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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第七十五話 狂信的なドワーフ

「さぁ! そろそろ第一陣の休憩組が出てくるわよ! 昨日と同じ要領で、みんなで力を合わせて頑張ろう!」

 ミサキが声をかけると、子供たちが一斉に「おー!」と元気よく拳を突き上げた。

 一人一人の表情を見渡せば、昨日までの怯えや卑屈さは綺麗に消え去っている。

 自分たちが出来る仕事を必死に、そして誇りを持ってやり遂げようという強い気概が、その小さな瞳の奥に満ちていた。

 そのやる気に応えるように、今日の営業は驚くほど順調だった。

 第一陣の炭鉱夫たちは皆、お利口さんに列に並び、子供たちへ酷い態度を隠そうともしない不届き者も一人としていない。

 

(よしよし、いい傾向ね!)

 

 ミサキが内心でガッツポーズを作ったその矢先、大通りのかなり遠くの方から、こちらを窺う視線に気づいた。


あの、昨日の“最低クソ野郎”である。


 あ、目が合った――と思った瞬間、男はみるみる顔を青ざめさせ、脱兎のごとく踵を返して足早に去って行った。

 

(失礼な奴ね。まぁ、下手に因縁をつけられるよりは、大人しく逃げ出してくれた方がマシだけど)

 

 その後もトラブルなく第二陣の休憩組までが捌け、広場の人の波が疎らになった頃、ミサキは子供たちへお昼休憩を言い渡した。

 向かいのオバさんに貰ったパンは既に冷めていたが、噛めば噛むほど小麦の甘みが広がる、とても美味しいパンだった。

 折角なので温かいシチューのスープにたっぷりと浸して口に運ぶ。

 

「おいし〜!」

「ジュワッてしたよ!」

 子供らしい素直な感想を言い合いながら、みんなニコニコと食べ進めていたが――ふと見ると、クリフとロドリゴの二人が、器を挟んで何やらコソコソと真剣な顔で言い合っている。

 どうかしたのかと思い、ミサキはそっと二人の会話に耳をそばだててみた。

 

「なぁ、硬くてまずいパンでも、シチューに浸して食べたら美味くなるんじゃねぇ?」

「そうだな…。柔らかいパンだと浸したときに崩れるだろうから、硬いパンのほうがいいと思う」

「だったら、売れ残りのパンを安くで買って、それを翌日一緒に高く売れば……」

「あ!それいいな!!」


 二人は悪ガキらしいニヤリとした笑みを浮かべ、楽しそうにそんな作戦を練っていた。

 二人の「商売のタネ」に気づく観察眼は頼もしくもある。

 けれど同時に、スラム育ちゆえの「目先の利益だけを追う危うさ」も孕んでいた。

 ここで大人の倫理を説くべきか、それとも柔軟な意見を尊重すべきか一瞬悩んだが、これからの彼らのためにも、伝えるべきことは一言、伝えておくべきだと判断した。

 

「二人とも、そこに気づくなんて凄いわね! 大正解よ。ビーフシチューには、少し乾燥して硬くなったパンの方が相性が良いの」

「うわっ!? 聞いてたのかよ!」

 

 急に背後から声をかけられ、二人は飛び上がらんばかりに驚いた。

盗み聞きされていたことに気恥ずかしそうな顔を浮かべつつも、ミサキに褒められたことが相当嬉しいらしく、鼻の下を少し膨らませている。

 

「でもね」と、ミサキは少し声音を落ち着かせた。

「パン屋さんから売れ残りを安く譲ってもらって、それをここで私たちが売り捌くのは、絶対にやめた方がいいわ」

「え……なんで? 絶対に儲かるのに」

 ロドリゴが意外そうに、不満げな口を開く。

 利益だけを求めて突っ走っては、いつか足をすくわれる。

 ミサキは母親のような目線で、静かに二人を窘めた。

 

「いい? 利益を出そうとして、私たちがそのパンをここで売ったら、向かいのパン屋さんはどうなると思う?」

「……えっと、うちでパンが買えるなら、向かいの店ではパンが売れなくなる?」 

「そうよね。パン屋のオバさんは、今日はこんなにたくさんの焼き立てパンを無償で分けてくれたのよ?そんな素敵な恩人に対して、商売仇になるような真似をしていいと思う?下手をすればパン屋自体続けられなくなっちゃうかもしれないわ。そしたらパン屋さんは家族ごと、路頭に迷うのよ」

 ハッとした表情の二人に優しく声をかける。

「二人とも、みんなの生活のために必死に考えてくれたのは本当によく分かるわ。ありがとう。でもね、商売っていうのは、周りの人たちの生活もちゃんと見なきゃいけないの。自分たちの利益だけを考えて周りを踏み台にしていたら、いつか必ず恨みを買って、最悪な形でひどい目に遭うわよ」

 

 だから、関わるみんなが幸せになれる方法を考えましょうね――。

 

 ミサキが微笑みながら諭していた、まさにその時。

 鉱山出入り口から、第三陣である休憩組のドワーフたちが、何やら騒がしく店前に集まってきていた。

 

「ほら見ろ! 俺の言った通り、嘘じゃねぇだろっ!」

「おいおい、本当に人族の女が、スラムの孤児を育ててやがる……」

「だが、俺たちドワーフを差別しねぇってのは、まだ信じられんぞ……」

 などと、口々に言い合っている。

 よく見れば、「嘘じゃねぇだろ!」と大声を張り上げている先頭のドワーフは、昨日、あの最低クソ野郎にシチューを横取りされていた男だった。


 

「ちょっと貴方!」

「え?お、俺か?」

「そう!貴方でしょ!?私のこと聖女だなんだって言いふらしてるのは!?」

「そうだっ!」

 

(えぇぇ……。ドヤ顔で威張られても……)

 

 思った反応とあまりにも違い、一瞬戸惑ってしまう。

「あんたは人族だが、俺のシチューを奪った男の頭をかち割った!人種で優劣がつくわけないと一喝した!! スラムの子供らの世話まで焼いている! そんなもん、本物の聖女様以外の何者でもねぇだろうがっ!」

 そうだろ!?と勢いそのままに店のカウンターへ身を乗り出しながら問いかけてきた。

 その目はギラギラとした狂信的な熱を帯びている。

 

 「いや、かち割ってはないわよっ!聖女でもないっ!」

 必死に否定しながらも、ミサキの胸の奥をチクリと、苦い罪悪感が刺した。


(私だって、下心と打算ありきでやってるんだもの。全部が全部、純粋な善意ってわけじゃないわよ……)


 自分の中に、そんな綺麗な塊などありはしない。

スラムの子供たちを思って行動したことは本当だとしても、結局のところ、それは「自分の子供を探すための人脈作り」として彼らを利用している側面もあるのだ。

 そう自覚するたび、自分自身に嫌悪感すら覚えるくらいである。


 先程、子供たちに向かって『自分たちのことだけ考えてたら、いつかひどい目に遭うわよ』と偉そうに言った言葉が、そのままブーメランのように自分に突き刺さる。


(そのうち、この打算のツケを払う羽目になるかもしれないわね……)

 

 ミサキが苦い顔で眉根を寄せ、言葉を詰まらせていると、ドワーフの男は全く気にせず熱弁を続けた。

「あんた自身がどう思おうが関係ねぇ! 俺にとっちゃ、昨日のあんたの言葉は文字通りの『青天の霹靂』だったんだ! 神の言葉と同義なんだよ!」

「え、ええぇぇぇ……」

 

 あまりの熱量と、ついに『神の言葉』などという超重量級のフレーズまで飛び出したことに、ミサキは本気でドン引いてしまった。

 

(やだ何これ、カルト宗教の教祖に祭り上げられてるんじゃないでしょうね……?)

 

 本気で背筋に寒いものを覚え始める。

 だが同時に、そのガサツな脳の片隅で

 (……いや、待てよ? これはこれで、ドワーフたちの間で何か情報収集に使えるんじゃないかしら?)

 という、極めて打算的な考えがまたしても頭をもたげた。

 

「と、とりあえず、変な噂は流さないでよね!」

「俺の勝手だ!」

「ちょっと!本人が嫌がってるんだから止めなさいよっ!」

  

 カウンター越しに、大人二人がギャアギャアと大人気ない言い合いを繰り広げる。

 そんな二人を、後ろでシチューを食べていた子供たちが、完全に冷めきった呆れ顔で見守っていた。

 やがて、クリフがスプーンを置いて、ため息混じりにお咎めをくだす。

 

「ねぇ、ミサキ。とりあえずお客さんの邪魔だから、喧嘩ならあっちの路地裏でやってくれない?」

 

 十歳そこそこの子供に、まるで駄々をこねる幼児のように注意された。

 その事実の恥ずかしさに、ミサキとドワーフの男は一瞬でフリーズし、揃ってシュンと静かになった。

 

「ご、ごめん……」

「すまねぇ……」

 

 二人はトボトボとカウンターの隅へと移動する。

ミサキは気を取り直して「いいこと、二度と噂を広げないでね」と再び釘を刺したが、ドワーフの男は腕を組んで、全く聞き入れる様子がない。

 そこへ、別の大きな影が近づいてきた。

 

「よぉ、ローガー。昼間から大声あげて、一体どうしたんだ?」

 

 聞き覚えのある低い声。

 よく見れば、それは昨日、ミサキのシチューを鉱山内で販売できればと話をした、あのドワーフだった。


「おお、ユーゴか! 聞いてくれよ、この聖女様が『噂を広げるな』って理不尽に怒るんだ! ドワーフのために戦ってくれた素晴らしい話を、仲間に広めて何が悪いってんだよっ!」

「だから!! その『聖女』っていうのを今すぐやめろって言ってるのよ! 私はミサキ! ただのガサツなオバさん!!」

 

 ミサキが頭を抱えて叫ぶと、ユーゴと呼ばれたドワーフは「あちゃー」と額を押さえた。

「あぁ……ミサキさんって言うのか。すまねぇな、うちのローガーが迷惑をかけちまったみたいで。コイツは昔っから猪突猛進でよ、一度こうと思い込んだら、周りが見えなくなるまで突っ走っちまうんだ」

「……突っ走りすぎでしょ。崖があったらそのまま落ちるわよ」

「まぁ……悪気だけはねぇんだよ」

 

 ローガーと呼ばれた狂信的ドワーフは、頑なに腕を組んだまま、口をへの字に曲げて「俺は間違ったことは言っていない」と言わんばかりの不満げな表情でミサキを睨んでいる。

 

(ほんと、次から次にアクの強い奴ばかり出てくる街ね……)

 

 ミサキは呆れを通り越して、もはや妙な感心すら覚えながら、大きなため息を吐くのだった。

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