第八話 脳筋ババア爆誕
殴った拳が、じんじんと熱を持って痛む。
「これ……折れてないわよね?」
にぎ、にぎ。……動く。
「まぁ、私の骨なら大丈夫っしょ」
問題は――こっちだ。
自分が殴り殺した魔獣を見下ろす。
「……ひどい有様」
顔面は陥没して原型がなく、頭蓋もひしゃげている。
「よく、かすり傷で済んだわねぇ……」
拳に付着した血をジーンズで拭う。
「スキル、とか? ……ないない! そんな都合いいの」
ただ必死に、渾身の力で殴りつけただけ。
それだけだ。
「……これ、食べられるかしら。いや、無理ね。でも皮や牙は売れるかしらね」
クロを見ると、尻尾をぶんぶんと不満げに振っている。
(前回、俺が仕留めたやつは放り出したくせに、自分がやったのは持って帰るのかよ!)
とでも言いたげだ。
「ごめんって。前はパニックだったのよ。……まぁ、殴り殺した自分もどうかと思うけど」
ふと、リビングに集まって、家族みんなでゲームをしていた光景が脳裏をよぎる。
『お母さん! 突っ込んじゃダメだって!』
『ちょっ、お前! パワープレイやめろって!』
『また死ぬって! 回復待ってよ!』
『うるっさいわね! 力こそ全てよっ!!』
『『『やめろ脳筋ババア!!!』』』
「……っ」
不意に息が詰まり、視界が滲む。
「……くっそ。……次会ったら、全員頭どついてやる」
乱暴に目を拭い、籠を背負い直す。
魔獣の足をガシッと掴んで引きずり出した。
重い。
けれど、パートで培った筋肉が「これくらい余裕よ」と叫んでいる。
「絶対臭いし、虫もいそうだから背負いたくはないわね。引きずろう、この肉塊」
村が見えてきた。
広場で遊んでいた子供たちがこちらに気づくが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「……え、ちょっと傷つくわぁ……」
自分の姿を見て納得した。
血だらけで巨大な獣を引きずる大女。
そりゃ通報レベルだ。
村の入り口まで来たところで、急に膝ががくりと落ちた。
「……あれ。力が入らない……」
安心した途端、アドレナリンが切れたらしい。
その場にへたり込むと、子供たちが呼んできた大人たちが血相を変えて駆けてきた。
「ミサキ! 大丈夫か!?」
「怪我は!? 血が――」
「大丈夫、これ全部返り血だから。この子の」
横に転がした肉塊を指差すと、一瞬の沈黙が流れた。
「……クロがやったんか?」
クロが不満げに尻尾を振る。
(自分ならもっと綺麗にやる)という抗議だろう。
「いや、それ、私」
「はあ!? これ、グリーンウルフだぞ? 武器も持たずにあんた……」
そこへ、ドタバタとうるさい足音を立ててハッサンがやってきた。
「ミサキ! 怪我したんか!?」
「腰が抜けただけ……」
へへ、と笑う私を、ハッサンは心配そうに、そして少し呆れたように見下ろした。
「……ほら、おぶってやる。乗れ」
ハッサンが背中を向けて屈み込む。
「いや、いいわよ! 重いし、私、あんたより背が高いのよ!? 骨格だってそこらの男よりしっかりしてるんだから、あんたの腰が折れるわよ!」
「うるせぇ! 四十過ぎた女が遠慮してんじゃねぇ!」
「遠慮じゃないわよ、物理的な心配をしてるの! 」
押し問答をしていると、横で見守っていたアリアさんが呆れたように声を上げた。
「ちょっとハッサン、よしときな。あんたじゃその子を背負って歩くのは一苦労だよ。見てごらんよ、この子の背丈。あんたより一回り立派じゃないかい。本当に、どこの騎士様かと思ったよ」
アリアさんが
「意外と筋肉ついてんだねぇ…」
と、私の二の腕をペタペタ触りながら感心している。
ハッサンは私と自分の背を比べ、ぐぬぬ……と黙り込んだ。
その横で、クロが大きなため息をついた(気がした)。
次の瞬間、私の首根っこがガシッと咥えられた。
「え?」
体がふわりと浮き、そのままクロの広い背中の上に
――ドン。
「クロが運んでくれるんか?」
「まぁ、こいつなら安心じゃな……」
なんと、ここ最近のクロのお行儀の良さが功を奏したらしい。
「もっふもふ……。へへへ、役得ね」
私はクロの首周りの毛にしがみつきながら、ニヤニヤが止まらない。
クロは不満げに尻尾を振り回しているが、振り落とす様子はなかった。
「しかし、四十過ぎのおばさんが、巨大な猫にしがみついて帰宅なんて……」
情けない。
「……せめて」
ぽつりと零す。
「も◯◯け姫みたいに、もっと格好良く乗りたかった……」
引きずられていく魔獣の死体と、でかい黒豹の上にしがみつく大女。
それは村の歴史に残るほど、シュールで野性味あふれる帰還となった。




