第九十話 国家機密の「龍王路」
「いいですか。我々の目的は、本国にアスカン家の罪を認めさせ、龍の封印を直すための『国家規模の支援』を取り付けることです。それら人員や道具を引き連れて、一刻も早くこのヴァルグリムに戻ってこなければなりません。いわば時間との戦いです」
真剣な面持ちでヴィルヘルムさんが皆の顔を見回しながら言った。
今は使節団の皆と、冒険者ギルドで最終打ち合わせの真っ最中だ。
……なのだが。
私からすれば話の規模が大きすぎて、最早意味がわからない。
――何故こうなった?
おそらく私は、ひどい間抜け顔を晒していたのだろう、ヴィルヘルムさんは分かりやすく言い直してくれた。
「……ミサキさんは皆について行って、バルドガルド王に聞かれたことだけ答えてください。交渉ごとは全てジャンが取り仕切ります。気負わなくて大丈夫ですよ」
「分かりました……」
そうは言ったが気が重く、思わずため息が漏れた。
そのとき、横にいたダニエルが肘で私をつつく。
「おい!ギルマス代理に失礼だぞ……」
態度が悪いと小声で注意され、大人として恥ずかしい限りだったが、素直に謝罪し、頭を下げた。
「大丈夫ですよ。ミサキさんは冒険者にもなったばかりで潜入捜査など大変な任務が続きますから、ため息も出て当然です」
私に向かって微笑みながら話すヴィルヘルムさんに、ダニエルは心底驚いた様子で口をあんぐり開けていた。
「……わ、笑ってる。幻か?俺、疲れてんだな、きっと」
そんなことを一人でブツブツ言っていたが、たぶんヴィルヘルムさんに聞こえていると思う。
(ダニエルの方が失礼じゃない。きっと、あとで叱られるわよ…)
「俺から一応、報告しておくことがある」
ゴルムさんが手を挙げ、ヴィルヘルムさんへ視線を向けると、ヴィルヘルムさんは先を促した。
「バルドガルドの王、カルドラン様からの伝言だ。“役人はいらん。事情を知るものだけ連れてこい。山を越えて来ると時間がかかりすぎる。龍王路を使うことを許可する”だってよ」
「龍王路……?それって何?」
「大昔使ってた地下道だ。バルドガルドとヴァルグリムを直接繋ぐ地下道だが、普段は塞がっている。龍王路は王族関係者しか知らない道で、国家機密だ。他に話でもしたら首が飛ぶと思ってくれ」
「……私、やっぱり留守番でいいわ」
青い顔をして言う私に、ダニエルは「なに馬鹿なこと言ってんだ……」と呆れたような顔で言った。
「地下道を通れるのならば、山を越えるよりかなり早く着きそうですね……。どれくらいで着きそうですか?」
ヴィルヘルムさんは顎に手を当て考え込んだあと、ゴルムさんへ尋ねた。
「そうだな……。山越えなら十五日はかかるだろうが、地下道なら五日くらいで着くんじゃねぇか?」
「それは助かります。使わせて頂きましょう。道中の安全性はどうですか?やはり魔獣は出ますか?」
「俺が使ったときは、確か近衛兵達が定期巡回してたから大丈夫なはずだ。脇道に入らなければな」
古い記憶を手繰り寄せるように上を向き、ゴルムさんは目を細める。
「それならかなり短縮できそうですね。しかし、“役人は連れてくるな”ですか……。困りましたね。できれば外務局次官の一人でも連れて行きたかったんですが」
「外務局次官って役職の人がいないと困るんですか?」
外交のことなど全く分からない私は、その仕事がどんなものかもよく分からず、つい口に出てしまった。
ダニエルやジャンは呆れ顔をして私を見ていた。
――視線が痛い。
ため息を吐きながらダニエルが答える。
「国王陛下への謁見だぞ。本来なら外務局次官が出張る案件だ。外交の専門家だからな」
「だが、カルドラン様は“事情を知る者だけを寄越せ”と言っている。王命に逆らうとまずい」
ゴルムさんは困ったように眉を下げ、ダニエルに言った。
「まったく、胃が痛くなる話だ……」
「カルドラン様は今のフリージアの王を信用しとらんからな。周りにいる側近の貴族も、良い印象は持っとらん」
こんなところで外交問題の火種になりそうなことを、平気でぶっ込んでくるゴルムさんに、驚いたと同時にヒヤヒヤした。
「そうでしたか……。王命ですから仕方ありませんが、ダニエルとジャンは気を引き締めて行って下さい。特にジャン、交渉の要の貴方は失敗できませんよ」
睨むようにジャンを見据えるヴィルヘルムさんの威圧感に圧倒され、その場にいた皆が息を呑んだ。
「…………心得ています」
ジャンは威圧感と重責に押しつぶされそうな中、やっと言葉を絞り出した。
「では、出発は明朝。夜明けとともに行きます。今日は各々準備をし、しっかり体調も整えておいてください」
ヴィルヘルムさんから激励され、すっかり青い顔のジャンとダニエルは、この後もヴィルヘルムさんと話すことがあると部屋に残った。
私とゴルムさん、ローガーの三人は準備のため部屋を後にすると、ローガーが口を開いた。
「聖女様は冒険者になって日が浅いって本当か?」
「えぇ、そうよ。えーっと……三カ月くらいね」
「三カ月……?」
ローガーは何故か驚いたような様子で目を白黒させていた。
「どうしたの?」
「……三ヶ月であんな動きができるのか?」
恐らくあの時の、暴漢のような姿を思い出しているのだろう。
ローガーは「うーん……」と唸りながら納得していない様子で考え込んでいた。
「ローガー!そんなことより明日の準備を大急ぎでやんなきゃなんねぇぞ!ミサキが腹減らねぇように、お前がちゃんと食料も準備しとけ!」
そう言われて、ローガーはハッとしたように顔を上げ「こうしちゃいられねぇ!聖女様!また明日な!!」と言って駆け足で行ってしまった。
その姿を見送って、ゴルムさんは口を開く。
「……ローガーを助けてくれて、ありがとうよ」
「え?」
お礼を言われると思っていなかった私は、驚いてゴルムさんの顔を見た。
「あんたが、いの一番に駆けつけてくれなきゃ、死んでたかもしれねぇ。採掘ギルドのギルド長は特に酷い人族至上主義で、ドワーフに対して暴力的だったからな」
「お礼を言われる立場じゃないわ。私がやらせたんだもの」
ローガーに申し訳が立たず、ローガーの駆けて行った方向を眺めて言った。
「いや、アイツがやるって決めたんだ。あんたに言われたからじゃねぇ。あんなローガー初めて見たぜ。漢になったなぁ……」
目に涙を溜めて話すゴルムさんに、私はびっくりしてオロオロしてしまった。
「ゴルムさん、ちょっと過保護じゃない?ローガーだって、もう153歳でしょ? 人族で言っても50前後って聞いたわ。子供じゃないんだから……」
「それはそうなんだが……。アイツとはそんなに歳が離れてねぇから、甥っ子ってより弟みてぇなもんでな。可愛がってたんだ」
それで色々世話をしてたのかと妙に納得したが、ローガーとて、もう“いい大人”を通り越して、中年真っ只中のオッサンである。
もう世話を焼きすぎるのも良くないだろう。
「可愛いのは分かるけど、甘やかしてたら成長しないわよ。もうローガーは大丈夫そうだし、見守ってあげたら?」
「そうだなぁ……」
昔のことを思い出しているのか、ローガーの駆けて行った方を見ながら、ゴルムさんはしみじみと呟いた。




