第八十七話 上等じゃない、クソ野郎ども
翌朝出勤したローガーは、屈強な人族の衛兵たちに囲まれ、ギルドの地下室へと連行されていった。
薄暗く、カビ臭い地下室。
頑丈な椅子に縛り付けられたローガーの前に、ギルド長が冷酷な笑みを浮かべて立つ。
「さて、ドワーフ。昨夜、持ち出したものは何処だ? 白状すれば命だけは助けてやる」
「……何のことだか、さっぱり分からねぇな」
ローガーが不敵に鼻で笑った瞬間、ギルド長が顎で合図をし、背後の大男が太い警棒を振り上げた。
その瞬間、魔導灯に照らされたローガーの影が爆発するような怒りとともに、ぐにゃりと膨れ上がり、黄金の目が闇の中にカッと見開かれた。
ミサキからお願いされた護衛対象が傷つけられるのを、クロが許すはずがない。
「ダメだ!!」
ローガーは叫んだ。
自分の影に向かって必死に叫んだ。
(ここでテメェがこいつらを噛み殺せば、聖女様が『人族を襲わせた大罪人』になっちまう……! 証拠はもうジャンに渡ったんだ、物証がねぇ以上、俺が知らぬ存ぜぬを通せば聖女様たちの勝ちだ。だから、頼むから出るんじゃねぇ……っ!!)
ローガーの必死の悲壮な決意が伝わったのか、影の蠢きが、辛うじて、ギリギリのところで収まる。
「コイツ、何言ってんだ?ダメだってよ」
警棒を持つ大男は、殴られるのが嫌でローガーが叫んでいると勘違いし、嘲笑っていた。
直後、バキッ!と鈍い音が響き、ローガーの頬に激痛が走った。
口の中から血の味が広がる。
激痛に視界を火花が散らせながらも、ローガーは足元の影が静まり返っているのを確認し、心の中でよく耐えてくれたと安堵した。
そして、目の前の人族どもを、血まじりの笑みで見上げる。
「……へっ、ドゥルガンの血を引く俺が、人族の脅しごときに屈すると思ってんのかよ」
―――なんて、眩しい人なんだろう。
あの人の笑顔が脳裏に浮かぶ。
あの人のためなら、この程度の痛み、いくらでも耐えてみせる。
「そんな強がっていられるのも今のうちだぞ、ドワーフ」
吐き捨てるようにギルド長は言い、ローガーへ侮蔑の目を向ける。
「徹底的にやれ。死んだほうがマシと思えば、その内吐く。ただし、殺すなよ。あれを回収できなければ意味がない」
「分かってますって。任せてくだせぇ」
へへへ……と媚びるように笑う大男は、棍棒を何度もローガーの身体へ叩きつけた。
しかし、ローガーは口を割らない。
割らないどころか、笑ってさえいた。
「何笑ってんだ、てめぇ!!」
馬鹿にされたと思った大男は、大きく振り被り、ローガーの頭に一撃を食らわせる。
ボキンっ!
ローガーの頭に振り下ろした棍棒は、ローガーを何度も殴る内、ヒビが入りついに折れた。
ローガーは確かにドワーフとしては小柄だが、筋肉や骨は強靭にできており、他のドワーフを凌駕する。
大英雄ドゥルガンの子孫は伊達ではないのだ。
「……お前、やる気あるのか?こんな程度じゃ誰も口割らねぇぞ。笑わせるな」
にぃっと笑いながら大男を見れば、顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。
「おい!あれ持ってこい!」
大男は他の人族の男たちへ何か持ってくるように大声で怒鳴った。
暫くして戻ってきた男の手には、焼きごてが握られていた。
隣の部屋で熱されていたのか、焼きごての先端は赤く光り、周囲の空気をゆらりと歪ませていた
「後悔しても遅ぇぞ。せいぜい苦しめや」
ニタニタと嫌な笑いを顔に浮かべた大男は、何の躊躇もなくローガーの左肩あたりに焼きごてを押しつけた。
「ぐ、ぐぅうぅぅぅ……」
ローガーは激しい痛みが全身を駆け巡ったが、彼は血がにじむほど強く唇を噛み締めて耐えた。
(こんなもん!屁でもねぇ!!あの頃のほうが、辛かった!)
自身の幼少期時代の記憶が駆け巡り、胸のあたりがズキンと痛んだ気がしたが、焼きごての痛みなのか、心の傷がうづいたのか、よく分からなかった。
「……強情な奴め」
チッと舌打ちをしたギルド長は、何かを思案した後、底意地の悪さを隠そうともせず、ねっとりと口角を上げ口を開いた。
「お前……最近人族の女に熱を上げているそうじゃないか」
腕組みをしてニタニタと笑いながら話すギルド長に、ローガーは一瞬息を呑んだ。
気づかれたはずはないと思いながらも、心臓は早鐘を打ち、呼吸は乱れていく。
そんなローガーの様子を見ていたギルド長は、更に口角を上げローガーを嘲笑う。
「人族の女に惚れるとはっ!お前はドワーフだぞ?しかも、聖女だなんだと持て囃しているそうじゃないか。相手にされなかったから、仕方なくそんなことをしてるのか?」
「気持ち悪いやつだな!」とその場の人族の男たちは大笑いしていた。
(証拠を向こうに渡したことがバレてるわけじゃなさそうだな……)
ホッとしたのも束の間、ギルド長は下卑た笑みを浮かべながらローガーの耳元で囁いた。
「その女を連れてきて、ここでお前と同じように殴ってやれば、流石のお前も口を割るだろう?」
「なん……だと?」
「そこまで惚れ込んでるなら、傷つくのは見たくなかろうよ。おい、ローガーが惚れてる女がどこにいるか知ってるか?」
ギルド長は、後ろに控えている男たちへ振り返りながらといかけると、一人の男が「あ!」と声をあげた。
「確か、鉱山入り口の通りでシチュー売ってた女です。女にしてはデカかったんで覚えてます」
「は!ドワーフはやはり美的センスも壊滅的だな」
馬鹿にしたように吐き捨てたギルド長だが、さっきの男が「そうじゃなくて……」と、否定する。
「なんつーか、背が俺より高くて身体が締まってるんです。中年のババアでしたけど、まぁまぁ綺麗でしたよ」
「ほぉ……」
「じゃあ、その女掻っ攫ってきて、俺たちで楽しんじまうか?」
「そりゃあいいな!」
ギャハハ!
下品に笑う人族の男達の言葉に、ローガーは全身の血が滾り、視界が真っ赤に染まった。
「てめぇら!聖女様に何かしてみろ!!ぶっ殺してやる!!!」
頑丈な椅子に縛り付けられているローガーは、渾身の力で縄を引き千切ろうとするが、椅子がガタガタと揺れるだけでどうにもできなかった。
「ぶっ殺せるもんならやってみろや!」
「ギャハハ!おい!!聖女様ってのを早く連れてこい!」
「俺、行ってきます!」
一番下っ端らしい男が、威勢よく地下室の重いドアを勢いよく開け放った。
――その、直後。
開いた扉のすぐ向こうに影のように佇んでいた人影が、凄まじい踏み込みと共に、無防備に突き出された男の顔面へ拳を突き出した。
ベキィッ!!
鼻骨が砕ける嫌な音が地下室に響き渡る。
男は悲鳴をあげる暇さえなく、殴られた衝撃で部屋の内側へと仰向けに激しく倒れ込み、床を数回転がってピクリとも動かなくなった。
一撃で脳震盪を起こし、完全に意識を失っている。
「な、なんだ?! どうした!」
部屋にいた男たちは、目の前で突然仲間が殴り倒された光景に理解が追いつかず、オロオロと右往左往した。
開け放たれたドアの向こうから、肩を大きく上下させ、荒い呼吸をしながら一人の女がゆっくりと足を踏み入れてくる。
息を切らし、髪は乱れ、その拳は男の鼻血で赤く汚れていた。
「……ちょっとお邪魔するわよ」
上がった息を無理やり抑え込んだような、低く、地を這うようなドスの効いた声。
「…………聖女様」
ローガーが掠れた声で呟く。
ローガーが見たミサキの顔は、いつか見た、龍が逆鱗に触れられたかのような表情で、恐ろしくも頼もしい、あの眩しい顔だった。
ミサキは肩で息をしながらも、目の前の人族どもを鋭く、冷酷な軽蔑の目で見据える。
「へぇ……私を掻っ攫って、みんなで楽しむんですって? ――上等じゃない。クソ野郎ども」




