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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第七十七話 滅びの予兆

 ドワーフたちの愚直すぎる一本気な気質にこれでもかと翻弄され、心身ともに――というか主に精神をゴリゴリと削られたミサキは、営業終了後の片付けを驚異的なスピードで済ませた。

 そして、未だに奇妙な熱狂に包まれているドワーフの集団をその場に置き去りにして、足早に子供たちを連れてその場を後にする。

 

 明日の仕込み用の食材を市場で買い込み、宿へ戻ると、すぐに木皿やスプーンを洗い終えて厨房での仕込みに取りかかった。

 今日はあえて自分はあまり手を出さず、子供たちの自主性に任せてみようと思い、ミサキは一歩引いて後ろで見守る。


  驚いたことに、年長組が主体となってテキパキと指示を出し合い、どんどん作業が進んでいった。

 中でもやはり、クリフとロドリゴの二人が皆を引っ張っていっているようだ。

 元々クリフはガキ大将気質で主張もしっかりするタイプだったが、あの引っ込み思案だったロドリゴが、ここまで短期間で頼もしく成長するとは予想していなかった。

 

(本当に、子供の成長って早いわね……)

 

 ほんの少し前まで自分の後ろをついて歩いていたはずの、幼い我が子たちの姿が脳裏をよぎり、感慨にふけっていた時――不意にクリフから声がかかった。

 

「なぁ、ミサキ!オニョンはもっと炒めたほうが、風味が出るんじゃねぇの?」

「え?あぁ……そうね。飴色になるまで炒めたほうが風味もコクも出るけど、焦がしたら使えなくなるわよ?」

「じゃあ、やってみる!焦がさなきゃいいんだろ?」

「美味くなるなら試さないとな!」

 クリフとロドリゴは顔を見合わせ、目をワクワクと輝かせながら鍋に向き合っていた。

「そこに気づくなんて凄いわね。貴方達、料理の才能あるんじゃない?」

 感心しながら言うと、満更でもなさそうに照れた笑いを浮かべた。

「俺の親は炭鉱で働いてたから、帰りが遅くってさ。代わりに俺がご飯は作ってたんだ。父さんが急に帰ってこなくなってからは、母さん働き詰めだったし」

「僕のとこもそうだったよ。ある日突然帰ってこなくなっちゃって、家も追い出されて大変だったけど……。昔から料理はちょっとだけ手伝ってたんだ」

「そうだったの……」

 

 よくよく聞いてみれば、スラムの子供たちの境遇はみんな似たり寄ったりだった。

 両親が炭鉱で働いていて、ある日突然、何の前触れもなく帰ってこなくなったとか、運よく帰ってきても、父親が謎の体調不良で倒れ、それを看病していた母親も追うようにして亡くなってしまったのだとか。

 

 幼い子供たちが淡々と語る過酷な現実に、ミサキは思わず壁際に佇んでいたダニエルに視線を向けた。

 だが、ダニエルもまた苦虫を噛み潰したような険しい顔をして、ただ黙り込んで床を見つめていた。


 (帰ってこなくなったってことは、炭鉱内で魔素にやられて亡くなったのかしら……?)

 

 それにしたって、そんな状況で炭鉱の運営がそのまま継続していることがおかしい。

 これは炭鉱の運営をしている貴族が揉み消しているのだろうかと推察するが、それは私の仕事ではないなと頭を振って隅に追いやった。


 シチューは煮込みの段階に入り、いい香りが部屋に漂い始めたころ、クロが厨房へ入ってきた。

 今回はクロに気づいた子どもたちが、我先にとクロに近寄って撫でる撫でる。

 クロは寝起きのため欠伸を噛み殺しながらも、子供たちを受け入れていた。

 そんなクロの前にとびきり大きいウサギ肉のローストと、煤角牛(すすつのうし)のステーキがこれでもかと盛られた一皿が出てきた。


 あまりの豪勢さにミサキは目を見開き、口をあんぐり開けていると、ダニエルから「ほら、食え」とクロにお声がかかった。

クロは嬉しそうに食べようとするが、子供たちが少しばかり邪魔そうだった。

 

「え、ちょっと!流石に甘やかしすぎよ!」

 と注意したが、これはヴェンデリンさんからだと言われた。

「ヴェンデリンさんから……?」

 (あぁ……クロが何か見つけてきたのね)

 と、ヴェンデリンの名を聞いた瞬間察した。


「子供たちにもウサギ肉のローストを準備してるから、テーブルについて待ってな」

そう言うが早いか、子供たちは運動会の徒競走並みに一斉に走り出し、テーブルに着くとお行儀よく座って待っていた。

 順番に並べられていくウサギ肉に、我慢できず手を伸ばしてつまみ食いしようとする不届き者がいたが、ミサキから般若のような顔で睨まれると、慌てて手を引っ込めて「へへへ……」と笑って誤魔化していた。


「さぁ、ヴェンデリンさんに感謝して、皆でいただきましょう」

 ヴェンデリンさんって誰だろう?と疑問すら浮かばなかったようで、ウサギ肉にくぎ付けの子供たちは、夢中で齧り付いていた。

 ミサキも横で同じようにウサギ肉を食す。

 ウサギ肉独特の野生の臭みは、ふんだんに使われた香草によって見事な“森の薫り”へと昇華され、濃厚な脂の旨味と完璧な調和を保っていた。

 

「はぁ〜……うまぁぁぁ……」

 感動のあまりにため息とともに漏れ出る感想に、ダニエルはニヤリと笑う。

「ダニエル特製、ウサギ肉のローストだ!うめぇだろ!!」

「悔しいけど、ほんとに美味しいわ。負けた……」

 一口進めるごとに旨味の波にさらわれ、感嘆の息を吐き出すミサキの横を、ジャンが音もなく通り過ぎた。

 ジャンは食事中のクロの前にしゃがみ込み、小さな魔道具を差し出す。

「よろしく頼む」

 ジャンが一言そう言うと、クロは頭を差し出して魔道具を首から下げさせた。

その後はウサギ肉を堪能していたクロだったが、毛づくろいもそこそこにミサキの影から仕事へ行ってしまった。

 

 (……なんで毎回、私の影から行くのかしら?影ならなんでも良いわけじゃないのかな?)

 

 クロの気まぐれか、ただ単に“行ってくる”と挨拶をしてから出ていきたいのか……

 色々考えた結果、クロの姿が見えないと私が騒ぎ出すからだとの結論に至った。

 心配させないようにしているのだろうと、クロの大人な対応に申し訳なさと、不甲斐なさを感じ食事を終えた。


 夜も更け、子供達を寝かしつけたミサキは、子供達を起こさないようにコッソリ部屋から抜け出し、ダニエルに報告をする。


 

「はぁ?なんでそんなことになるんだよ、お前は!」

「仕方ないじゃない!向こうが勝手に勘違いしていくんだもの」

 昼間にあったドワーフ達の一連の流れを説明すると、心底呆れたように言うダニエルに反論するミサキ。

 それを聞いていたジャンは一人、テーブルに突っ伏して声を殺して笑っている。


 

「それより、さっき子どもたちが言ってた“親が突然帰ってこなくなった”って、あれ……」

「あぁ……。たぶん、死んでる。」

 その言葉に胸のあたりがズンっと重くなった気がして、重苦しい沈黙が、冷え切った部屋の空気を包み込んだ。

 

「クロが昨日潜入して持ち帰った映像データに、大量の『魔晶石』が映り込んでいたんだ」

 いつの間にか笑いの渦から抜け出したジャンが、深い溜め息をつきながら、真剣な面持ちで報告を始める。

「おそらく中層から深層の間のエリアだ。あの密度の魔晶石が剥き出しで放置されている空間に生身で長時間いれば、一般人は確実に『急性魔素中毒』で内臓をやられて死ぬだろう」

「鉱山を管理している貴族は、そのことを知っているの?」

「……知らないはずはないと思うが、採掘ギルド内で握りつぶされて、報告されてない可能性もあるからな。その辺は炭鉱に潜入している職員で証拠を押さえる予定だ」

「……本当に“龍”がいるのかしら?」

「昔話だが、龍背山脈(りゅうはいさんみゃく)には龍が眠ってるって言われてる。あとは龍の墓場だとかなんとか……。」

龍背山脈(りゅうはいさんみゃく)?」

「隣国のドワーフ王国『バルデガルド』がそびえ立つ、あの巨大な連峰のことだ。麓から見上げると、連なる峰がまるで龍の背びれのように見えることからそう呼ばれている。この街、ヴァルグリムはその山の真下、まさに龍の腹の底に位置しているんだ」

 ジャンは青ざめた顔のまま、自身の胃のあたりをきつく鷲掴みにした。

「……もし本当に『龍』が存在していて、それがただ眠っているだけならいい。だが、まかり間違って、炭鉱の強欲な連中がその眠りを呼び覚ましてしまったとしたら……」

  青い顔をしたジャンにミサキは、どうなるの?と先を促す。

 

「……フリージアは終わりだ」

「お、終わりって……?」

 抽象的な回答に困惑するミサキに、ダニエルが代わって答える。

「文字通りだ。なんも残らねぇよ。運よく逃げ延びた人が周辺国に難民として散らばるだけで、国は無くなるのさ。」

思った以上の甚大な被害に、言葉もなく固まる。

 (国が消える……? そんなことになったら、あの子たちが――(あまね)(わたる)が、もしこの国のどこかにいたら……っ!)

 

「どうにかできないわけっ!?」

 思わず椅子を蹴立てるようにして叫んだが、ダニエルもジャンも首を振り俯くだけだった。

 

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