第八十二話 狂信者の覚醒
「業の深い話ね……」
ミサキがポツリと零す。
「ローガーも関わってるとは言わねぇが、なんか知ってるかもしれねぇな。」
ダニエルは腕組みしながら考え、ミサキを見やる。
「ミサキ、ローガーにカマかけてくれ」
「えぇ?!私が?無理よ!そんな高等テクニック、使ったことないもの」
「高等テクニックって……。そんな難しくねぇって」
「失敗したら警戒されるだけよ。下手すれば採掘ギルドのお偉いさんまで話がいくかもしれないんでしょ?そしたら証拠を処分されるじゃない」
私には無理よ……と全力で拒否するミサキを見て、ため息を吐くジャンとダニエルは、どうしたものかと考えるが、いい案は思い浮かばなかった。
部屋へ戻り、ミサキが戻るのを待っていたらしいクロの元へ行き、丁寧にブラッシングをする。
「どうしたら良いのかしらね……。もしローガーが関わっていたら、やっぱり逮捕されるのかしら?」
関わっている度合いにもよるだろうが、逮捕されるようなことになれば、やはり心中は複雑だ。
顔馴染みのドワーフ達は皆いい人で、罪悪感からと言ってもスラムの子供達のために色々してくれている。
そんな人達の悪事の証拠を探すことに、葛藤を抱えるようになっていた。
「……仕方ないわよね。龍だもの。沢山の人が亡くなるかもしれないんだし。」
そう言ってミサキは、ロジンの実の油をクロの毛に塗りたくった余りで肉球の手入れに移った。
プニプニしながら考えている内に、一つの結論に至る。
「あ!そうだ!ドワーフの皆が無実だって証拠を探せばいいんだわ。そうよ!黙ってたのは脅迫されてたからかもしれないし!!」
それなら無罪とはならずとも、何かしらの恩情はあるかもしれない。
ドワーフを罰するのは国際問題になる可能性もある。
流石に慎重になるだろう。
何を考えているのかと言いたげなクロの視線を受け流し、ミサキは一人でブツブツ言いながら、ひたすらクロの肉球をマッサージしていた。
翌朝、子供達を送り出した後、ミサキはスラムの子供達の家の進捗具合を見に行った。
ドワーフ達、炭鉱夫は職人と自負するだけあって、かなりの手際の良さでどんどん修繕していく。
というか、修繕と言うより、これは最早リノベーションの域ではないだろうか?
呆れながらも感心しっぱなしのミサキは、ドワーフ達への差し入れも毎回欠かさない。
「みんなー!休憩しましょう。今日はアップルパイよ!」
「おう!みんな!休憩だ!!」
「アップルパイ?が何か分かんねぇが、美味いのか?」
「ポムの実を使ったパイよ!私、大好きでよく作ってたの」
朝早く起きて厨房を借りて作っていた。
子供達に試食してもらって、味は太鼓判を押してもらったので大丈夫なはずだ。
温かいお茶とアップルパイを配りながら、皆に「いつもありがとう」と言って回る。
実家で家の修理をしてくれる大工さんに、いつも10時と3時にお茶とお茶請けを出してたなぁとふと思い出し、出来るだけ顔を出し、こうやって渡しに来るようにしていた。
まぁ、情報収集も兼ねているのだが。
今日はローガーが休息日だったようで、ローガーにもアップルパイとお茶を渡しに行くと、ローガーは嬉しそうに受け取って、アップルパイを頬張った。
「おぉ!これは美味いな!甘くてサクサクだ!!あと香りが良い」
「ふふん!そうでしょ!これも子供達に教えて、別の露店を出すつもりなの!スラムの子達全員に働いて貰わなきゃね」
「すげぇな……」
「凄くないわよ。自分達の食い扶持は、自分達で稼いで貰わないと!私だってお金ないんだから」
「いや、その行動力というか……。自信はどこから出てくるんだ?」
「自信?ないわよ!そんなもの」
「……は?」
ローガーは面食らったような顔をして口は半開きでフリーズした。
「自信なんてないわ!上手くいくかも分かんないけど、やるしかないのよ!!……じゃなきゃ、死ぬだけじゃない」
何時にもまして真剣な顔で語るミサキの横顔に、ローガーは息を呑んだ。
「子供達に死んで欲しくないだけよ。死ぬならもっと歳を取って、“あぁ…いい人生だったなぁ”って思って死んでほしいの!」
それだけよと腕を組んで真っ直ぐ前を見据えるミサキに、ローガーは何故か涙が滲んでいた。
「え?!ど、どうしたの?大丈夫??」
アップルパイが当たったのかしら?と見当違いなことを言って慌てているミサキに、ローガーは頭を振って答える。
「違うんだ。聖女様を見てたら、なんか……自分が情けなくなってよ。俺は自分のことで精一杯で、他人のことなんか助けたこたぁねぇ」
「……何言ってるの?いま助けてるじゃない」
「いや、これは何というか……」
言い淀み、目を泳がせるローガーにミサキは“あぁ、そういうことか……”と口を挟んだ。
「……罪滅ぼし?罪悪感??それとも哀れみ?」
そうミサキに問われて、ローガーは一瞬息を呑み、答えられずに押し黙った。
「……そんなもの、関係ないわ。理由はどうあれローガーは子供達のために一生懸命やってるじゃない。それが一番大事でしょ」
「そう……か?」
「そうよ。事実、子供達は助かってるわ。雨風しのげて、暖かい家が出来るのよ。凄いことじゃない!私にはできないもの。」
ミサキはニコッとローガーに笑いかけながら話すと、ローガーはまた目に涙を滲ませながら、唇を震わせた。
「俺でも……人の役に立つんだなぁ……。」
「何言ってるの!この件はローガーのお手柄じゃない!子供達だって大喜びしてるの、知ってるでしょ?!」
「そうだな……。そうだった」
子供達がはしゃいでいる姿を思い出したのか、ローガーは、照れたようにくしゃりと笑う。
「……ローガーはもっと自信持ちなさいよ。まだ人生長いんでしょ!」
「俺、もう150超えてるんだが……」
困ったように笑うローガーに、ミサキは呆れたように言う。
「何言ってるの。私は42よ!あと長くて50年ぐらいで死ぬわ。でも、ローガーはもっと長生きなんでしょ?」
まったく……乙女に歳を言わせるなんてとミサキはブツブツ文句を言っていたが、ローガーからしてみれば、ミサキが勝手に言っただけなので、八つ当たりもいいところだ。
「……はは。そうだな。まだ先は長い、か」
「ウジウジ悩んでるのも良いけど、どうせなら人生楽しまないと損よ。人生短いんだもの」
「俺は……ウジウジ悩んでばかりだった」
「なら、もう良いんじゃない?ウジウジしすぎて飽きたでしょ?」
「あ、飽きた……?」
ポカーンとするローガーを他所にミサキは続ける。
「誰と比べても良いことないわ。自分は自分だもの。他の誰にもなれない。自分の代わりだって、誰もいないのよ」
「……俺は、昔っからダメでよ。一族でも落ちこぼれで毎日怒鳴られてたんだ。」
ローガーは遠くを見つめながら、ポツポツと語りだした。
「誰も味方はいなかった。皆、もっと強くなれってそればかりさ。叔父貴は見かねて庇ってくれたりしたんだが、庇うと余計に酷くなってな……。」
ローガーは言い淀みながらも、ゆっくり言葉を紡いでいく。
「……その内、誰からも期待されなくなって、友人と思ってた奴らも離れていった。逃げるように叔父貴を頼ってバルドガルドから逃げてきて……。今はこんなだ」
情けない話さ……肩を落とし思い詰めたように地面を見つめて、ローガーはため息を吐いた。
ミサキは彼の話を遮らずに最後まで静かに聞き終えると、その大きな肩にそっと手を置いた。
「そんな奴ら、捨てて当然じゃない」
一瞬、何を言われたか分からなかったローガーは、顔を上げミサキを見つめた。
「捨てた……?俺が?」
「そうよ。そんな奴ら、家族でも友達でもないじゃない。あ!ゴルムさんは別よ?」
ミサキは顔の前で人差し指を立ててチッチと振る。
「いや、俺が捨てられたんだ。逃げてきたってのが正しい……」
ミサキは、何言ってんの?という考えが思いっきり顔に出ていた。
「ねぇ、逃げて悪いの?」
「は?いや、男として……ダメだろ?」
「じゃあ女は良いわけ?」
「いや、そういうわけじゃねぇって」
「じゃあ何だって言うのよ?逃げて何が悪いの??大いに結構じゃない!逃げた先に居場所があって、貴方を必要とする人間がいたじゃない!」
ローガーは、ミサキの言葉を聞いた瞬間、全身の血が逆流するような衝撃が走った。
気づけば目頭が熱くなり、ただただ言葉を失って立ち尽くしていた。
「逃げるのは甘えじゃないわよ。人生逃げることも大事よ。生きてれば、なんとかなるもの」
――頑張るな、生きろ
異世界で右も左も分からない自分に、冒険者の基本を叩き込んでくれた師匠・ガイルの口癖。
(そうよね、ガイルさん)
その不骨な教えを思い出しながら、ミサキは師匠の言葉を借りてローガーを諭したのだった。
良い話風の雰囲気に一人で浸っていたミサキだったが、彼女は知る由もない。
この時、目の前でボロ泣きしているローガーの瞳に本物の信仰が宿り、狂信者ローガーがさらにレベルアップしたということに。
これまで狂信者ローガーは突っ走ってきましたが、更にレベルアップしたようです。
狂信者って更に上があるんですね…
どうなることやら…




