第八十話 スラムのマイホーム計画と、職人が漏らした罪悪感
翌朝。子供たちと一緒に朝食をとり、ミーティングで今日の予定を伝える。
「今日の屋台は、ぜんぶ貴方たちだけで回してもらうわ。私はついていかない。全部自分たちの責任でやりなさい」
「え……?」
一瞬不安そうな顔をした子供たちだったが、クリフとロドリゴが「よっしゃ! やってやるぜ!」と威勢よく大声を張り上げると、すぐに笑顔が戻っていった。
「ミサキは何をするの?」
最年少のマウロが不思議そうに尋ねてくる。
「ふふん、ちょっと大人の特別任務よ!」
少し得意そうに笑い、その場を誤魔化す。
準備をテキパキと終えた子供たちは、元気よくシチューの屋台を引き回していった。
「さぁて……と。こっちもやりますか」
一人残ったミサキは、さっそくスラムの子供たちが全員で住めるような一軒家を探しに商業ギルドの窓口へ向かった。
だが、現実は甘くなかった。
提示された一軒家の賃貸料は目玉が飛び出るほど高額で、今の屋台の売上では逆立ちしても届かない。
(本部のヴェンデリンさんから準備金をふんだくったとしても、それは一時的なもの。冒険者ギルドは慈善団体じゃないんだから、ずっと家賃を出し続けてもらえるはずがないわよね……)
世知辛い金勘定に行き詰まり、ミサキはため息をつきながら、様子見を兼ねて子供たちの露店へ向かった。
露店は、子供たちが第一陣と第二陣の混雑を見事に捌き切り、楽しそうに休憩をとっていた。
「あ! ミサキだー!」
嬉しそうに駆け寄ってくる子供たちに「様子を覗きにきただけよ」と笑って誤魔化す。
みんな昨日と今日で大きな自信がついたのか、いつもよりずっと堂々としていた。
そこへ、第三陣の休憩組――問題児のドワーフたちがポツポツと姿を現し始める。
すると突然、雄叫びが聞こえ遠くの鉱山道の方から、もうもうと激しい土煙をあげて爆走してくる人影が見えた。
「うぉぉぉぉぉぉ! 休憩だぁぁ! 聖女様のシチューを食うぞぉぉぉーー!!」
(……見つからないうちに帰ろうかしら)
本能的な恐怖がよぎったが、ミサキが不在だと分かれば、「聖女様が病気で倒れた」と宿に押し掛けてくる可能性があるため、ミサキはため息を吐きながらも腹をくくった。
ドワーフたちは相変わらずシチューを買うと、向かいのパン屋へ走り、パンを持ってまたミサキの露店の真横へと戻ってくる。
どうしてもミサキの近くで食べたいらしい。
「今日もシチューが美味い!」と笑い合っている彼らに声をかけると、ドワーフたちが一斉に色めき立ち、地鳴りのような大声で話しかけてきた。
「静かにしなさい! 周りに迷惑でしょうが!?」
般若のような顔で一喝すると、大男たちは怒られた幼稚園児のようにピシッと静まり返った。
いきなり「龍の存在を握りつぶしてるのは誰?」なんて聞けるはずもないミサキは、世間話の体で現実の悩みを相談してみることにした。
「ねえ……いま、スラムの子供たちが一緒に住めそうな大きな家を探しているんだけど、高すぎて借りられそうにないのよ。どこか安くて良い物件を知らないかしら?」
それを聞いた途端、「やっぱり聖女様だ!」「スラムの子供を全員ひとりで面倒見るのか!?」と再び大騒ぎが始まる。
「ちょっと声が大きいわよ、シーッ!」
ミサキが口の前で人差し指を立てると、ドワーフたちは大慌てで両手で口をムギュッと押さえて静かになった。
「……そういやぁ、街の西外れに古い廃屋があったんじゃねぇか?」
「あそこか。でも屋根も壁も荒れ放題で、とても人が住める状態じゃねぇぞ」
「直しゃあ良いじゃねぇか!」
「ちょっと待ちなさい。直す前に、所有者の方にちゃんと許可を貰わないと結局使えないじゃないの」
呆れて口を挟むミサキに、ドワーフたちはガハハと笑った。
「心配ねぇって! あそこは確か、ローガーの親戚が昔住んでた土地だからな! ローガーに言えば二つ返事で喜んで献上するさ!」
「いや、それは流石に悪すぎるわよ……」
ミサキが首を振ると、これまで静かに口を塞いで耐えていたローガーが前に進み出た。
「聖女様、水臭いことを言わないでくれ! あそこはずっと誰も使ってねぇ死に土地なんだ。俺が俺の面子にかけて今から持ち主に直談判してくるわ!」
「えっ、ちょっと待ってローガー、走らなくていいから――」
止める間もなく、ローガーはものすごいダッシュで土煙を上げて爆走していってしまった。
ミサキは本日何度目か分からない深いため息を吐き出すのだった。
その後もあれこれ世間話を交わしてみたが、やはりこんな場所で龍の「り」の字も出るはずがなかった。
(まぁ、私にはこの頭脳戦は荷が重いわね。優秀な人たちが裏でサクッと証拠を持ってきてくれるわよ!)
早々に他力本願を発動させたミサキは、心の中で軽い謝罪を捧げておいた。
広場が落ち着いてきた頃、猛烈な勢いで息を切らせたローガーが戻ってきた。
あまりの長距離猛ダッシュに今にも倒れそうなほどゼェゼェと喉を鳴らしている。
ミサキは子供たちに冷たい水を用意させ、ローガーに手渡した。
「す、すまん……ありがてぇ……! ぷはぁっ、もう駄目だな、ワシも歳には勝てんわい」
「歳には勝てないって……そういえはローガーっていくつなの?」
そういえばヴァルグリムの街に着いたとき、ドワーフが人族や獣人と比べてどういう年齢の重ね方をするのか、密かに疑問に思っていたことをミサキは思い出した。
「ワシか? ワシは今年で百五十三歳だ」
「ひゃっ!? ひ、百五十三!?」
想像の遥か上を行く3桁の数字に、ミサキは思わず目が点になり、声が裏返った。
「ガハハ、驚いたか! ドワーフは人族より遥かに長寿だからな。まあ、人族なら、だいたい五十歳前後だろ」
「そうなのね……。全力疾走させちゃってごめんなさい。疲れたでしょう?」
「滅相もない! 走ったのはワシの勝手だから、気にする必要はねぇ! それより、 あそこの廃屋使っていいそうだ!」
「えっ、本当!? ……でも、お家を借りるとなると、おいくらくらいかしら? 正直、今の私たちだと、まとまったお家賃はあまり払えそうにないのだけど……」
ミサキが恐る恐る財布の心配を口にすると、ローガーは「問題ねぇ!」と豪快に笑い飛ばした。
「叔父貴の持ち物なんだが、ずっと処分に困ってた死に物件らしくてな。『自分たちで勝手に直して住むなら、金はいらねぇ』ってよ! その代わり、聖女様の話をしたら、叔父貴がぜひ一度会ってみたいと言っててな……」
「行くわ! 喜んでお礼を伝えに伺うわ! ……でも、建物の補修大工さんを頼んだら結構お金がかかるわよね……」
ミサキがブツブツと主婦の計算を始めると、それを聞いていた周囲のドワーフたちが一斉に騒ぎ出した。
「大工だと!? 職人を舐めるんじゃねぇぞ!!」
またしても全員が同時に怒鳴るように喋るため、鼓膜が痛くて何と言っているのか全く聞き取れない。
「ちょっと! ちょっとみんな、静かにして!! もう! 喋る時は一人ずつ喋ってよね……!」
ミサキが耳を押さえながらため息交じりに窘めると、熟練職人の風貌を持つユーゴが「よし、俺が代表して話そう」と、太い腕を一本高く挙げた。
「ミサキ、その家の補修工事だがな――俺たちドワーフが全員で請け負うぜ。俺たちは炭鉱のプロだ、坑道の中に休憩所や強固な支柱を作るなんてのは朝飯前だからな。次の休息日に交代で職人を集めて作業すれば、そんなボロ家、あっという間に新築同様に直してみせるぞ」
「お前ら、腕の見せ所だ、気合入れな!」とユーゴが背後の職人たちを振り返ってニカッと歯を見せて笑うと、ドワーフたちが一斉に筋肉を盛り上げて頷く。
「そんな……みんなの大切な休みなのに、お給料だってろくに払えないのよ?」
申し訳なさで眉をひそめるミサキに、ドワーフたちは照れくさそうに口々に言った。
「いや、気にするな。俺たちも、あの炭鉱のせいで路頭に迷っちまったスラムの子供たちのことは、ずっと心のどこかで気になってたんだ」
「人族とはいえ、かつて炭鉱で一緒に汗を流した同僚の子供も混ざってるしなぁ……」
「今、あの鉱山が変なことになってるのも……俺たちドワーフにまったく責任がないってわけでもねぇしよ……」
その言葉を聞いた瞬間、ミサキの脳裏に、昨夜ジャンたちと交わした「隠蔽工作」の会話がフラッシュバックした。
ドワーフたちはバツが悪そうに肩を落としている。自分たちが「秘密の片鱗」を漏らしていることに気づいていない様子だ。
(……今、責任がないわけじゃないって、言ったわね?)
ミサキは何も知らない無垢な主婦を装って、小首を傾げて聞いてみた。
「責任がないわけじゃないって……それ、どういう意味かしら?」
「ひえっ!? い、いや! ほら、あれだ! 街の大人としてな!? 子供がひもじい思いをしてるのは見過ごせねぇっていう、大人の責任ってやつだ! なぁ、みんな!?」
「お、おうよ! やっぱ大人として責任があるだろ、責任が!!」
ドワーフたちは大慌てで両手を前に突き出し、ワイパーのように激しく手を振りながら必死に取り繕っていた。
(なるほど……。現場の職人である彼らも、炭鉱の『異常』と、それを隠蔽している動きに薄々気づいていて、罪悪感を抱えていたのね……)
図らずも、極上の「証拠のしっぽ」を掴みかけたミサキだったが、ここではあえてそれ以上追及しなかった。
「そう……。じゃあ、お言葉に甘えて、みんなにお願いしようかしら。私たちの新しい家、一緒に手伝ってくれる?」
ミサキが満面の笑みで告げた瞬間、ドワーフたちは地響きのような雄たけびを上げ、硬い拳を高く天にかざした。
「ちょっと!! だからうるさいって言ってるでしょうがっ!!」
何度注意しても三歩歩けば音量設定が壊れるドワーフたちに、ミサキは盛大に呆れ返る。
けれど、その嘘をつけない真っ直ぐで義理堅い気質に、ミサキの口元からは自然と温かい苦笑いがこぼれ落ちるのだった。




