第十二話 手がかりはなく
「ここかしらね……」
見上げた建物は、想像を絶する大きさだった。
石と木材を組み合わせた重厚な造り。
入口の上には、二本の剣が交差する紋章の看板が掲げられている。
「いかにも、って感じね」
クロを振り返り、その場に待機させる。
「ここで待ってて。呼ぶまで入ってきちゃダメよ。……お利口にしててね」
クロは一度だけ尻尾を振り、石畳の上にどっかと腰を下ろした。
扉を開けると、中は熱気と騒音の坩堝だった。
笑い声、怒鳴り声、それに鼻を突く酒の匂い。
受付カウンターの前には列ができていて、私はその最後尾に並んだ。
「……場違い感、半端ないわね」
周囲は鎧や革の装備に身を包んだ「いかにも」な人たちばかり。
パート帰りのジーンズ姿で並んでいるのは、世界広しといえど私くらいなものだろう。
ようやく順番が回ってきた。
「次の方。ご用件は」
受付の女性は、事務的で隙のない視線を向けてくる。
「あの……人探しをしていて。子供なんです」
「年齢と特徴を教えてください」
特に驚いた様子もない。日常茶飯事なのだろう。
「上が十歳で、下が……」
言いかけて、喉の奥がキュッと締まる。
「特徴は?」
「黒髪で、黒目。髪は短くて……」
説明しながら、自分で自分に絶望しかけた。
こちらに来てから、私はこの世界で黒髪・黒目の人間を一人も見ていない。
もし保護されているなら、あまりに目立ってすぐに噂になるはずなのだ。
受付の女性は手元の台帳をぱらぱらとめくり、無表情に言った。
「該当する保護者不明の子供はいません」
「……そう、ですか」
分かっていた。
期待しすぎてはいけないと、自分に言い聞かせてきたはずなのに、やっぱり胸の奥に冷たい石を置かれたような気分になる。
「なお、各地のギルドへ情報提供の依頼を出すことは可能です」
「本当ですか!?」
「はい。ただし、手数料として銀貨五枚が発生します」
五枚。
今の全財産をひっくり返しても足りない。
「……すぐには、無理ですね。出直します」
「左様ですか」
彼女の態度はどこまでも冷ややかだ。
情けで動く場所ではないのだ、ここは。
「資金に余裕がないのであれば、冒険者登録をお勧めします。依頼をこなせば、ギルドの情報網にもアクセスしやすくなります」
テンプレきた、と思う余裕はまだあった。
「……登録、お願いします」
「登録料は銀貨一枚。それと――」
彼女の視線が外へ向いた。
「連れの魔獣は、従魔登録が必要です。未登録のまま市街地を連れ回すことは禁じられています」
「あー……ですよね」
「登録料は銀貨二枚です」
一気に消えていく、私の血と汗と筋肉痛の結晶。
けれど、やらない選択肢はない。
「……やります。今、呼んできます」
外に出てクロを連れてくると、ギルド内が瞬間的に静まり返った。
「すみません、大丈夫です、噛みませんから!」
謎のフォローを入れつつ窓口へ向かう。
「……大きいですね。大人しいようですが」
「これでも、優秀なベビーシッターなんです」
「確認します。……よし、問題ありません。登録完了です」
手続きを終え、財布の中身はほぼ空っぽになった。
「……やば。一気にスッカラカンだわ」
呆然とする私に、女性は救いの手を差し伸べた。
「当ギルドでは素材の買い取りも行っています。何かありますか?」
「これ、お願いします!」
私はポシェットから、角と皮を無理やり取り出した。
「……一角ウサギの角と皮。状態は並ですね。銅貨八枚になります」
安い。
けれど、ゼロよりはマシだ。
「依頼、受けます。一番早く終わるやつを」
彼女が差し出してきたのは、びっしりと文字が書かれた木の板だった。
(読めるわけないでしょ……)
そう思った瞬間、不思議な感覚が脳を走った。
並んだ記号が、まるで最初から知っていたかのように意味を結ぶ。
「……何これ。……読める?」
いよいよラノベじみた展開に戸惑いつつも、私は依頼板を凝視した。
「初心者なら、こちらが妥当でしょう」
指差されたのは、薬草の採取。傷薬、火傷薬、そしてあの『ポポの葉』。
「これと、これ。お願いします」
「受注完了です。お気をつけて」
ギルドを出ると、午後の陽光が眩しかった。
「……忙しくなるわよ、クロ」
苦笑しながら、私は石畳を力強く踏みしめた。
手がかりは、まだない。
けれど、今の私には止まっている暇なんてないのだ。
「行こうか、クロ。まずは『ポポの葉』十枚、サクッと見つけちゃうわよ!」
息子たちを見つけ出すための戦いが、本当の意味で始まった。




