言うやいなや、足早に部屋を出ていった。
私とジャン、ダニエルの三人はお互いの顔を見合わせ、深く頷き、ヨルゲン隊長の後に続いた。
このときは誰も予想していなかった。
あんな恐ろしいことが起こるなどとは――。
「あ~あ……つまんないねぇ〜……。やっぱりアレを起こしたほうが、絶っ対面白くなるのに。」
人が住む地上より遥か上空、神界と呼ばれる領域では、気だるげに独り言を呟く、一柱の神がいた。
「でもなぁ〜……。アイツ怒らせたら面倒だしなぁ。なんかいい方法ないかなぁ……。」
腕を組み、暫く考えている様子のその神は、「あ!そうだ!」と良いことを思いついたとばかりに手をポン!っと叩いてニヤニヤし始めた。
「ドワーフの古文書の記録をいじって、アレを起こすように誘導したら、俺がやったってバレないんじゃね?記憶をいじるとバレるからな。古文書なら形跡は残らないし、大丈夫だろ」
神は、まるで子供じみた悪戯を思いついたかのように無邪気に微笑むが、その目は全てを破滅に導こうという狂気を孕んでいた。




