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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第七十四話 見違えた子供たち

「あぁ……眠い。頭が痛い……」

 鏡の前で、目の下にべっとりと色濃いクマを作り、毛穴の開ききった自分の顔を見つめながら、ミサキは盛大に独り言ちた。

 この歳になると、たった一晩の夜更かしがもたらすダメージは計り知れない。

 身体が鉛のように重い。

 

 昨夜は結局、ダニエルたちと朝方までラウラの愚痴大会を繰り広げてしまい、まともに横になる時間などなかったのだ。

 窓の外の空が白み始めてきた頃、クロがするりと影から飛び出してきて、ようやく「もう朝か」と気づいたくらいである。

 

「クロ、お疲れ様。ありがとうね」

 労いの言葉をかけながら、魔道具を回収しジャンへ手渡す。

 それから、まだ少し眠たげに目を細めているクロの背中に、優しくブラシをかけてやった。

 

 クロを子供達と同じ部屋で寝かせると、揉みくちゃにされて寝れないだろうとダニエルが気を利かせてくれ、今まで使っていた部屋をそのまま使うことになった。


 (ありがたいわねぇ……。これもやっぱり、あのヴェンデリンさんのおかげかしら?)


 ブラシを終え、少しでも仮眠をとろうとクロと共にベッドへ潜り込んだのだが――

 ほんのしばらくして、廊下からドタバタと五月蝿い……もとい、元気いっぱいの足音が響いてきた。

 

「……あの子たち、もう起きたのね。子供の体力って恐ろしいわ……」

 

 ミサキはきしむ重い身体をどうにか起こした。

 愛しの布団へ今すぐダイブしたいという本能を必死に押し殺し、よろよろと部屋の扉を開ける。

 

「あ!ミサキだ!おはよー!」

 廊下を走ってきたクレアが、新しい服の袖をはためかせながら満面の笑みを向けた。

「おはよ……。朝から元気ね」

「もうご飯食べたよ!ダニエルのおじちゃんが作ってくれた!」

「そう、良かったわねぇ」

 

 ダニエルだって同じように寝不足のはずだが、少しは仮眠を取れたのだろうか。

 そう疑問に思いながら一階の食堂へ降りていくと――


 そこには、ミサキのそれを遥かに凌駕するほどの特大のクマを両目に携え、魂の抜けた顔で突っ立っている、頭の働いてなさそうなオッサンがいた。

 

「おう。早いな……」

「そっちこそ。寝れた?」

「あ〜……一瞬な。一瞬……」

 

 はぁ〜〜……と、大人二人はシンクロするように深い、深い溜息を吐き出した。

 ゆうべ、十代の若者のようなノリで大人気なく盛り上がってしまった自分たちを、今猛烈に後悔している。

 

「この歳になると、夜更かしは骨身に染みるわね……」

「全くだ。二度とやるか……」

 そんな呪詛のような会話を交わしながら、ミサキは残っていた朝食を胃に流し込んだ。


そこへ、お腹をいっぱいにした子供たちが、きらきらと希望に満ちた目を輝かせて集まってきた。 

「ミサキ!今日は昨日作ったシチュー売りに行くんだろ!?」

「そうよ。売って売って、売りまくるのよ!」

「わかった!」

「やるぞぉー!」

『おーーっ!!』

 目を希望でキラキラさせた子供たちが、気合の雄たけびをあげる。

 ――が

「……宿では静かにしましょうね」

 ミサキが人指し指を立てて「他のお客さんの迷惑でしょ」と嗜めると、子供たちは一斉に両手で口を押さえ、「シーッ!」「静かにしろって!」「お前がうるさいんだよ」と、互いに人差し指を立てて小声で言い合い始めた。

 その微笑ましい光景に、疲れ切っていた大人二人の頬が自然と緩む。


 


 

 それから、一晩じっくりと寝かせて旨味の凝縮したシチューを仕上げるため、ミサキは子供たちを厨房へ集めた。

 大鍋の蓋を開けると、食欲をそそる濃厚な香りが広がる。

「シチューはね、ここからが勝負よ。焦げやすいから、火加減と混ぜ方が一番大事なの」

 ミサキは木べらをクリフに握らせ、手取り足取り教える。

「混ぜるときは、こうやって底からすくい上げるように優しくね。混ぜすぎると具が煮崩れちゃうけど、混ぜなさすぎると底が焦げ付くわよ」

「えぇ……難しいなぁ」

「最初は混ぜすぎるくらいで良いわ。焦げたら全部ダメになっちゃうから」

 焦げたシチューは香りも味も最悪だ。臭くて、苦くて食べられない。

 保温鍋へ鍋ごと入れ、木皿やスプーンを皆で準備し、出発する。

 

「ダニエルおじさん!いってきまーす」

子供たちが一斉に手を振ると、調理台に突っ伏していたダニエルが「おう、気ぃつけて行けよ」と気怠げに手を振り返してくれた。

 一昨日まで、泥だらけの顔で野盗まがいのカツアゲをしていたスラムの子供たち。

それが新品の服を着て、楽しそうにお手伝いをしている。

 その目覚ましい成長ぶりに、歩きながらミサキの胸は温かさで満たされた。

 


 いつもなら退屈な炭鉱までの緩やかな坂道も、子供たちと一緒ならあっという間だった。

 年長のロドリゴたちが手拍子を叩き、小さなマウロたちが覚えたての鼻歌を歌いながら、道中を賑やかに盛り上げてくれる。

 すれ違う街の人々からは、様々な視線が突き刺さった。

 

「あれって、確かスラムの……」

「孤児の分際で、昼間から堂々と大通りを歩くなよ」

 冷たい囁き声も耳に届く。

 だが、すぐに別の声が上がった。

「でも……なんだか今日は、あの子たち随分と身ぎれいじゃない?」

 

(ふん、勝手に言わせておけばいいわ)

 ミサキは前を向いたまま鼻で笑った。

 子供たちがこうして一生懸命に働き、自分の力で生きていく姿を見せ続ければ、街の連中の色眼鏡なんて自ずと割れるはずだ。

 


 出店場所であるいつもの広場へ到着すると、ミサキはテキパキと指示を出した。

「ロドリゴ、そっちの台を広げて。クリフは保温鍋をここに。クレアはお皿を綺麗に並べてね」

「はーい!」

 

 みんなで協力し、もう少しで準備が整うというその時だった。

 道路の向かい側から、エプロンをつけたパン屋のオバさんが、籠を抱えてこちらへ近づいてくるのが見えた。

 

 (……何のようかしら?)


 ミサキは警戒し、万が一に備えて、子供たちを自分の背中の後ろへとそっと下がらせた。


「ちょいとアンタ」

 オバさんが目の前で立ち止まり、声をかけてきた。

「何か御用ですか?」

 ミサキが少し硬い声で応じると、オバさんはバツが悪そうに視線を泳がせ、それから籠をぐいっと差し出してきた。


「昨日、うちのパンの宣伝をしてくれたんだって? ……その、ありがとよ。おかげで昨日は完売さ」

「……え? あ、はぁ……」


 まさかお礼を言われるとは思っていなかったため、ミサキは少々拍子抜けして驚いてしまった。


「今日はいつもより多めにパンを焼いたんだ。これ、焼き立てだよ。良かったらみんなで食いな!」

 蔓で編まれた大きな籠の中には、こんがりと黄金色に焼けた小麦のパンが山盛りになっていた。

 まだ熱々らしく、ふんわりとした湯気と共に、香ばしい良い香りが鼻腔をくすぐる。


「うわぁ……! ありがとうございます、すっごく美味しそう! ……そうだ、お礼と言ってはなんですけど、うちのシチュー、食べていってくださいよ! 昨日、この子たちにもたくさん手伝ってもらったんです」


 ミサキはそう言うと、手際よく木皿へ温かいシチューをなみなみとよそい、スプーンを添えてオバさんへ手渡した。


「え……。いいのかい? 売り物だろうに」

「パンのお礼です! 遠慮しないで食べてって!」

「パンは宣伝のお礼のつもりだったんだけどねぇ……」


 オバさんは苦笑しながらも、皿を受け取ってシチューを口に運んだ。

 とろりとしたスープを飲み込んだ瞬間、オバさんの目が丸くなる。


「おやまぁ……こりゃあ美味しいねぇ! 芯まで味が染み込んでるよ!」

 絶賛の声に、ミサキの背後ろからのぞき込んでいた子供たちが、パッと顔を輝かせてニコニコと笑った。


「私がね、その中に入ってるラキャロッテの皮を剥いたの!」

 クレアが胸を張れば、クリフも負けじと声を張る。

「俺はセルリの筋を取ったんだぜ! めっちゃ大変だったんだ!」

「僕はね、ええと……オニョンの茶色いお皮をごしごしって取ったよ!」


 小さなマウロまで、得意げに自分の手柄をオバさんに話して聞かせる。

 その無邪気な様子を見ていたオバさんは、ふと何かに気づいたように息を呑み、子供たちを上から下までまじまじと見回した。


「……こりゃあ驚いた。あんた達、昨日クッキー買いにきた子達かい?見違えたねぇ……」

「そうでしょ!ミサキが綺麗にしてくれたの!お洋服も買ってくれたよ」

 ふふふっとクレアが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。

「そうかい、そうかい。よかったねぇ……」


 オバさんはしみじみと頷くと、今度はミサキの方を見て、納得したようにぽんっと手を叩いた。


「なるほど、ドワーフの連中が言ってたのはアンタだったんだね」

「ど、ドワーフが言ってた……?」


 その言葉に、ミサキの脳裏に昨夜ジャンから聞いた最悪のフレーズがよみがえり、思わず眉間に深い皺が寄った。


「あぁ。鉱山から降りてきたドワーフたちがね、この広場で露店をやってるやつに、聖女様がいるって言ってたんだよ」

 

 (やっぱりその話かっ!誰だ!!そんな恥ずかしいことを言い回ってるやつはっ!)


 心で毒づき、天を仰いでため息を吐く。

しかし、そんなミサキの絶望に気づくはずもない子供たちは、「やっぱり!」と言わんばかりに口々に騒ぎ出した。


「やっぱりミサキは聖女様なのねっ!」

「俺は最初からそうだと思ってたぜ!」

「違う違うっ!私はただのオバさんよ!!聖女なんかじゃないわよっ!」


 全力で首を振って否定するミサキを見て、パン屋のオバさんは楽しそうに笑った。


「スラムの孤児にここまで尽くしてやってんなら、そう思われても仕方ないんじゃないかい?」


 オバさんは綺麗に空になった木皿を戻すと、「ごちそうさま。頑張りなよ」と言って、上機嫌で向かいの店へと戻っていった。

 

 残されたミサキは、怒りに燃える拳をぐっと握りしめた。


(今日こそ、私を聖女だの何だのと触れ回っている、そのドワーフのデマ元をとっ捕まえてやるわ……!)


 寝不足のクマをさらに濃くしながら、ミサキは心の中で新たなる復讐を誓うのだった。

 

 

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