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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第八十七話 上等じゃない、クソ野郎ども

翌朝出勤したローガーは、屈強な人族の衛兵たちに囲まれ、ギルドの地下室へと連行されていった。

 

 薄暗く、カビ臭い地下室。

 頑丈な椅子に縛り付けられたローガーの前に、ギルド長が冷酷な笑みを浮かべて立つ。

 

「さて、ドワーフ。昨夜、持ち出したものは何処だ? 白状すれば命だけは助けてやる」

「……何のことだか、さっぱり分からねぇな」

 

 ローガーが不敵に鼻で笑った瞬間、ギルド長が顎で合図をし、背後の大男が太い警棒を振り上げた。

 その瞬間、魔導灯に照らされたローガーの影が爆発するような怒りとともに、ぐにゃりと膨れ上がり、黄金の目が闇の中にカッと見開かれた。

 ミサキからお願いされた護衛対象が傷つけられるのを、クロが許すはずがない。

 

「ダメだ!!」

 

 ローガーは叫んだ。

 自分の影に向かって必死に叫んだ。

 

(ここでテメェがこいつらを噛み殺せば、聖女様が『人族を襲わせた大罪人』になっちまう……! 証拠はもうジャンに渡ったんだ、物証がねぇ以上、俺が知らぬ存ぜぬを通せば聖女様たちの勝ちだ。だから、頼むから出るんじゃねぇ……っ!!)

 

 ローガーの必死の悲壮な決意が伝わったのか、影の蠢きが、辛うじて、ギリギリのところで収まる。


「コイツ、何言ってんだ?ダメだってよ」

 警棒を持つ大男は、殴られるのが嫌でローガーが叫んでいると勘違いし、嘲笑っていた。 

 直後、バキッ!と鈍い音が響き、ローガーの頬に激痛が走った。

 口の中から血の味が広がる。

 激痛に視界を火花が散らせながらも、ローガーは足元の影が静まり返っているのを確認し、心の中でよく耐えてくれたと安堵した。

 そして、目の前の人族どもを、血まじりの笑みで見上げる。

 

「……へっ、ドゥルガンの血を引く俺が、人族の脅しごときに屈すると思ってんのかよ」

 

―――なんて、眩しい人なんだろう。

 あの人の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 あの人のためなら、この程度の痛み、いくらでも耐えてみせる。


「そんな強がっていられるのも今のうちだぞ、ドワーフ」

 吐き捨てるようにギルド長は言い、ローガーへ侮蔑の目を向ける。

「徹底的にやれ。死んだほうがマシと思えば、その内吐く。ただし、殺すなよ。あれを回収できなければ意味がない」

「分かってますって。任せてくだせぇ」

 へへへ……と媚びるように笑う大男は、棍棒を何度もローガーの身体へ叩きつけた。

 しかし、ローガーは口を割らない。

 割らないどころか、笑ってさえいた。

「何笑ってんだ、てめぇ!!」

 馬鹿にされたと思った大男は、大きく振り被り、ローガーの頭に一撃を食らわせる。

 ボキンっ!

 ローガーの頭に振り下ろした棍棒は、ローガーを何度も殴る内、ヒビが入りついに折れた。

 ローガーは確かにドワーフとしては小柄だが、筋肉や骨は強靭にできており、他のドワーフを凌駕する。

 大英雄ドゥルガンの子孫は伊達ではないのだ。


「……お前、やる気あるのか?こんな程度じゃ誰も口割らねぇぞ。笑わせるな」

 にぃっと笑いながら大男を見れば、顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。

「おい!あれ持ってこい!」

 大男は他の人族の男たちへ何か持ってくるように大声で怒鳴った。

 暫くして戻ってきた男の手には、焼きごてが握られていた。

 隣の部屋で熱されていたのか、焼きごての先端は赤く光り、周囲の空気をゆらりと歪ませていた


「後悔しても遅ぇぞ。せいぜい苦しめや」

 ニタニタと嫌な笑いを顔に浮かべた大男は、何の躊躇もなくローガーの左肩あたりに焼きごてを押しつけた。


「ぐ、ぐぅうぅぅぅ……」

 ローガーは激しい痛みが全身を駆け巡ったが、彼は血がにじむほど強く唇を噛み締めて耐えた。

 

 (こんなもん!屁でもねぇ!!あの頃のほうが、辛かった!)

 自身の幼少期時代の記憶が駆け巡り、胸のあたりがズキンと痛んだ気がしたが、焼きごての痛みなのか、心の傷がうづいたのか、よく分からなかった。


「……強情な奴め」

 チッと舌打ちをしたギルド長は、何かを思案した後、底意地の悪さを隠そうともせず、ねっとりと口角を上げ口を開いた。

「お前……最近人族の女に熱を上げているそうじゃないか」

 腕組みをしてニタニタと笑いながら話すギルド長に、ローガーは一瞬息を呑んだ。

 気づかれたはずはないと思いながらも、心臓は早鐘を打ち、呼吸は乱れていく。

 そんなローガーの様子を見ていたギルド長は、更に口角を上げローガーを嘲笑う。

「人族の女に惚れるとはっ!お前はドワーフだぞ?しかも、聖女だなんだと持て囃しているそうじゃないか。相手にされなかったから、仕方なくそんなことをしてるのか?」

「気持ち悪いやつだな!」とその場の人族の男たちは大笑いしていた。


 (証拠を向こうに渡したことがバレてるわけじゃなさそうだな……)


 ホッとしたのも束の間、ギルド長は下卑た笑みを浮かべながらローガーの耳元で囁いた。

「その女を連れてきて、ここでお前と同じように殴ってやれば、流石のお前も口を割るだろう?」

「なん……だと?」

「そこまで惚れ込んでるなら、傷つくのは見たくなかろうよ。おい、ローガーが惚れてる女がどこにいるか知ってるか?」

 ギルド長は、後ろに控えている男たちへ振り返りながらといかけると、一人の男が「あ!」と声をあげた。

「確か、鉱山入り口の通りでシチュー売ってた女です。女にしてはデカかったんで覚えてます」

「は!ドワーフはやはり美的センスも壊滅的だな」

 馬鹿にしたように吐き捨てたギルド長だが、さっきの男が「そうじゃなくて……」と、否定する。

「なんつーか、背が俺より高くて身体が締まってるんです。中年のババアでしたけど、まぁまぁ綺麗でしたよ」

「ほぉ……」

「じゃあ、その女掻っ攫ってきて、俺たちで楽しんじまうか?」

「そりゃあいいな!」

 ギャハハ!

 下品に笑う人族の男達の言葉に、ローガーは全身の血が(たぎ)り、視界が真っ赤に染まった。

「てめぇら!聖女様に何かしてみろ!!ぶっ殺してやる!!!」

 頑丈な椅子に縛り付けられているローガーは、渾身の力で縄を引き千切ろうとするが、椅子がガタガタと揺れるだけでどうにもできなかった。

「ぶっ殺せるもんならやってみろや!」

「ギャハハ!おい!!聖女様ってのを早く連れてこい!」

「俺、行ってきます!」

 一番下っ端らしい男が、威勢よく地下室の重いドアを勢いよく開け放った。

 

 ――その、直後。

 

 開いた扉のすぐ向こうに影のように佇んでいた人影が、凄まじい踏み込みと共に、無防備に突き出された男の顔面へ拳を突き出した。

 

 ベキィッ!!

 

 鼻骨が砕ける嫌な音が地下室に響き渡る。

 男は悲鳴をあげる暇さえなく、殴られた衝撃で部屋の内側へと仰向けに激しく倒れ込み、床を数回転がってピクリとも動かなくなった。

 一撃で脳震盪を起こし、完全に意識を失っている。

 

「な、なんだ?! どうした!」

 

 部屋にいた男たちは、目の前で突然仲間が殴り倒された光景に理解が追いつかず、オロオロと右往左往した。

 開け放たれたドアの向こうから、肩を大きく上下させ、荒い呼吸をしながら一人の女がゆっくりと足を踏み入れてくる。

 息を切らし、髪は乱れ、その拳は男の鼻血で赤く汚れていた。

「……ちょっとお邪魔するわよ」

 上がった息を無理やり抑え込んだような、低く、地を這うようなドスの効いた声。

「…………聖女様」

 ローガーが掠れた声で呟く。

 ローガーが見たミサキの顔は、いつか見た、龍が逆鱗に触れられたかのような表情で、恐ろしくも頼もしい、あの眩しい顔だった。


 ミサキは肩で息をしながらも、目の前の人族どもを鋭く、冷酷な軽蔑の目で見据える。


「へぇ……私を掻っ攫って、みんなで楽しむんですって? ――上等じゃない。クソ野郎ども」

 

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