第九十一話 いざ、バルドガルドへ
空がいぶし銀のようにぼうっと明るくなり始めた頃、私達はヴィルヘルムさんからの激励を受け、バルドガルド王国へと出発した。
「うぅ……今日は一段と肌寒いわね」
最近は寒さが増していて朝は少し息が白くなるほどだ。
暑がりとはいえ、そろそろ冬用の衣類を買い揃えなければならない時期だ。
スラムの子供達の服を買い揃えた上に、これからの活動資金の貯金や日々のやりくりを考えると、自分の分は後回しになり、何やかんやでお金が足りずにまだ購入できていない。
(この仕事が終わったら報酬で色々揃えないと風邪ひいちゃうわね)
そんなことを考えながら鉱山道を登っていたとき、中腹あたりでゴルムさんから声がかかった。
「あそこに見えている、あの坑道入り口から中へ入るぞ」
ゴルムさんが指をさした方向へ目をやると、五十メートルほど先に坑道の入り口が見えた。
「下側の坑道から行くと魔素が濃くてミサキ達が危ないかもしれん。今回はこのルートで行く」
ゴルムさんは人族の私達に配慮したルートを選んでくれたようだ。
魔素の濃いところからしかルートがなければ山越えしか道はない。
いくつか龍王路へと続く坑道があって良かった。
坑道の中は薄暗く、奥に入るにつれてどんどん暗くなっていく。
手持ちの魔導灯に照らされた坑道の壁面には、ツルハシの無数の傷や、削岩の模様が浮かび上がっている。
安全のために張り巡らされた鉄骨や木製の支保工が無骨な機能美を醸し出していた。
ゴルムさんの案内の元、どんどん奥に入っていく。
どこも似たような作りで最早迷路だ。
一人で帰れと言われても、もう元来た道は分からない。
「ねぇ、ゴルムさん。現バルドガルド王って、どんな方なの?」
どんな人なのか気になった私は、王様に会う前にどうしても聞いておきたくてゴルムさんに尋ねた。
機嫌を損ねて打ち首にでもなったら大変だ。
(出来れば気難しい人じゃないと良いんだけど…)
「あぁ?そうだなぁ…頭が固いな。ルールは徹底して守る!って感じで融通が利かねぇ」
「え……でも、今回の龍王路は、バルドガルド王が使えって言ったんでしょ?」
「そうだ。俺も驚いたが、それだけ向こうも焦ってるってことだろう。龍が起きたらバルドガルドは終わりだ」
一瞬の沈黙の後、ジャンが重苦しい空気を振り払うように口を開いた。
「今のバルドガルド王はドワーフにしては珍しく、外交に重点を置いている。ただ頭が固いだけではないだろう」
「そうなの?」
「そういやぁ、ノクス=ヴェリアや南方の乾燥国家の三国と同盟組むとかなんとかで、他のバルドガルドの貴族と揉めたって聞いたな……」
「「ノクス=ヴェリアとか?!」」
ジャンとダニエルが信じられないとばかりに同時に叫んだ。
「え?あぁ……言っちゃまずかったか?」
そこまで驚かれるとは思わなかったゴルムさんは、少し焦った様子で顔を掻いていた。
「いや……だって、ノクス=ヴェリアだぞ?!」
「あの閉鎖国家とよく同盟なんか…」
ジャンとダニエルは顔を見合わせながら眉根を寄せている。余程信じられないらしい。
(ノクス=ヴェリアって鎖国でもしてるのかしら?)
どんな国なのかと考えながら、私は足元のクロを見ていた。
クロは暗いところが嬉しいのか、いつもより足取り軽くルンルンだ。
たまに影に入って、暫くすると違う影から出てきたりして遊び歩いている。
暗闇で金の瞳だけが突然浮かび上がってくる様は、非常に恐ろしいので本当にやめて欲しい。
バルドガルドに着く前に心臓が止まる。
そんなことを考えながらボーッと歩いていると、ゴルムさんとダニエルとジャンはまだノクス=ヴェリアという国について話していた。
「ダークエルフの奴らは滅多に姿を見せないだろ?気難しい連中相手にどうやって国交なんか…」
ジャンは出来る限りの情報を引き出したいのか必死だが、相手はゴルムさんだ。
王の親戚とはいえ、ヴァルグリムで工房を営んでいるだけの一般人にすぎない。
詳しく聞こうとしても、詳しくは分からないと言われてしまい、もどかしそうにしていた。
「ノクス=ヴェリアってダークエルフの国なの?どこら辺?」
基本的な位置情報も分からないため、誰ともなく聞くと大人しくしていたローガーが、待ってましたとばかりに口を開いた。
「聖女様!仰るとおり、ノクス=ヴェリアはダークエルフの国だ。バルドガルドの上にあって、あそこも龍背山脈の中に国があるんだ」
「じゃあ、昔から交流はあったのね?」
「交流自体は細々とあったらしいが、ダークエルフ達は基本的に他の種族と馴れ合わねぇ。ジャンとダニエルが驚くのも無理はねぇってことだ」
「へぇ……」
呆れ顔のジャンとダニエルと違い、何も知らない私に真面目に教えてくれるローガーは、本当に誠実な人だと思う。
……ちょっと頭がイカれてる感はあるけど。
ダークエルフは、ファンタジーにありがちな好戦的な種族なのだろうか?
そうであれば出来れば会いたくないと考えながら足を進めた。
数時間歩いていくと、大きな広間のようなところへ着いた。
目の前には複雑な模様の入った巨大な門がある。
「何……これ…」
あまりの大きさに開いた口が塞がらず、巨大な門を見上げていると、ゴルムさんが誇らしそうな顔で答えた。
「これが、龍王路に続く龍王門だ。ドワーフの王家の血筋にしか開けられねぇ」
そう言ってゴルムさんは腰からナイフを出し、自分の左手の親指に少し刺して、龍王門の赤い宝石にその血を垂らした。
暫くすると、宝石から淡い光が出たかと思うと、徐々に門全体に広がっていき、ガコン!という大きい音とともに少しずつ門が開き出した。
「ようこそ、バルドガルド王国へ。ここからはドワーフの国だ」
笑って私達に話しかけるゴルムさんは、龍王路を手で指し示し、私達へ先に行くよう促した。
ここからがバルドガルド王国――。
この先に待っているのは、融通の利かない堅物の王か、それとも賢王か。
私は不敬罪で捕まらないよう、気合を入れなおした。




