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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第七十話 子供たちの覚悟

「いい、みんな。美味しい料理を作るにはね、まず良いお店と、良い野菜を見分ける目がいるのよ」

 

 ミサキはそう言って、いつもの馴染みの八百屋へと子供たちを引率した。

 店先に並ぶトマトの赤や、瑞々しい葉野菜を指差しながら、その根元やハリを確かめさせる。

 

「ここのお店の野菜はとっても質が良いから。これから買い出しをするときは、できるだけここへ来ると良いわよ」

「いらっしゃい!おや……」

 

 威勢のいい声で迎えてくれた店のオバさんが、ミサキの後ろに固まる子供たちを見て目を丸くした。

 

「あんた、その子たちは昨日、広場で思いっきり叱りつけてた子たちじゃないのかい?」

 オバさんの言葉に、クリフが気まずそうに肩をすくめ、ボロ着の裾をいじりながら俯いた。

「そうなのよ。でもね、本当はいい子たちで。今日は私のお店の手伝いをしてくれたの」

「へぇ。あんたも酔狂だねぇ。自分の糊口を凌ぐのだって大変なご時世だってのに……。まるでどこぞの聖女様だ」

「やめてよ〜! 私みたいなガサツなおばさんが聖女だなんて、それこそ世も末よ!大幻滅じゃない!」

 

 ミサキがガハハと笑い飛ばすと、オバさんもつられて肉づきの良いお腹を揺らした。

 だが、背後の子供たちは「聖女」という言葉に弾かれたようにハッとして、真剣な目をミサキの背中に向けていた。

 

 その後もずっしりと重い根菜や調味料を次々と買い込み、両手に野菜を抱えた子供たちを引き連れて宿へと向かう。

 そういえば、宿の主人には何も言わずに子供たちを連れてきてしまった。

 

(……まぁ、表向きは普通の宿だし。大丈夫よね?)

 

 一歩、二歩、宿が近づくにつれて足が鈍る。

 

( ……たぶん。


 …………めいびー。

 

 うーん……。ダメな気がしてきた。

 まぁ、連れてきちゃったし、どうにかなるでしょ!)


ミサキは頭を振って雑念を払うと、開き直って宿の重い木扉を勢いよく押し開けた。

 

「ほら、みんな、こっちの勝手口から運んで――」

「ちょっ!ちょっと!! ミサキさん! 何してんだ!?」

 

 案の定、奥から飛び出してきたダニエルが、血相を変えてミサキの前に立ちはだかった。

 

「食材を運んでるのよ。みんなで」

「みんなって……困るよ! なんでこんなにスラムの子供を連れ込むんだ!?」

「仕方ないじゃない、お店を手伝ってもらってるんだから。大丈夫、みんないい子よ」

「いや、そういう問題じゃねぇよ……!」

 

 ダニエルは周囲を警戒するようにキョロキョロと見回すと、ミサキの肩を掴んでぐっと顔を近づけ、声を潜めた。

 

「情報が漏れたらどうするんだ! 俺らの立場を分かってんのか!?」

「少しの間だけよ。この子たちだって口は堅いし、他の大人だって子供相手にベラベラ漏らすようなバカじゃないでしょ」

「……はぁ。もう、何かあっても俺は知らないからな!」

 

 ダニエルは盛大なため息を吐き出すと、両手で頭を抱えながら、足早に奥の部屋へと引っ込んでしまった。

 

(おぉ……なんとかなった! よしよし。このままうやむやにして泊めさせちゃおう!)

 

 これ幸いとばかりにゴリ押しで通そうとする、ミサキの悪い癖が頭をもたげる。

 宿代なんて、これからの店の売り上げでどうにでも帳尻が合わせられるはずだ。

 

「さあ、ダニエルの気が変わらないうちに、急いで運んじゃいましょう!」


 楽天的な算段を胸に、ミサキは子供たちを急かしてキッチンへと滑り込み、露店で使った大量の木皿を皆で大急ぎで洗っているときだった。

 パタパタという軽い足音と共に、寝起きだろうか気怠げな黒い影が食堂へやってきた。

 それにいち早く気づいたマウロが、息を呑んだ次の瞬間、喉を引き裂くような悲鳴をあげた。

 

「ぎゃぁぁああーーーっっ!!!」

「ま、マウロ?! どうしたの?」

 

 ミサキが慌てて振り返ると、マウロは泡を食ってミサキの腰にしがみつき、激しくガタガタと震えていた。

 

「あれ! あれぇ!! でっかいの!! 黒いねこぉぉおお!!」

 

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたマウロが、短い指で入り口を指差す。

 その怯えきった小さな姿が、ミサキの脳裏にある記憶を呼び起こした。

 幼かった我が子、(あまね)(わたる)だ。

 

(そういえば、ふれあい動物園に連れてったときに、ヤギに囲まれて大泣きしたっけ……)

 

 胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚に襲われたが、感傷に浸る時間はなかった。

マウロの叫び声が呼び水となり、他の子供たちも「ひっ」「化け物……!」と顔を青ざめさせ、キッチンは一瞬でパニックに陥る。

 

「みんな落ち着いて!あの子はクロよ!私の家族なの」

「……か、家族?」

「あれ……魔獣じゃないの?」

「魔獣よ。魔獣だけど、私の家族よ。大丈夫。優しいから絶対噛んだりしないわ」

「ほんと……?」

 マウロがミサキの服を握りしめたまま、潤んだ瞳で見上げてくる。

「ほんとよ! ほら、触ってごらん」

 

 ミサキは笑顔で促したが、やはり怖がって誰も動こうとしない。

張り詰めた空気の中、クロは自分が怖がられているのを察したのか、耳をペタンと寝かせ、どこかしょんぼりしている様子だ。

 その姿がどこか切ない。

 

 仕方ないとため息をつき、私はクロと目線を合わせ、魔道具を首から下げてやり、口周りのマッサージをする。

 ここを撫でてやるとトロけた良い顔をするのだ。

 ゴロゴロゴロと喉を鳴らし、細められた金色の瞳は、すっかり蕩けきっている。

 その豹変ぶりに、子供たちの間に漂う緊張がわずかに緩むと、おずおずとクレアが前に出てきた。

 なかなか度胸のある子だ。

 

「おい、クレア!やめとけって!」

「ミサキが大丈夫って言うなら、大丈夫!」


 おばちゃんから名前呼びに変わっていることに少し嬉しくなり、口角が上がるが、そんなミサキの様子など気にする余裕のないクレアは、ごくりと唾を飲み込み、震える手をゆっくりと伸ばしていく。

 恐る恐るではあるものの、クロの頭を一撫でした。

 

「わぁ……スベスベだ」

「でしょ?毛並みにそって撫でてあげると喜ぶわよ」

「かわいい……」


 クレアの顔にパッと大輪の笑顔が咲く。

 そのまま我慢できなくなったようにクロの首元に抱きつくと、ベルベットのような極上の毛並みに頬をすり寄せた。

 その幸せそうな様子を見て、他の子供たちも「な、なぁ、俺も……」「あたしも」と、吸い寄せられるように歩み寄る。

 最初はクロが耳をピクリと動かすたびに「びくっ」と肩を跳ね上げていた子供たちだったが、やがてその極上の肌触りの虜になり、競い合うように小さな手を動かし始めた。

  

「さぁ!みんな!クロは今からご飯なの。だから皆はお皿洗いをやりきっちゃいましょ!その後ミサキスペシャルを教えるわ」

「……だからミサキスペシャルって何だよ」

 困惑しながらもクロを撫でる手は止めず、クリフが聞いてきた。 

「クリフも食べたでしょ?煤角牛(すすつのうし)のシチューよ」

「シチューのことならシチューって言えよ!」

「私の秘伝のレシピなのよ。それを教えるわ」

「教えてもらえるのはありがたいけど、それでどうしろっていうんだ」

  クリフの手が止まり、怪訝そうな視線がミサキに突き刺さる。

「売るのよ。それで自分たちの日銭を稼ぎなさい。お金が貯まったら家を借りて、みんなで生活するのよ。冒険者って手もあるけど、子供には危険すぎるわ」

『……』


 子どもたちは一様にポカーンと口を開けて私を見ている。


 (変なこと言ったかしら?)


 反応が悪いわねと首を傾げて不思議がっていると、呆れたような声が割り込んだ。


「ミサキさん、そりゃ無理だ。子供が店は出せないよ」

「なんで?」

「露店の営業許可は商業ギルドに申請するだろ?商業ギルドの登録は15歳以上の成人じゃなきゃダメなんだ」

「そうなの?じゃあ、ロドリゴ!あなたが責任者よ」

「え?ぼ、僕が?!」

 ロドリゴは飛び上がるほど驚き、自分の胸を指差して目を白黒させた。

「15歳はロドリゴしかいないじゃない」

「そ、そうだけど……。でも僕なんかにできるか……」

 ロドリゴは自信なさげに視線を彷徨わせ、自分の細い腕をきゅっと掴んだ。

「出来るかどうかじゃなくて、やるか、やらないかよ。」

「……やるか、やらないか」

「やらなかったら、今のままの暮らしを続けるだけよ。盗んで、嫌われて、虐げられて。野垂れ死ぬだけ」

「お、おい。子供相手に何もそこまで……」

  見かねたダニエルが止めに入ろうと手を伸ばすが、黙っててとミサキから制される。


「体力のない小さい子から死んでいったんでしょ?次は誰?」

 ミサキの言葉が、重く、鋭く子供たちの胸に突き刺さる。

 沈黙を破ったのは、クリフだった。

「……俺はやる!やりたい!!ロドリゴ!一緒にやろう!マウロを死なせたくなんかない!」 

 クリフは拳を強く握りしめ、溢れそうになる涙を堪えるようにロドリゴを睨みつけた。

「……」

「お願いだ!ロドリゴ!!俺も手伝う!」

「あたしもやる!がんばるよ!」


 クレアもロドリゴの服の袖を掴んで訴えかける。それを皮切りに、子供たちから次々と熱い声が上がった。

 

 みんなの視線を一身に浴びたロドリゴは、じっと自分の手のひらを見つめていたが、やがてその拳をぐっと握りしめた。

怯えの色は消え、その瞳の奥に小さな、だが確かな覚悟の火が灯る。

 

「……わかった。僕、やってみるよ。みんな、手伝ってくれ!」

 やったー!と皆ではしゃぐ姿に顔が綻んだが、隣でダニエルが耳打ちしてきた。

 

「仕事せずに何してんだ。慈善事業じゃないんだぞ」

「……大丈夫よ。そっちもちゃんとやるから」

 ミサキは不敵に笑うと、「見てなさい」とダニエルの額を人差し指でぐいっと押しやり、距離を取った。

 

 私だって脳筋ってわけじゃないんだから。

 ちゃんと考えてるわよ。


 ……ぷ 

 脳裏に、いかにも小馬鹿にした様子で失笑する旦那の顔が浮かび、ミサキは心の中で小さく舌を出した。

 

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