第九話 拳で進む
あの日、ハッサンの家に戻ってアリアさんに傷の手当をしてもらった。
結果――。
「……軽い擦り傷だけだねぇ。あんた、皮膚まで騎士様かい?」
「マジで?」
自分でも引く。
あんな無茶苦茶な殴り方をしておいて、これ。
ただし、代償はきっちりやってきた。
「……いててて、腰が、腕が……」
三日間、筋肉痛でまともに動けなかった。
四十過ぎの体に、あの全力投球は堪える。
ちなみに、グリーンウルフは行商に銀貨1枚と銅貨5枚で売れた。
最初は「銀貨1枚だ」と渋られたが、ハッサンたち村の男衆が「これだけの獲物がそんなに安いわけあるか!」と束になって抗議してくれたおかげで、銅貨5枚アップした。
「殴りすぎて牙も頭蓋も粉々じゃねぇか!」と商人は最後までごねていたらしいが、男たちの剣幕に押されたようだ。持つべきものは、気のいい脳筋仲間である。
クロはというと、村の中で寝ることを許された。
基本はハッサンの家の前。
子供たちに大人気で、尻尾を掴まれようが耳を引っ張られようが、一切怒らない。
「……優秀なベビーシッターね」
お母さんたちからの評価も、うなぎ上りらしい。
一方、私はというと。
「……なんか、視線が痛い気がする」
村の女性陣から、微妙に距離を置かれている気がしてならない。
聞こえないけれど、聞こえるのだ。
(あいつ、やべぇぞ……)という、畏怖混じりの空気。
「解せぬ」
その代わり。
「ミサキ! 今日も行くか!」
「おう! 遅れんなよ!」
男性陣からは完全に「仲間」扱いである。
「……なんだこれ。切なくなんてないんだからねっ!」
気合を入れる。
今日も狩りだ。
リアルモ〇ハンである。
私の武器は――。
「拳!」
どん。
色々試したのだ、本当に。
まず弓。
ゲームでは愛用していた。
けれど現実は――。
「飛ばない!!」
なんで皆、あんなに綺麗に飛ばせるの?
意味がわからない。
次に、剣。
「重っ!!」
無理。
体幹が足りないし、振るたびに腕を持っていかれる。振り回されて終わりだ。
ダガーならいけそうだったけれど、あいにく高価で手が出なかった。
最後に、棍棒。
「……いける。いけるけど……」
ビジュアル的に、トロールの親戚みたいで嫌だ。
結論。
拳が一番しっくりくる。
ふと、学生時代に木刀を持たされたとき、
「めっちゃ似合うね!」
と男子に言われたことを思い出した。
「……あれ、絶対褒めてなかったわよね。…くそが」
「さぁさぁクロさんや、参ろうか」
声をかけると、クロはめちゃくちゃ怪訝な顔をした。
「いいじゃない、ちょっとくらいふざけたって! あと少しで路銀が貯まるんだから!」
クロはため息をつき、仕方なさそうに立ち上がった。
村の男衆と森へ入る。
正直に言えば、まだ怖かった。
足だって、少し震えていた。
けれど。
「来たぞ! 散れっ!」
魔獣。
あのときと同じ、嫌な気配。
心臓が跳ね、息が浅くなる。
足が止まりかける。
――でも。
「……大丈夫。やれるわ、私」
拳を握る。
魔獣が飛びかかる一瞬、頭の中が真っ白になった。
それでも、体は勝手に動いた。
踏み込む。
避ける。
そして、殴る。
「――っ!!」
拳が入る。
嫌なほど生々しい感触。
重さ。
骨の砕ける音。
けれど、止まらない。
「もう一発!!」
叩き込む。
崩れる魔獣。
気づけば、すべてが終わっていた。
「……はぁ……、はぁ……」
息を吐く。心臓はうるさいままだ。
でも。
「……動けたわね」
逃げなかった。止まらなかった。
「……ふふ。やればできるじゃない、おばさん」
それから何度か狩りをこなし、そのたびに少しずつ、恐怖は薄れていった。
完全ではない。
けれど、もう私は立ち止まらない。
袋の中を確認する。
薬草。
素材。
そして――お金。
「これで……いけるわね」
村へ戻る道すがら、木漏れ日の差す空を見上げる。
「次の街……絶対、あの子たちを見つけるから」
足取りは、昨日よりずっと確かだった。
背後で、クロの尻尾が一度だけ、力強く揺れた。
学生時代に木刀持ってたら
似合うね!
と男子に言われたのは、作者の体験談です。
その辺の男子より背が高く、髪もショートカット、性格もキツめ。
結果
…ヤンキー?
みたいな感じだったのかな?
くそが。




