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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第六十四話 母のお節介

朝一番、私はクロの魔道具を届けにギルドへ向かった。

宿の主人のダニエルさんが「ついでに届けてやろうか」と言ってくれたけれど、私は丁重にお断りした。

彼を疑っているわけではない。

けれど、間者がいるかもしれないと聞かされている以上、自分の目で、自分の手で完遂しなければならない。


(……一番信用できないのが、あのラウラさんだなんて口が裂けても言えないけど!)


悪い人ではないのだろうけれど、無意識に人を逆なでするあの天才的な言動。


「あぁ……行きたくない」


まるで月曜日の朝、満員電車に揺られる会社員のような気分で、重い足を動かしギルドへと一人歩く。

クロはお留守番だ。

あの子は目立ちすぎる。


「どうせ影から全部聞いてるでしょ」


昨日、私が影に向かって「戻ってきて!」と叫んだのを完全に無視した前科がある。

あの子は、都合の悪い時だけ「言葉が通じない魔獣」のフリをするのだ。絶対に。


 

ギルドへ行き、いつもの個室で待っているとラウラが来たので、クロの魔道具を渡し、新しいものを貰った。

 昨日の潜入のときに付けていたものは、いまから内容の確認をするため、新しい魔道具と交換するのだという。

「ミサキさん、鉱山への潜入は、出来れば日が落ちてからでお願いします。」

「人目につくからですか?」

「そうです。鉱山の深部だと昼も夜も関係ありませんが、念のため」

「クロに伝えておきますね。では、また明日」

 と挨拶を交わし、そそくさとギルドを後にする。



「さあってとっ! 今日は忙しくなるわよっ!」


気の重い用事が済み、肺いっぱいに冷えた空気を吸い込むと、心も少しばかりスッキリした。

 そのまま足早に宿へ戻り、クロの首に魔道具を下げ、ラウラからの伝言を伝える。

聞いているのかいないのか、大きな欠伸をして、尻尾を一振し二度寝を決め込む。

 ちゃんと伝えたわよ!と言い残し、 昨日寝かせておいたシチューを確認しに厨房へ行く。

 

 寝かせておいたシチューは旨味が増し、更に美味しそうだ。

シチューを温め直し、ダニエルさんに借りた保温鍋へ鍋ごと入れる。


(愛用していたシャトル◯ェフみたい。同じくらい保温できれば良いけど)


ダニエルさんに台車を借り、鉱山入り口へ急ぐ。

しかし、ガタガタの石畳に台車を取られ、うまく進めない。

スープを零さないよう細心の注意を払いながら、ようやく鉱山の入り口へ辿り着いた。


「お! 昨日たくさん買ってくれた、ねぇちゃんじゃないか! 店出すのか?」

「はい。今日から宜しくお願いします」


顔見知りの串焼き屋さんに挨拶し、シチューの蓋を開ける。

立ち上る香りは最高だが、やはり「黒い汁」への反応は芳しくない。


煤角牛すすつのうしのシチュー! 見た目は黒いけど、おいしいよ!」


呼び込みの声も、昼休みの炭鉱夫たちの喧騒にかき消されていく。

皆、見慣れたパンや肉串には並ぶが、私の「正体不明の煮込み」には手を出さない。


(……まあ、なるようになるか)


腕組みをして悩んでいた時、路地の影からこちらを覗き込む小さな視線に気づいた。

ボサボサの髪。

サイズの合わないボロボロの服。

体つきはやせ細り、お世辞にも清潔とは言えない姿。


「お腹、減ってるのかしら……」


放っておけなかった。それは善行というより、もはや反射に近い「お節介」だ。


「ねぇ、ちょっとおいで」


手招きすると、その子は恐る恐る近づいてきた。

私は子供と同じ目線になるように屈み込む。


「君、名前は?」

「……マウロ」

「マウロね。何歳? お母さんは?」

「五歳。お母さんはいない。お兄ちゃんたちと、あっちに住んでる」


マウロが指差した路地裏は、光の届かない薄暗い場所だった。

五歳。

本来なら親に甘え、泥だらけになって遊んでいるはずの年齢だ。

そんな子が、こんな過酷な街で必死に生きている。


(……周も、渉も。どこかでこんな思いをしていないかしら)


胸の奥が、ぎゅっと雑巾を絞るように痛んだ。

あの子たちが今、どこで、何を食べて、誰といるのか。

もしかしたら、この子のように寒さに震えながら、誰かの差し伸べる手を待っているのではないか。

そう思うと、目の前のマウロが他人とは思えなかった。


「おばちゃんね、シチュー作ってきたんだけど、お客さんが来なくて困ってるの。残っても勿体ないし……良かったら、食べてくれない?」

「……ぼく、お金ない」

「お金なんていらないわよ。おばちゃんが『食べてほしい』の。いい?」


シチューをよそって目の前に出すと、マウロの瞳がパッと輝いた。


「これ、本当に食べていいの?」

「ええ、召し上がれ。美味しいんだから!」


パァッと花が咲いたような笑顔。私は、子供たちの目は絶望で淀むのではなく、こうして光を湛えていてほしいと切に願う。

マウロが「美味しい! 美味しい!」と夢中で頬張る姿は、周囲の大人の目を引くのに十分だった。


「おい、あの子が食ってるの、なんだ?」

「煤角牛だってよ。いい匂いじゃねぇか」

「俺にも一皿くれ!」「こっちもだ!」


一人、また一人と炭鉱夫たちが集まり始め、気付けば私の店は戦場と化した。


「はいはい、順番に! 火傷しないでよ!」


注文を捌くのに精一杯で、情報収集どころではない。けれど、空っぽになっていく鍋と、満足そうに腹を擦る男たちの姿に、どこか救われたような気がしていた。

初めての調査は、情報の収穫こそゼロだったけれど。

私の料理で、誰かの腹が満たされた。

それだけで、少しだけこの世界に居場所ができたような、そんな気がした午後のひとときだった。

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