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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第八十六話 眩しいあの人のために

 俺はローガー。

 バルドガルド王国、龍背(りゅうはい)山脈の大坑道を切り開き、奥地に眠る古龍を封印したとされるドワーフの大英雄、ドゥルガンの子孫。


 そんな重い血が俺には流れているが、一族の中で何故か俺だけ極端に小さく、貧弱だった。

「ドゥルガンのように強くなれ」

「ドゥルガンのように偉大になれ」

 そんな言葉しかかけてこない大人たちにウンザリしていた。

 

 “俺を見てほしい”

 “ドゥルガンの血ではなく、俺という存在を認めてほしい”

 

 多くは望まない。

 ただ、俺は俺のままでいて良いんだと、誰かに言って欲しかった。

 そんなささやかな願いなど叶うはずもなく、周りからの期待と失望の目に耐えきれなくなった俺は、早々に逃げ出した。


 逃げ出した先はバルドガルド王国の麓にある、フリージア王国の西の街、ヴァルグリム。

 バルドガルドと隣り合っているため、昔からドワーフとの交流も多く、取り仕切っている貴族もバルドガルドとの政略結婚を繰り返してきたため、ドワーフの血が入っている。

 バルドガルドと縁の深い地だが、俺をドゥルガンに仕立て上げようとする血縁者はいない。

 いるのは昔から親族から庇ってくれた、優しい叔父貴だけだ。

 叔父貴を頼って住む場所と職を見つけ、なんとか人並みに生活できるようになった。

 それでも、逃げ出した俺に世間は冷たかった。


 ヴァルグリムはドワーフと縁深い土地だ。

 しかし、人族至上主義のフリージア王国の中にある都市。

 そんな街の人間は、ドワーフには当たりがキツかった。

 

「ドワーフがいるじゃねぇか!きったねぇな!!」

「あぁ?いたのかい?ちっこくて気づかなかったよ」

「見ろよ!物乞いみてぇな格好してるぜ」

 

人族からの誹謗中傷は、最初は怒りもしたが、だんだんと慣れていった。

 ここでは、それが普通だからだ。

 毎日罵られていると不思議と自分でも、自分がちっぽけで、汚らしい、不要な存在なんだと思い込んでいった。

 

 “自分はなんてダメなんだ”

 “こんなだから、みんな俺を認めてくれないんだ”


―――俺はここにいて、いいんだろうか?



 そんなことを思い始めた頃、美味そうな匂いを漂わせながら、あの人がやってきた。

 人族の女が珍しいもんを売っている。

 しかも抜群に美味かった。

 そんな同僚の話を聞き、俺は休憩時間になると急ぎその露店を目指して駆けた。

 美味そうな匂いが漂い、やっと俺の番かと思ったそのとき、人族の男が俺のシチューを横取りした。

 

 あぁ、またか。


 そう思い、またシチューを貰うべく待っていようと女の方へ向き直れば、さっきまでの笑顔はどこへやら、女は龍が逆鱗に触れられたかのような恐ろしい形相で人族の男に説教をしていた。

 

「人種で優劣が決まるわけないでしょ!?実際、あんたは最低のクソ野郎じゃない!!」 


 そう吠えた。しかも殴った。お玉で。

 女が男を、お玉がひしゃげて使えなくなるほどの力で、思いっきり殴った。



 夢でも見ているのだろうか?

 人族の女が、ちっぽけな俺のために怒っていた。

 衝撃だった。

 そんなこと、誰もしてくれなかった。


 誰も、俺を見てくれなかったのに。

―――なんて、眩しい人なんだろう


 


 

 あの日から、俺の魂はあの人のものだ。

 ドゥルガンの血筋だからじゃない。

 ローガーという、ちっぽけな男を認めてくれた聖女様のためなら、泥棒だろうが悪魔だろうが、なんだってなってやる。

 

 ――作戦当日。

 俺は日中、同じく深部へ潜っていた信頼できるドワーフの仲間たちに声をかけ、事情を話した。

 掟を破った負い目と罪悪感で、精神的に限界を迎えていた奴らは、俺の提案に二つ返事で乗ってきた。

「名誉挽回の機会をくれて感謝する」とさえ言われた。

 

 そして、深夜。

 作戦通り、離れた坑道の入り口から「おい!大変だ!魔獣が出たぞ!!」という仲間たちの迫真の怒鳴り声と、激しい金属音が夜の静寂を切り裂いた。

 ギルド事務所の明かりがバタバタと灯り、残っていた職員たちが慌てて飛び出していく。

 完全に無人になった事務所の裏手で、俺は壁に背を預け、浅い呼吸を繰り返していた。


 ふと足元を見ると、魔導灯の明かりに照らされた自分の影が、不自然なほどに濃く、そして時折、生き物のように僅かに波打っている。

 

 (……御守りは、ここにいるな)

 

 姿は見えないが、影の中に潜む漆黒の巨獣――クロの気配が、足元から伝わってくるようだった。

 夜の帳が下りた採掘ギルドの事務所。

 静まり返った建物の前で、俺はもう一度、胸の中で聖女様のあの眩しい笑顔を思い浮かべ、深く息を吐き出した。

 

「いくぞ、クロ」

 

 ローガーはごくりと唾を飲み込み、事務所のドアノブに手をかけた。

 ガチャリと音を立てて開くドア。

 慌てて出ていった職員たちは、鍵を閉めるのを完全に忘れていたようだった。

 古龍がいる状態で「魔獣が出た!」と騒げば、古龍が起きたのではと慌てるのは仕方のないことだ。

 鍵などかけている場合ではない。


 部屋を見渡し、採掘ギルドのギルド長の机の引き出しから調べていく。

 一段目……

「これは勤務表と当番表……。こっちは普通の申請書か」


 二段目……

「物資搬入と備品の記録、契約書控え……」

 

 (くそっ!どこにあるんだ!!)

 焦りで手が震え、息も浅く早くなっていく。

 次の引き出しは……と手をかけた瞬間、ガチャリと引っかかりを覚えた。

 ――鍵がかかっている。

 持参した細い金属棒を急いで鍵穴に突っ込み、鍵穴のピンを一つずつ押し上げる。

 指先に伝わる手応えを頼りに最後のピンを弾くと、カチリと音がして引き出しが開いた。


 (よし!開いた!)


 急いで引き出しの中身を確認する。

 そこには、坑道記録簿と帳簿が入っていた。

「あった……」

 (よし、これをクロに渡して……)

 そう思い引き出しに再度目を落としとき、違和感に気づいた。

 引き出しの外側の高さと、内側の高さが違ったのだ。

 もしやと思い、ローガーは底板を軽く押すと、底板が外れた。

 ――二重底だ

 ローガーは急いで底板を外し、中身を確認する。

 手が震え、中々ページを捲れない。

 焦りながらも開いたページには、アスカン家への月間報告がまとめられていた。

 

 (やっぱり知ってやがったか……)

 

 二重底の引き出しに入れていたくらいだ。

 他の書類も見られたくないものだろうと、全て纏めて盗む。

「クロ、証拠を持っていってくれ」

 自分の足元へ声をかけると、クロが影からヌルリと出てきた。

「少し多いが、咥えられるか?」

 そうローガーが問うが、クロは鼻でふん!と返事をして大きな口を開けた。

 ローガーの首など、一噛みで食いちぎってしまいそうな牙に、一瞬身じろぐが「よろしく頼む」と言ってクロへ渡した。

 クロはローガーの影へ飛び込み、綺麗に姿を消した。


「よし、今のうちに引き出しを元に戻して……」


 ローガーは素早く二重底の仕掛けを戻し、引き出しを閉めて鍵をかけ、何事もなかったかのように執務室を脱出した。

 

 深夜の騒ぎの中、仲間たちの「魔獣は撃退した!」という声に紛れて、ローガーは平然と合流する。

 作戦は完璧だった。

 証拠はすでにクロの手によって、宿のジャンたちの元へ届いているはずだ。

 やり遂げたことへの達成感と安堵感で、腰が抜けてしまいそうになるが、ぐっと耐えて帰路につく。

 

 

 ――翌朝。

 引き出しの鍵を開け、二重底が空になっていることに気づいた採掘ギルドのギルド長は激怒していた。

「昨夜の騒ぎは、これを盗み出すためか!」

 わなわなと震え、顔を真っ赤にして怒鳴っているギルド長に、幹部の人族の男は進言する。

「しかし、昨夜の騒ぎの現場の近くにいて、かつ鍵を開ける技術を持つ者はそう多くありません。しかも採掘ギルドへ反感を抱いているとなると、やはりドワーフかと…」

ギルド長の脳裏に、大英雄の子孫でありながら、手先だけは器用で、いつも人族から見下されていた、ちっぽけなドワーフ――ローガーの顔が浮かぶ。

 

「あの生意気なドワーフを連れてこい。吐くまで痛めつければ、すぐに白状するだろう」

 何も知らない風を装って出勤してきたローガーは、挨拶も交わすことができないまま、屈強な人族の衛兵たちに囲まれ、ギルドの地下室へと連行されていった――。 

 

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