第九十六話 切れた堪忍袋
「これが……世界地図」
“ノルディア”とバルドガルド王は言っていたが、それがこの世界の名前なのだろうか。
自分が旅した道のりがあまりにも小さく見え、まだまだ探さなければならない場所の広さに、呆然と立ち尽くした。
「おい!ミサキ!さっきから失礼だぞ!!」
ダニエルから肩を掴まれ、ハッと我に返る。
「良い良い。子どもと逸れているのだろう?何処にいるか分からないのであれば、焦る気持ちは相当だろう。母親の執念に免じて見せただけだ」
バルドガルド王は手を振り、ダニエルに気にするなと言って制した。
「寛大なご対応に感謝致します……」
ジャンとダニエルが頭を下げたため、私も慌てて頭を下げた。
「さぁ、時間はあまり残されておらん。しっかり働いてもらうぞ」
「承知いたしました」
ローガーとゴルムさんは龍の再封印についての話し合いがあるため、部屋にそのまま残り、私達は近衛騎士の案内で控室に通された。
部屋に入った瞬間、ダニエルの怒号が飛ぶ。
「おんまえはっ!馬鹿かっ!!」
あまりの声量に、私は思わずしかめっ面でのけぞった。
「あれほど言っただろ!聞かれたことだけ答えろって!!」
「……全く。ヒヤヒヤさせないでくれ」
怒鳴るダニエルの横で、胃を抑えながら顔色悪く椅子に座り込むジャンに「大丈夫?」と声をかけるが、軽く睨まれた。
「誰のせいだと思って……」
ため息とともに、そんなことを言われたが、そんなに失礼なことを言っただろうかと思い返す。
「世界地図を見せてってせがんだのが、そんなにダメだった?」
私としては、そこまで失礼なことを言った覚えはなく、少々おねだりが過ぎたぐらいかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「お前なぁ……」
頭をガシガシ掻きむしり、苛立った態度を隠しもしないダニエルに、どうやらかなりマズイことをしでかしていたらしいと気がついた。
もう遅いけど。
「それもあるが、そもそも王に対してなんて口の利き方をするんだ!不敬すぎるだろうが!」
私を指差しながら大声で叱りつける姿は、まるで父親のようだと、私は見当違いのことを考えていた。
「だいたいなぁ!『約束しましたよ!死なずに帰ってきて、私に色々見せてくださいね!!』って、お前何様だ!バルドガルド王自ら、命がけで龍の再封印に行かれるっていう、あの緊迫した空気の中で!!しかもバルドガルド王に命令に近い約束までしやがって!!!」
一気に捲し立てて、ゼェゼェ息を切らしたダニエルは、ドスン!と椅子に倒れ込むように座り、天井を見上げた。
「私だってちゃんと人は選んでるわよ。バルドガルド王なら大丈夫そうだったから言っただけよ」
そう言った私をジャンとダニエルは疑わしそうな目で一瞥し、ため息を吐いた。
「……俺はギルマス代理に報告してくる」
ジャンはそう言うと、またため息を吐きながら隣の部屋へ行ってしまった。
「全くお前は……」
また頭を片手でガシガシ掻きむしりながら愚痴るダニエルに、これは長くなりそうだなと覚悟した。
私は椅子に座り、クロの頭を膝に乗せて頭を撫でながらダニエルの説教を聞いていた。
どれくらいたったろうか、ジャンが別室から戻ってきてヴィルヘルムさんから言われたことを報告をする。
「ギルマス代理に作戦の内容を伝えてきた。私達はこのままこちらに残り避難誘導と魔獣討伐に専念せよとのことだ。ヴァルグリムでも住民の避難を開始し、坑道から漏れ出る魔獣の討伐を行うそうだ」
それを聞いて、私は残してきたスラムの子供達は大丈夫だろうかと頭をよぎった。
顔に出ていたのか、ジャンがすぐに補足説明を始めた。
「スラムの子供達は既に、他の避難民と一緒にグランヴェルへ移動中だ。グランヴェルの教会で一時的に預かることになった」
「教会?孤児院じゃなくて?」
「孤児院だけじゃ足りないらしくてな。教会にも要請して受け入れてもらったらしい」
「……そう。とりあえず安心ね。でも、ドワーフ達はグランヴェルに行きたがらないんじゃない?」
バルドガルド王は『フリージアなんかに可愛い国民は預けられない』と言っていた。王都であるグランヴェルに行くのと、ドワーフに昔から縁のあるヴァルグリムに出稼ぎに行くのとでは、わけが違うだろう。
「ドワーフ達は全員ヴァルグリムに残るそうだ」
「ぜ、全員?!」
「ドワーフの誇りにかけて街を守ると息巻いているらしい。女子供も、自分たちに出来ることをやるって聞かないそうだ」
小さいうちから、ドワーフはそんなに誇り高い生き物なのかと目眩すら覚えた。
命あってのものだろうに、誇りなんて捨ててしまえばいいと思うのは、現代日本人の浅はかな考えなのだろうかと、答えのない迷路に迷い込んだような感覚がした。
「バルドガルド王の会議が終われば、すぐ任務にあたることになるだろう。5日間歩き通しでキツいかもしれないが、これはやり遂げなければならない」
ジャンの言葉に私とダニエルは頷き、お互いの顔を見やる。
そのとき部屋のドアがノックされ、入室の許しを乞う声が部屋に響いた。
「失礼致します。バルドガルド王はまだ会議中ですが、先にご挨拶をと王国騎士団の第三隊隊長、ヨルゲン様がいらっしゃいました」
先程案内してくれた近衛騎士がそう言って、一人のドワーフを連れてきた。
任務の途中だったのか、背中には重装機械弓を背負い、腰には接近戦用の武器と思われる短剣を携えている。
「王国騎士団、第三山岳警備隊隊長、ヨルゲン・ストーンアローと申します。此度、フリージア王国の使節団御一行様と一緒に任務にあたることになりました。よろしくお願い致します」
深々と頭を下げたヨルゲンに、ダニエル達がそれぞれ言葉を返していく。
しかし、私の番になった瞬間、何やら値踏みするような視線を向けられた。
またかと思ったが、この視線にももう慣れてきたため、完全に無視した。
どうせ親戚のドワーフから親書が届いていて、私がどんな人物か気になるのだろう。
恐るべし、ドワーフネットワーク。




