第七十六話 悲劇の聖女様、爆誕
悪気がない言動ほど、たちの悪いものはない。
このローガーというドワーフは、まさにそれを体現したような男だった。
言いふらすのを止めろと言うのに、いい話を広げて何が悪いと豪快に開き直る始末だ。
(こいつは何言っても駄目そうね……。もう放っておこう。)
聖女だ神だと狂信的なギラつきを見せるローガーの目に、諦め以外、選択肢がなさそうだと白旗をあげた。
「もう好きにして……」
額に手を当て、それはそれは重いため息を吐いた。
「本当にすまねぇなぁ。ミサキさん。あと昨日の露店出張販売の話なんだけどよ、頭に掛け合ったんだが許可が降りなくてよ……」
ユーゴは肩をガックリと落とし、ため息を吐いていた。
(まぁそうよね。龍がいるなら部外者は絶対入れたくないはず……)
「そう……。上がそう言うなら仕方ないわね。ちょっと不便かもしれないけど、ここでゆっくりして、温まっていって」
「ああ!そうさせてもおう」
その後は2人揃ってシチューを買い、向かいのパン屋へひとっ走りしたかと思えば、何故かミサキの露店の横で食べ始めた。
「かぁーっ!!やっぱうめぇな!」
「当たり前だ!聖女様が作ってんだぞ。不味いわけねぇ!」
そんな二人を横目にミサキ達は次々と客を捌いていく。
すると何故か、ローガー達のようにシチューを受け取ったあとにパンを買いに走れば、ミサキの屋台横まで戻ってきて、隅に集まり皆で食べるのだ。
何をしてるのかと訝しげに思いながらも、客の対応に追われていると、スプーンを客へ渡していたはずのマウロの姿がないことに気付いた。
(えぇ……?!どこに行ったの?)
急に姿が見えなくなったことに驚いたが、幼くともこの世界のスラム街で生きていたのだから、日本の迷子のようにそこまで心配しなくても良いのかしら?と頭を過ぎった。
が、やはり心配なものは心配だ。
「クレア、マウロどこに行ったか知らない?」
隣でシチューを渡していたクレアにそう尋ねると、なんでもない風に
「マウロなら、ドワーフのおじちゃん達と話してるよ」
と、クレアが小さな指で示した先には、ガタイのいいドワーフたちがひしめき合う、むさ苦しい「塊」があった。
「マウロの分まで私が働くから大丈夫!」と胸を張ってお姉ちゃん気取りだ。
「クレアは偉いわね。でも、無理しちゃダメよ」
「へへへ……」
褒められて嬉しそうに笑うクレアの頭を撫でて、仕事へ戻る。
改めて塊の隙間からマウロの様子を窺うと、何やらドワーフたちに囲まれながら楽しそうに身振り手振りを交えて話していたので、ひとまずは安心だとそのままにしておくことにした。
「ごめんなさい!今日はこれが最後の一杯よ!売り切れ!」
ミサキが大きな声で呼びかけると、まだ列に並んでいたドワーフたちは「そんな殺生な……」と目に見えて大きく肩を落とし、トボトボと他の店へ買い出しに散っていった。
「明日はもっとたくさん用意しておくからね!」
その寂しそうな背中に声をかけ、子供たちと一緒に片付けを再開したが、店横にある“ドワーフの井戸端会議”は、営業終了後も一向に終わる気配がなかった。
何をそんなに熱心に話し込んでいるのか。
気になったミサキが、片付けがてらドワーフの一団に近づき、そっと耳をそばだててみると、中心から聞き慣れた幼い声が響いてきた。
マウロだ。
「……それでね! ミサキは大きいクリフのお尻をバンバン叩いて、『悪いことしたらごめんなさいでしょ!』って怒ったんだ! それから、僕たちを宿に連れてってくれてね、温かいお湯でキレイに洗ってくれて、新しいお洋服も買ってくれたんだよ!」
ほら! と、マウロは嬉しそうに両腕を広げ、自慢げに新品の麻の服を見せびらかしていた。
「……やっぱり、本物の聖女様じゃねぇか……」
「世の中、物好きな人間もいるもんだと思ってたが……スラムの孤児をまとめて引き取るなんてよぉ」
「どうせ、どこぞの貴族や金持ちの気まぐれな慈善事業だろ?」
「いや待て、ミサキって女、お世辞にも金持ちには見えねえぞ? ほら見ろよ、着てる服だって俺たちと変わらねえ簡素な麻布だ」
ボソボソと交わされるドワーフたちの視線が、一斉にミサキへと突き刺さった。
「何よ、人の服ジロジロ見て。言っておくけど、私はお金なんてこれっぽっちも持ってないわよ」
「……確かに、そのやつれた顔と格好は、金持ちには思えねえな」
「バカ言え! お忍びとかかもしれねぇだろ!? あえてだよ、あえて!正体を隠すために貧民の格好をしてんだ」
「だから違うってば!!」
ミサキは調理器具をガシャガシャと片付けながら、半眼で怒鳴り返した。
「服にかけるお金があるなら、もっと情報収集にお金を使いたいのよ! 子供を探すのには、いくらお金があったって足りないんだから!」
これ以上、無駄な服や娯楽に回す余裕なんてないわよ、とブツブツ一人言のように呟きながら手を動かしていた、その時。
なぜかドワーフたちが一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったように目を大きく見開き――次の瞬間、じわじわと全員の瞳に涙がこみ上げ、ウルウルと潤みだした。
「な、なに……?大丈夫?」
「子供を探すって、スラムの孤児を全部助ける気なのか!?」
「ち、違うわよ!」
とんでもない聖母に祭り上げられそうになり、ミサキは慌てて両手を振った。
「子供ってのは、私の子供よ。はぐれたの!黒髪、黒目の男の子2人よ。みんな見かけたら教えてね」
「……なっ! 自分の本当の子供を探している真っ最中なのに、行きずりの孤児たちの面倒まで見てるのか!?」
「聖女だ……!! 本物の聖女様だっ!!」
「自分の大切な子が、何者かに攫われたってのか!? それを助け出すために戦ってるんだな!?」
「攫われただと!? 犯人は魔族か!? 国境の裏切り者どもか!? そうなんだな!?」
「おい野郎ども!! 聖女様のお子さんを探し出すぞ!!」
(おい、ちょっと待て。どんどん話が飛躍してるじゃない……)
「ちょっと!逸れただけよ!!攫われてないわ!……たぶん」
こっちに来る直前まで一緒にいた。
というだけで、こちらに飛ばされてきてから姿を見ていないため、飛ばされているかどうかも分からない。
というのが正しいのだが、さすがに「異世界転移」の事情をドワーフたちに説明できるわけもなく、どうしても説明があやふやになってしまう。
そのあたりをドワーフ達はものの見事に誤解と拡大解釈とありとあらゆる勘違いをし、尾ひれはひれ、胸ビレ、背ビレまでつけそうな勢いで勝手に盛り上がり始めた。
極めつけに、何をトチ狂ったかマウロがドワーフたちの中心に立ち、小さな拳を天高く突き上げて叫んだ。
「みんなでミサキのために、がんばろーー!」
『うおおおおおおおおお!!!!!』
地響きのような、地鳴りのようなドワーフたちの凄まじい重低音の咆哮が通り一帯に響き渡る。
あまりの爆音に、近くの商店や宿屋からは
「何事だ!?」
「魔物の襲撃か!?」
と武器を持った人々が次々と飛び出してくる始末だ。
「ちょっと! 叫ぶのをやめなさい!! 近所迷惑でしょ!!」
ミサキが必死に注意するものの、もはやトランス状態に入ったドワーフたちの耳には届いていない。
何故、ただのシチュー屋がこんな暴動一歩手前のカルト宗教みたいになっているのかと、ミサキは頭を抱えた。
「……すまねぇな、ミサキさん」
ユーゴが耳を押さえながら、苦笑いで声をかけてきた。
「ここにいる奴らはよ、ミサキさんが『人種で優劣は決まらねぇ』ってあのクソ野郎に啖呵切った姿を直接見た奴か、ローガーの熱烈な噂を信じて集まった、一本気な奴らばかりなんだ。そこに、アンタのそんな涙なしには語れねぇ苦労話を聞いちまったもんだからよ……」
「こうなったって言うの……?」
それにしても、限度というものがあるだろう。
ドワーフという種族はこれほどまでに情に厚いのだろうか。
いや、ここまでいけば一本気を通り越して、ただの単細胞で愚直な猛進集団だ。
ミサキの背中からは冷や汗が止まらない。
何故なら彼らの目は、本気で自分を「悲劇の聖女」として崇拝し、祭り上げようとする狂信的な危うさを孕んでいたからだ。
(本当にもう、勘弁してよ……!)
何を言っても聞きやしない。
というか、こちらの言葉をすべて都合よく超解釈して、ぶっ飛んだ「悲劇のシナリオ」を完成させていくドワーフたちにどう対応していいか分からず、ミサキはただただ、広場の中心で呆然と立ち尽くすしかなかった。




