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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第八十一話 受け継がれる誇り、囚われる子孫

「こっちよ! 木材はこの辺に置いてもらえる?」

 あれから数日が経ち、スラムの子供たちが住む家は、鉱山のドワーフたちの手によって着々と補修工事が進められていた。

 そんな現場を子供たちに任せ、ミサキは一人、商業区のとある鍛冶屋の工房を訪れていた。

 このボロ家をタダで貸してくれた、ローガーの叔父への挨拶とお礼を済ませるためだ。


 案内された工房の奥で待っていたのは、いかにも職人といった風情の、筋骨隆々とした大柄なドワーフだった。

「あんたかい。スラムの子供たちの面倒を見てるって、酔狂な女は」

 ゴルムと名乗ったその男は、腕を組んで物珍しそうにミサキを値踏みしてきた。

 その威圧感に怯むことなく、ミサキは丁寧に言葉を紡ぎ、深々とお辞儀をする。

「ミサキと言います。ローガーさんのご親戚の方と伺っています。この度は大切な建物を貸していただき、本当にありがとうございました」

 てっきり「聖女」と崇められてふんぞり返っている女が来ると思っていたのだろう。

 あまりにもまっとうで礼儀正しいミサキの態度に、ゴルムは一瞬面食らったような顔をしたが、次の瞬間には「ガハハ!」と豪快に笑い出した。

「構わねぇよ! 俺もあの建物は早く処分しちまいたかったんだ。使ってもいねぇのに、国に税金ばっかり持ってかれてよ」

「ゴルムさん、ちなみにその税金って、年間でおいくらくらいかかるものなんですか?」

「まぁ、だいたい一年で銀貨八枚ってとこさ」

 

(……一年で銀貨八枚。それなら、屋台が軌道に乗れば子供たちの稼ぎだけでも維持していけそうね)

 

 うんうんと顎に手を当てて主婦の計算をしていると、ゴルムからじっと無言で見つめられていることに気づいた。

「どうかされましたか?」と問いかけると、ゴルムはふっと視線を落とした。

「……いや。ローガーの奴が血相を変えて『聖女様がスラムの子供たちのための家を探してるから、あのボロ屋をくれ!』なんて言ってくるからよ。てっきり、身内が妙な詐欺師にでも騙されてんじゃねぇかと心配してたんだが……」

 どうやら、まともな人間そうで安心した、ということらしい。

「ご心配になるのは当然のことだと思います」

 ミサキは苦笑した。

 なんてったって、身内の男が急に目を血走らせて「聖女様がぁー!」などと騒ぎ出したのだ。

 とち狂ったか、はたまた新興宗教の怪しい壺でも買わされたかと疑うのが普通である。

 私なら全力で止める。

 

 そんなミサキの内心を察したのか、ゴルムはどこか寂しげに、困ったように笑った。

「ローガーは俺の兄貴の子供なんだが……。一族の中では、かなり小柄な方でな。周りからは、英雄ドゥルガンの子孫がそんな貧弱な体格じゃ困るってんで、昔から厳しく鍛えられてたんだが、本人の気質もあって全然ダメでよ……」

 

(英雄ドゥルガン……? ずいぶん大層な名前が出てきたわね。いい血筋なのかしら?)

 

 あとでジャンかダニエルにでも聞いてみようと思い、ミサキはゴルムの言葉の続きを待った。

 ゴルムは遠い思い出を手繰るように、工房の天井を見上げて話しだす。その横顔は、甥への哀れみなのか、それとも一族の因縁に対するものなのか、どことなく深い憂いを帯びているようにも見えた。

 

「周りから揶揄われたり、そんなんじゃダメだとプレッシャーをかけられ続け、子供ながらに相当辛かったはずだ。それでもアイツは一族の期待に応えようと、不器用に頑張ってた。だが、ドワーフの国バルデガルドにいると、どんどん表情は暗くなり、殻に閉じ籠もるようになっちまってな……」

 

(あのローガーが? 全く信じられないんだけど)

 

 ミサキの脳内に浮かぶのは、いつも声が大きくて騒がしく、直情的で、けれど不器用な優しさを持つあの大男の姿だ。

「その……いまの姿からは、ちょっと想像もつかないのですが」

「あぁ。この街に来てから、だいぶ自分を取り戻して明るくなったんだ。だが、ここは人族の街だろ? ドワーフはそれだけで差別される。小柄なドワーフともなれば、その風当たりは更に酷くなる。……アイツがまた、劣等感で押しつぶされそうになっていたときに、あんたが現れたんだ」

 ゴルムの太い指が、まっすぐにミサキを指さした。

「わ、私? 私は何もしてませんけど……」

「いや、ローガーから聞いたぞ。人族の男の頭を派手にかち割って、『人種で優劣は決まらない』って啖呵を切ったんだろ? アイツにとっては、目の前で天啓が下ったくらいの衝撃だったろうさ」

「いや、かち割ってないから! お玉でちょっと頭をポコンと殴っただけよ!」

 その代わり、お玉のほうは一発で御臨終だったけど……とブツブツ不満げに呟くミサキを見て、ゴルムは再び「ガハハ!」と腹を抱えて笑い出した。

「おいおい、女が男を真っ向から殴り飛ばすだけでも、俺らの一族にしてみりゃ十分すぎる衝撃だ。俺たちの家系は、男を絶対的な格上として立てる古いしきたりだからな」

「へぇ……中々、大変そうなご家庭ね」

 驚き呆れるうちに、ミサキの口調からはすっかり余計な他人行儀さが消え、いつものまっとうな主婦のトーンに戻っていた。

 ゴルムはそんなミサキの飾らない態度を気にした風もなく、自嘲気味に肩をすくめる。

 

「まぁな。英雄ドゥルガンに恥じない生き方をしろ、と親の世代から口酸っぱく言われて育つ。誇りでもあるが、同時に子供を縛りつける言葉でもある」

「まるで呪いね。自分の残した名前のせいで子孫が苦労するなんて、そのドゥルガンさんだって絶対に望んでないはずよ」

 ミサキが当然の真理としてそう言い切ると、ゴルムは目を見開いた。

 そして、どこか救われたような、深い感慨の混じった視線でミサキをじっと見つめるのだった。



 

 スラムの子供たちの家を確保し、ドワーフたちとの奇妙な繋がりも増えたことで、計画自体は順調に進んでいた。

 だが、肝心の「龍の情報を誰が握りつぶしているのか」という調査は、少し難航していた。

 現場のドワーフたちにまで罪悪感が伝播している以上、採掘ギルド、地元の貴族アスカン家、そしてヴァルグリムの冒険者ギルド支部が、すべて裏でグルになっている可能性が高い。

 もしこちらが不用意に動いてどこかで粛清でもあれば、一気に情報を隠滅されてしまう恐れがある。

 特に貴族の不正を暴くには、言い逃れのきかない決定的な証拠を揃えなければ国際問題になりかねない。

 そのため、本部の副ギルドマスターであるヴェンデリンたちも、裏で相当ピリピリしているようだった。

 

「はぁ……今日も疲れたわね」

 

 子供たちを寝かしつけ、深夜の報告会のために宿の食堂へと降りてきたミサキは、席に着くやいなや、テーブルにガクッと突っ伏してため息を漏らした。

「お疲れ。……そっちは、何か新しい情報はあったか?」

 目の下にうっすらとクマを作り、ややげっそりとした様子のダニエルが、机の向かいから声をかけてくる。

ミサキはのそりと視線を上げ、今日ゴルムから聞いた話を何気なく口にした。

 

「ローガーって、英雄ドゥルガンの子孫なんですって。なんか、小さい頃は体格のことで一族からかなり酷いプレッシャーをかけられて、大変だったみたいよ」

 世間話のつもりでこともなさげに告げた瞬間、目の前のダニエルと、書類をめくっていたジャンが、同時に動きをぴたりと止めた。

 二人は信じられないものを見るような目で、口をあんぐりと開けて固まっている。

 

「ん? どうしたの、二人とも」

「……おい、お前。今、英雄ドゥルガンって言ったか?」

 ダニエルが引きつった声で聞き返してくる。

「ええ、言ったけど。私、知らないのよね。やっぱり有名なの?」

「有名も何も、お前……っ!」

 ジャンが信じられないとばかりに、身を乗り出してきた。

「ドワーフの歴史における伝説の最高傑作!かつてこの地に現れた古龍を、その身を賭して炭鉱の最深部に封印したと神話に名高い、あの『大英雄ドゥルガン』のことだぞ……!」

 ジャンの緊迫した言葉が、食堂の冷たい空気に響く。

 ミサキは瞬きを数回し、ゆっくりとその言葉の持つ「意味」を頭の中で咀嚼した。

「……古龍を封印したご先祖様と。その古龍が目覚めかけている事実を、揉み消すのに一役買っているかもしれない子孫、ね……」

 ミサキがぽつりと呟いた一言を最後に、食堂は一気に静まり返った。

 夜の闇の深さが増していく中、三人の間には、何とも言えない重苦しい因縁の空気がじっと孕み続けていた。




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