第七十三話 真夜中の報告
(よかった。信じてもらえた……)
ミサキは胸の内で、そっと安堵の息を吐き出した。
ヴェンデリンという男を信用していなかったわけではない。
けれど、スラムの子供に対するラウラや街の人々の冷酷な態度を見ていると、自分の言葉がまともに聞き入れられるか、どうしても不安だったのだ。
『ミサキさん、クロさんは鉱山へ行かれていますか?』
「はい。夕暮れどきに送り出しました。」
『分かりました。……では、まずはラウラの任を解きます。今後はミサキさんの連絡および雑務の担当をダニエルへ。クロさんから送られてくる報告映像の精査は、すべてジャンに任せます。良いですね?』
「「はっ、はい!」」
通信の向こうからの言葉に、ダニエルとジャンが直立不動の姿勢で、これでもかと背筋を伸ばして敬礼した。
(何もそこまで怯えなくても……。そんなに怖いの、あの人?)
『ミサキさん。まずは報告ありがとうございます。かなりのお手柄です。この情報の真偽については裏を取らなければなりませんが、恐らくクロさんが証拠を押さえてくれると期待しています。ミサキさんは、これからも情報収集をお願い致します』
「はい」
『因みに、スラムの子供達から情報を得た伺いましたが、一体どのようにして彼らに接触したのですか?』
「え?どのように……とは?」
『スラムの子供は警戒心が強く、大人に対して心を開きません。情報を聞き出すにはかなり難易度が高いはずです』
ヴェンデリンの純粋な疑問に、ミサキはハッと息を詰まらせた。
「あぁ……その。何ていうか……」
(どう説明しよう。え?ってか、あのお尻ペンペンとかも言わなきゃいけなくなるじゃない!いやいや、なしなし。それは無理。)
自分の突飛な行動を思い出し、赤くなる頬を押さえて天井を見つめた。
その一瞬の沈黙を、ジャンがここぞとばかりに破る。
「副ギルドマスター! 自分から報告いたします!」
「ちょっと、ジャンさん!?」
「ミサキさんは、露店の買い出し中に孤児たちに襲撃されましたが、これを力づくで組み伏せ、お尻をこれでもかと叩き据えて教育。その後、飯を食わせて手懐け、今日に至っては露店の手伝いをさせ、服を買い与え、最終的には露店そのものを子供たちに任せるべく、現在進行形で英才教育を行っております」
(これでもかと叩いたとか、虐待を疑われるような言い方はやめてよね!ちゃんと加減はしたわよ!)
内心焦りながらも、端から見たらそうだったのかと反省する。
……反省してばかりだなと、さらに反省した。
『……なんと言いますか、ミサキさん。私の想像の斜め上を行っていますね』
「あ、あはははは……」
ポーカーフェイスが常のヴェンデリンが、若干、眉を上げて驚いている様子に、最早笑って誤魔化す他ない。
ダニエルに至っては、「お前、そんなことしてたのか。目立ってどうする」と呆れていた。
それにしても、そんな情報どこで仕入れてきたんだと、ジャンを恨めしく睨むも、ジャンは気にした素振りもなく、飄々と報告を続ける。
「ミサキさん本人は、正直に言って目立ちすぎており、隠密での情報収集には向きません。ですが、孤児たちを駒ではなく『協力者』として扱い、スラムの網の目を味方につける手法は極めて有用です。現に、ドワーフたちの間でも、ミサキさんに関する好意的な噂が流れ始めているようです。まだ何かしらの情報が掴めるかもしれません」
「……噂?」
ミサキは怪訝そうに呟いた。これまで噂といえば、惨殺者だなんだと、悪いものばかりだった。
気分も少し重くなる。
『ジャン、その噂とは何だ』
「人族の女が露店を開いていて、そこの女はドワーフだからと差別しないどころか、孤児達にまで施しをする“聖女様みたいな人だ。”と」
―――ぶふぅっ!
一瞬の静寂の後、ダニエルが盛大に吹き出した。
必死に口を塞いで我慢しようとしているが、努力の甲斐なく、指の隙間から笑い声が漏れまくっている。
「ちょっとダニエル。笑いすぎよ」
「す、すまん……。ぐふっ。だってミサキが……っ!聖女様って……ぶふぅ!」
「まだ一部ですが、そのような噂が出始めたようです。使えますか?」
『……場合によっては使えるかもしれませんね。』
ヒィヒィと涙目で笑いと格闘しているダニエルの横で、着々と作戦会議が進んでいく。
(ダニエル、そろそろ怒られるわよ……)
ミサキがそう思った瞬間、ヴェンデリンの冷徹に整えられた、あの『腹に響く声音』が部屋を鋭く震わせた。
『……ダニエル』
「は、はい!」
『貴方は何をしているのです?笑ってないで仕事をなさい。まず、貴方の情報収集の仕事は一時保留し、ミサキさんのサポートに全力で当たってください』
「し、承知しました!」
ヴェンデリンは怒鳴っているわけでも責め立てているわけでもないが、自然と背筋が伸びてしまう。
ダニエルも一瞬で笑いが引っ込んだようだ。変な汗までかいている。大丈夫か?
『ミサキさん、子供達はいまどちらに?路地裏で寝泊まりを?』
「宿に連れてきて泊まらせています。身ぎれいにしましたから、清潔ですよ」
『結構です。そのままで構いません。それで、彼らを使って今後どのように計画されているのですか?』
「とりあえず、子供たちにシチューの作り方を完璧に叩き込んで、自分たちだけで露店を経営できるように教育します。店に立っていれば勝手に情報は集まるでしょうし、手が空いたときには、彼ら自身が自発的に情報収集をしてくれると言っています。本人たちもかなりやる気です」
(何の情報収集かは言わないでおこう)
『なるほど……。孤児院のように一方的に施すわけではないのですね』
「孤児院だと、入れなかった子たちから妬まれるかもしれません。そうなるとスラムの中で情報収集ができなくなります。」
「……それ、露店を開く技術を教われない他の子供たちからも、同じように恨まれるんじゃねぇか?」
ダニエルが疑問を投げかける。
「露店を開きたい子がいれば、露店の開き方を教えればいいじゃない。基本の調理技術を教えてやって、あとは自分達で頑張ってって促すのよ」
孤児も減るし、仲間も増えるし、生きた情報も入る。一石三鳥でしょ?
と、なんでもない風に言ってのけたミサキに、思わず三人とも固まった。
『ふふ……。流石ですね。ギルドマスターが見込んだ人は』
「お、おい。副マスが笑ったぞ……」
「……明日は嵐だな」
ダニエルとジャンが小声でぶるぶると震えている。
そんなに珍しいことだろうかと、ミサキは不思議に思った。
私の前では、割といつも物腰柔らかに微笑んでいるような気がするのだが……記憶違いだろうか。
『では、ミサキさんはそのまま、あなたの思う通りに動いてみてください。必要なことがあれば、すべてダニエルに相談を』
「はい。突然夜分遅くにすみませんでした。ご対応いただき、ありがとうございます」
『いえいえ。ミサキさんからの連絡なら、いつでも大歓迎ですよ。では、失礼します』
通信が切れると、イケオジなヴェンデリンの3D映像がすぅっと煙のように消えていった。
と同時に、ダニエルとジャンが「はぁぁぁぁぁぁ……」と地響きのような盛大なため息をつき、崩れ落ちるように椅子へ倒れ込んだ。
「つ、疲れた……寿命が縮んだぞ……」
「怖すぎる……」
大の大人が二人して半泣き状態でメソメソしている。正直、ミサキには彼らが何をそんなに恐れているのか、さっぱり理解できなかった。
私にとっては、ただの英国紳士風の渋いイケオジだ。
「なんで副マスは、ミサキにだけあんなに優しいんだよ……。差別だろ」
「知らないわよ。単に女性に対して紳士的なんじゃないの?」
「それだけは絶対にねぇな! ラウラの奴なんて、前回の会議でそれこそ立ち直れないくらい大目玉食らってたんだからな」
「へぇ。大目玉を食らって、なおあの態度だったわけ? どんだけ面の皮が厚いのよ、あの女」
そこからは、堰を切ったように三人でラウラに対する愚痴大会が始まってしまった。
男二人の日頃の鬱憤がすさまじく、ミサキも乗っかって「ほんとそれ!」と盛り上がっているうちに、気がつけば窓の向こうの空が、うっすらと白み始めていた。




