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神は愛を知らない 〜異世界に飛ばされた主婦が、それでも子供を探し続けた記録〜  作者: 忠犬
探すために、進む

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第十話 旅立ち


「……よし。揃った、かな」


掌の上の小さな布袋を揺らす。

中で硬貨がじゃらりと鈍い音を立てた。

軽い。

けれど、私のこれまでの「労働」が詰まった、確かな重みだ。


「ま、こんなもんでしょ」


深く考えたら不安になるだけだ。

使えば減るが、増やし方はもう覚えた。

町に着いてからまた稼げばいい。

私は袋をぎゅっと握り、ハッサンから貰った腰のポーチの奥へと押し込んだ。


「今日、出るのか」


村の入り口で、ハッサンが腕を組んで立っていた。


「あんまり長居するのもね。お世話になりっぱなしっていうのは、どうも性に合わないのよ」

「そうか……まぁ、おめぇなら大丈夫だろうが」


心配が隠しきれていない顔。


「町までは歩きで三日はかかる。……無理すんなよ」

「三日ね。了解、大丈夫よ」


強がってみせたけれど、未知の道中の三日は、今の私にはなかなかの冒険だ。


「これ、持っていきなさい」


アリアさんが、ずっしりと重い小さな包みを差し出してきた。


「干し肉とパン。あと、簡単な傷薬も入れておいたからね」

「いや、さすがにそこまで……」

「いいから! あんた、すぐ無茶しそうなんだから」


有無を言わせない母親の笑顔。


「……ありがとうございます」


私は素直に、深く頭を下げた。

外には子供たちが集まっていた。


「ミサキー! もう行くのー?」

「クロも一緒に行くのかー!?」

「行くわよー。寂しくなるでしょ?」

「ならない!」

「うそつけ!」


わいわいと騒ぐ声。

その屈託のなさに、少しだけ胸がチクっと痛んだ。

隣に並ぶクロに視線をやる。


「……行こうか」


一歩、踏み出す。

振り返りはしなかった。

振り返ったら、きっと足が止まってしまうから。

草原に出る。

見慣れた景色。

けれど、もうここは“帰る場所”ではない。


「三日、か」


空を見上げる。やたらと青い。


「よし!」

軽く膝を叩いて気合を入れる。


「目指すは町! そして――」


一呼吸置いて、大切な名前を呼んだ。


(あまね)(わたる)……。待ってなさい。絶対、見つけるから」


声に出すと、少しだけ現実味が増した気がした。

ひたすら歩く。

最初は軽快だった足取りも、昼を過ぎる頃には鉛のように重くなってきた。


「……地味に疲れるわね、これ」


普段は採取で動いていたとはいえ、舗装もされていない道を延々と歩き続けるのは別物だ。

一方で、クロは余裕の顔で私の先を歩いている。


「ちょっとくらい疲れなさいよ。……というか、私を乗せてくれてもいいのよ?」


振り返りもせず、ふさふさの尻尾をゆらりと揺らすだけ。

くそ、腹立つ。

あのもふもふに顔を埋めたときの「役得」は、旅の間はお預けらしい。

日が傾き始める。


「今日はこの辺でいいわね」


適当な大きな木のそばに、重い荷物を下ろした。


「野宿かぁ……」


人生初である。

いや、キャンプ経験はあるけれど、これはガチのサバイバルだ。


「……寝れるかしら、私」


クロを見ると、どっかりと地面に伏せて、もう寝る気満々だ。


「順応早すぎでしょ。……まぁ、頼りにしてるわよ」


教わった通りに火を起こすと、意外にも小さな火が爆ぜた。


「やればできるもんね、おばさん」


アリアさんに貰った干し肉をかじる。

硬い。

ちょっと、獣臭い。

でも、不思議と優しい味がした。

パチパチという火の音。

静かだ。

村の賑やかさが、少しだけ恋しくなる。

けれど、拳をぎゅっと握りしめた。


「……大丈夫。やれる」


足は動く。

息もできる。

魔獣だって、殴り倒せる。

もう、私は止まらない。

炎を見つめながら、暗闇の向こうにいるはずの息子たちを想う。


「絶対、見つける。……あの子たちも、帰る方法も」


夜は、静かに、そして深く更けていった。

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