第十一話 進む足
朝。
「……寒っ」
目が覚めた瞬間、思わず声が出た。
火はすっかり消え、体も強張っている。
「野宿、なめてたわね……」
軽く屈伸をしてみる。
動く。
けれど節々が痛むのは、四〇代という現実のせいだろう。
クロはすでに起きていて、私が目を覚ますのを待っていたらしい。
「おはよ」
返事の代わりに、尻尾がぱたんと一度揺れた。
簡単に身支度を済ませて歩き出す。
旅の二日目。
昨日より足は重いが、歩けないほどじゃない。
「筋肉痛、まだ来てないわね……」
遅れてやってくる恐怖はあるけれど、今は動けることがありがたい。
しばらく進んだところで、クロがぴたりと足を止めた。
「ん?」
耳を澄ます。ガサリ、と草むらが揺れた。
「……来るわね」
身構える。
飛び出してきたのは、ウサギに角が生えたような魔獣だ。
「……いける」
一歩、踏み込む。
向こうも低い姿勢から飛びかかってきた。
「はっ!」
拳を叩き込む。
鈍い衝撃。
一発では沈まない。
「なら――もう一発!」
踏み込み、腰の回転を乗せて追撃。
今度は確かな手応えとともに魔獣が転がった。
「……よし」
息を吐く。
心臓はうるさいが、パニックにはならない。
「大丈夫、かしらね……?」
自分に問いかける。クロが近寄ってきて、鼻先で軽く私の腕をつついた。
「なによ、大丈夫だってば」
苦笑しながら、魔獣の死体に向き合う。
ハッサンに教わった通りにナイフを入れるが、手際はお世辞にも良いとは言えない。
皮と角だけをなんとか剥ぎ取り、貰った小さな革のポシェットに押し込む。
「……ギッチギチ。これ、破れないかしら」
肉を持っていく余裕はない。
かといって放置も忍びなく、地面に穴を掘って埋めることにした。
「……ごめんなさいね。次はもっと、上手にやってあげるから」
小さく手を合わせる。
クロが少しだけ鼻を鳴らした。
その日の夜も野宿。
「人間、慣れるものね」
揺れる火を見ながらぼんやりと思う。
「あと、一日」
遠いようで、近い。
明日には「町」だ。
三日目。
朝から足取りは軽かった。
ゴールが見えていると、単純な私の体は現金なものだ。
昼を過ぎた頃、地平線の向こうに巨大な「壁」が見えた。
「……あれ?」
目を細める。
近づくにつれて、それがはっきりとしてくる。
高い壁と、その向こうに連なる建物の群れ。
「町……というか、城塞都市ね」
想像していたよりずっと大きい。
押し寄せてくる人の気配、炊事の煙、遠くから響く喧騒。
門の前には、入城を待つ人々が列を作っていた。
「うわ、並んでる……。どこに行っても待ち時間は発生するのね」
最後尾に並ぶ。
クロには少し離れた位置で待機してもらった。
「あとで呼ぶから、そこで大人しくしててね」
小声で伝えると、クロは心得たように尻尾を一振りした。
ようやく順番が回ってくる。
「次」
門番が、鋭い視線でこちらを射抜いた。
「名前は」
「ミサキです」
「どこから来た。目的は」
「近くの村から。薬草と素材を売りに来ました」
じっと全身を見られる。
血の付いたジーンズと、無骨な拳。
少し緊張が走る。
「身分証は?」
「……持ってません」
正直に答えると、一瞬の沈黙。
「初めてか。なら仮登録だな。発行手数料、銀貨一枚」
用意していた硬貨を差し出す。
路銀が減るのは痛いが、これは必要経費だ。
「いいだろう。中で騒ぎは起こすなよ」
門番の言葉を背に、ゆっくりと門をくぐった。
その瞬間、空気が一変した。
「……すごっ」
立ち止まる。
人、人、人。
溢れかえる声。
石畳を叩く馬車の音。
煮炊きの匂い。
一気に世界が押し寄せてくる。
「やっと、着いた……」
小さく呟く。
ここからが本当のスタートだ。
「行くわよ、クロ」
呼ぶと、クロが悠然と駆け寄ってきた。
周囲が「なんだあの大きな獣は」とざわつく。
「まぁ、注目されるのは仕方ないわよね」
苦笑いしつつ、前を見据える。
「さぁ! ギルドに行くわよ!」
息子たちが、どこかのギルドの依頼板の前に立っているかもしれない。
はやる気持ちを抑えきれず、私は力強く石畳を踏み出した。
――待っててね。周、渉。




