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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第八十四話 母の執念、漢の覚悟

「大事な話があるの……。二人とも座ってくれる?」

 切羽詰まったような、鋭い目をしたミサキにローガーとゴルムは目を見張るが、促されるままミサキの向かい側に座った。


「聖女様、どうしたんだ?様子が変だが、頼みごとってのと関係してんのか?」

 心配そうに訪ねてくるローガーに、ミサキは目を瞑り深呼吸をして天井を見た。

 

 (どこから話せばいいのよ……)


 もう頭の中はグチャグチャで、考えは全くまとまっていない。

 沈黙の時間が長く続く中、ローガーもゴルムもお互い顔を見合わせて困惑したような様子だったが、ミサキがついに口を開いた。


「ローガー……」

「お、おう!」

「……採掘ギルドの帳簿と坑道記録簿が欲しいの。取ってきてくれないかしら」

 ローガーの目を真っ直ぐ見つめて、いきなり本題をぶっ込んだミサキに、ダニエルは驚いた様子だったが、自分がいま口を挟んで良いものかと考えあぐねていた。

 しかし、暫く見守ることにしたのか、作業を続けている。

 そこへゴルムの怒鳴り声が響く。

「ちょっと待て!ミサキ!!そりゃローガーに採掘ギルドから盗んでこいって言ってんのか?!お前、どこの人間だ!!聖女なんてとんでもねぇ!悪女じゃねぇかっ!!」

「私は自分の子供を探し回ってる、ただの冒険者よ。」

「冒険者だぁ?」

 睨むようなゴルムの視線など意に介さず、ミサキは話を続ける。

「そうよ。最近グランヴェルやサンティールでは、漁獲量が減ってきてるの。川の魔物も多くなってるそうよ。上流で何かあってるんじゃないかって調査が始まってるわ」

 そう言いながら二人の様子を見比べる。

 ローガーはだんだん顔色が悪くなっているが、ゴルムは怒り心頭の様子だ。

 ゴルムはなにも知らないのかもしれない。

「だから何だってんだ!ローガーを盗人にするなんて反対だぞ!!」

 唾を撒き散らしながら怒鳴るゴルム。

 その剣幕に、ミサキの心臓は潰れそうだった。

 いい人を騙し、犯罪に加担させようとしているのは自分なのだ。

 

 (……分かってる。私が最低なことを言ってるのは、分かってる……!)

 

 それでも、ミサキの脳裏に、この世界にいるかもしれない我が子の姿がよぎる。

 ミサキはぎゅっと拳を握り、ゴルムの怒声を切り裂くように叫んだ。

「だったら、このまま全員で死ねって言うの!?」

「……何だと?」

「ローガーが隠蔽に手を貸したままで、もし古龍が目覚めたらどうなるのよ!炭鉱だけじゃない、スラムの子供たちも、この国だって全部燃えてなくなるのよ!……私は、あの子たちに生きててほしいの。そのために、泥棒だろうが悪魔だろうが、なんだってなってやるわよ!」

 狂気すら孕んだミサキの目。

 一歩も引かないその「母親の執念」に、今度はゴルムが息を呑み、圧倒される――。

 

「……ローガー。古龍ってのは、どういうことだ?」

 怒鳴っているわけではないが、静かな怒りが燻っているかのような声に、ローガーは重い口を開いた。

「……坑道の深層に古龍が眠ってる。親方とギルド長には報告したが、掘るのをやめるわけにはいかねぇって言われてよ。古龍に通じる坑道だけ塞いで、あとはいつも通りだ」

「……鉱夫はみんな事情を知ってるの?」

「いや、一部だけだ。最近、魔素が濃くなって深部はかなり酷かった。人族じゃ入れねぇから、魔素に強いドワーフが行ってたんだ。それでも、どんどん魔素が濃くなるからよ、ドワーフの中でも特に魔素に強いやつが深部に潜ってんだ」

「ローガー!なんでバルドガルドに報告してねぇんだ!!俺にすら言わねぇとは、どういうことだっ!!」

 頭に血ののぼったゴルムは、急に立ち上がり、ローガーの胸ぐらを掴んで持ち上げた。

「ゴルム!離して!!まだ話は終わってないわ!」

「うるせぇ!コイツは掟を破った!!山の奥深くまで掘っちゃなんねぇ決まりを!他の誰でもねぇドゥルガンの子孫が!!破りやがったんだ!挙句の果てにはバルドガルドにも報告してやがらねぇ!」

 一発殴らなきゃ気がすまねぇ!と吠えたかと思えば、ゴルムはローガーの胸ぐらを掴んで持ち上げた勢いのまま、目の前の分厚い木製テーブルへと力任せに叩きつけた。

ドゴォン!!!

 激しい衝撃音とともに、テーブルの上の空の食器が派手に跳ね上がる。

 ドワーフ特有の強靭な骨格ゆえに、テーブルのほうがミシミシと悲鳴をあげていたが、ローガーは「いてて……」と鼻を押さえる程度で済んでいた。

 すかさず、厨房から冷や冷やしながら様子を伺っていたダニエルが、声を潜めて釘を刺す。

「おい、旦那。身内の教育は勝手だが、これ以上派手にやるなら叩き出すぞ。こっちは静かに話をしたいんだ」

「……チッ。悪かったな」

 ゴルムはバツが悪そうにローガーを放し、床に座り込み項垂れる彼を毅然とした態度で叱りつけた。

「頭は冷えたか?!大馬鹿者が!」

「……すまねぇ、叔父貴」

 

 しん――とする室内に椅子を引く音が響き、ジャンが立ち上がった。

「ゴルムさん……。バルドガルドにこの件を正式に報告するにしても、採掘ギルドに『そんな事実はない』と証拠を隠滅されたら、ローガーたちが虚偽の報告をしたとして処罰されかねない。そうならないよう、俺達は証拠が必要なんだ」

 ジャンの冷徹な指摘に、ゴルムは舌打ちをして頭を掻きむしった。

「……チッ。人族の役人はこれだから回りくどくて敵わねぇ。じゃあどうしろってんだ」

 そこでミサキが、床に座り込むローガーの目を真っ直ぐ見据えた。  

「ねぇ……ローガー。危ない役目だって分かってるわ。もし万が一見つかったら、採掘ギルドから報復を受けるかもしれない。…………でも。引き受けてほしい」

 

 “貴方にしか頼めないのよ”


 ミサキは、ローガーの目を真っ直ぐ見て言い切った。

「……わかった。引き受けよう」

「やってくれるの?」

「……元々、どんなことを言われても引き受けるつもりだった。問題ねぇ。それがただ、自分の尻ぬぐいだったってだけの話さ」

 ローガーはミサキを迷いのない真っ直ぐな目で見て続ける。

「深部に行った仲間は、みんな罪悪感でいっぱいだ。もしかしたら、手伝ってくれるかもしれねぇ」

「大丈夫なの?仲間が増えるのは嬉しいけど、人が多くなればなるほど、情報が漏れる確率は上がるわよ」

「……みんなドワーフだ。叔父貴が言った通り、掟を破った負い目がある。それに、もう限界だ」

「……限界?」

 ミサキが不思議に思い聞き返すと、ローガーは頷いた。

「古龍のことを知ってるドワーフは、もう限界だ。精神的に病んできてる。何かの切っ掛けで爆発するかもしれねぇ」

「……名誉挽回の機会があれば飛びつくかしら」

「ああ、間違いない。贖罪になるなら、みんな命だって懸けるはずだ」

 ローガーの言葉に、ゴルムは真剣な面持ちでその肩をバンバンと叩いた。

「そうだな。ドゥルガンの子孫が古龍の目覚めを見過ごしたなんて知られた日にゃ、恥だもんな」

「俺はドゥルガンの子孫だからやるんじゃねぇ!俺がやりたいからやるんだ!みんなに死んでほしくねぇからやるんだ!!聖女様のためにやるんだ!!!」

 吠えたローガーの目には決意の炎が滾っていた。

 

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