第六十三話 真っ黒なシチューは魔女の呪物?
「さぁ!ミサキスペシャル作るわよ!」
気合を入れ、服の袖をたくし上げる。
牛肉だが、魔獣の煤角牛をこの辺で飼っているらしく、安く手に入れることができた。
山歩きで鍛えられた肉質は固めだが、煮込み料理にはもってこいの安くて力強い食材だ。
野菜は煮込み料理に使うポピュラーなものを店で聞いてみた結果、見た目もそっくりなオニョン(玉ねぎ)、ラキャロッテ(人参)、セルリ(セロリ)、アイユ(にんにく)を揃えた。
まずは下準備。
肉を大ぶりに切り、塩胡椒で下味をつける。
「強火で一気に……よし」
フライパンで表面にしっかり焼き色をつけ、旨味を閉じ込める。
肉を取り出した後のフライパンには赤ワインを注ぎ、底にこびりついた「宝物(肉汁)」をこそげ落としておく。
これがソースの深みになるのだ。
続いて鍋に油を熱し、にんにくと玉ねぎを炒める。
「働く男たちの昼飯だもの。パンチがないとね」
にんにく好きだった旦那を思い出し、少し多めに投入。飴色に色づく野菜の香りが、厨房に満ちていく。
人参、セロリ、さらに角切りの生トマトを多めに加えて炒め合わせ、先ほどの旨味たっぷりな赤ワインを注ぎ込む。
ウスターソースの材料はビーフシチューの野菜とほぼ同じなので、切れっ端や皮を出来るだけすり下ろして一緒に煮込んでしまう。
本来ならここでデミグラスソースの出番だが、そんな高級品はこの世界にはない。
「代わりに……鶏っぽい魔獣肉と、ポムの実ね。あとはケチャップの酸味の代わりにお酢をちょろっと⋯」
甘みとコクを補うために知恵を絞る。
ハーブを束ねた「なんちゃってブーケガルニ」を放り込み、野菜の皮や端材を炒めた出汁を加えて、コトコトと二時間。
「……よし。あとはこすだけ」
ここが正念場だ。
肉と香草を取り出し、野菜をレードルで潰しながらスープをこしていく。
「香草は絶対に取り除く。忘れるとエグみと強い香りで地獄を見るものね……」
かつての失敗……香りが強すぎてえづきながら食べた自分を思い出し、苦笑いしながら慎重に作業を進める。
最後に味を調えるが、何かが足りない。
「……なんか物足りないのよね」
美味しくないわけではないが、スパイシーな感じが少し足りない。
仕方がないので、塩と胡椒を足して調整する。
もう一度味見をしてみるが、さっきより纏まった味になったとはいえ、いつものミサキスペシャルよりは劣ってしまう。
でも……
「懐かしい味ね」
少し。ほんの少しだけ、日本の、あの家族が揃ったリビングに戻ったような感覚に、懐かしさと、胸が締め付けられるような感覚に目頭が熱くなった。
「……駄目ね。歳取ると涙腺緩くって」
乱暴に顔を袖で拭い、頑張れミサキ!と拳を握って喝を入れていたところに後ろから声がかかった。
「あんた、ずいぶん手際が良いな」
「うへぁ!?」
「……あぁ、すまん。急に声かけて。そいつは何て料理だ?見たことない真っ黒な汁だが」
「これ?これは煤角牛のシチューよ」
「シチュー?真っ黒で魔女の呪術に使いそうな見た目だが、食えるのか?」
「じゅ、呪術……?」
そういえば、こちらでスープは食べたが、シチュー類は見たことがなかった。
「……これ、食べてもらえるのかしら?」
見た目で忌避感が出れば、誰も寄ってこないだろう。
どうしたものかと考えていると、宿の主人が食べてみたいと言ってきた。
「こんな見た目ですけど、大丈夫ですか?」
「中の材料は見てたし、変なもんが入ってないのは知ってる。匂いも良いし、気になってな」
それなら味見がてら意見をいただこうと一皿差し出した。
宿の主人は一口食べたあと、目を見開き固まってしまった。
「え……大丈夫ですか?もしかして、不味い?」
こちらでは香りが強すぎたか?!
あの失敗作のような悪魔の再来か!?
などと一人で考えていたら、宿の主人は凄い勢いで食べだし、あっという間に完食してしまっていた。
「これは美味い!これ、どうやって作るんだ?」
「いや、これは明日から鉱山入り口で売ろうと思ってて……」
「………そうか。宿で提供すれば、俺も毎日食えると思ったんだが」
(あんたが毎日食べたいだけじゃない…)
と、心の中のツッコミは置いておいて、一先ず美味しかったらしいということに安堵する。
クロが帰ってきたら食べてもらって意見を聞こうかしらと考え、ふと窓の外を見ると既に日は暮れており、真っ暗な世界にランタンの灯がちらほらと点いているのが見えた。
「クロ、大丈夫かしら……」
もうそれなりの時間が経っていたため、不安が心のなかで渦を巻きだした。
(危なくなったら戻るって約束だし、大丈夫よね?)
そう思った瞬間、足元の影が波打つのが視界に入った。
「クロ?」
問うた瞬間、クロが足元から飛び出してきた。
「うぉ!?びっくりさせんなよ。クロか」
宿の主人はギルド職員のため、クロのことも影渡のことも知っている。
なんでもこの人も市中に溶け込んで情報収集しているのだとか。
そして、クロは何故かここでも既に打ち解けていて、ご飯を貰ったりしていたらしい。
まだ来たばかりだというのに、まるでアイドルだ。
「クロ、これ食べてみてくれる?久しぶりに作ったの」
シチューを皿によそってクロの目の前に置いてやると、クンクンと匂いを嗅いでから一口食べる。
「どう?美味しい?」
というか、猫に香辛料たっぷりの、しかも玉ねぎ入りの食べ物って良いのかしら?
と、今更ながら疑問に思っていると、皿に齧り付く勢いで食べ始め、すぐ完食してしまった。
「美味しかった?」
舌で口の周りを綺麗にしながら、前足で皿をカランカランと音を立て「もっと寄越せ」と言わんばかりに催促してくる。
「はいはい……おかわりね」
もう一度よそってやるが、勢い変わらずすぐ食べ尽くしてしまった。
また寄越せと皿をカランカラン鳴らしているが、大量に作ったとはいえ、クロの腹を満たしてやるだけの量はない。
「明日から売る分がなくなっちゃうからダメよ。おかわりは一回だけね」
……ちっ。
「ちょっとクロ!あんた今舌打ちしなかった!?」
不満げなクロは、ふん!と鼻を鳴らし、皿を咥えて、宿の主人の元へ行く。
なんと肉の盛り合わせをせしめて、満足げに頬張っているではないか。
「贅沢な物食べさせてもらってるじゃない……」
(全く。どこに行っても愛されちゃうのね)
呆れつつも、その光景に心がほっこりと温まる。
明日への活力を蓄えるように、ヴァルグリムの夜は更けていった。




