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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第六十三話 真っ黒なシチューは魔女の呪物?

「さぁ!ミサキスペシャル作るわよ!」

 気合を入れ、服の袖をたくし上げる。

 

牛肉だが、魔獣の煤角牛(すすつのうし)をこの辺で飼っているらしく、安く手に入れることができた。

 山歩きで鍛えられた肉質は固めだが、煮込み料理にはもってこいの安くて力強い食材だ。

 野菜は煮込み料理に使うポピュラーなものを店で聞いてみた結果、見た目もそっくりなオニョン(玉ねぎ)、ラキャロッテ(人参)、セルリ(セロリ)、アイユ(にんにく)を揃えた。

 

 まずは下準備。

 肉を大ぶりに切り、塩胡椒で下味をつける。

「強火で一気に……よし」

フライパンで表面にしっかり焼き色をつけ、旨味を閉じ込める。

 肉を取り出した後のフライパンには赤ワインを注ぎ、底にこびりついた「宝物(肉汁)」をこそげ落としておく。

 これがソースの深みになるのだ。

続いて鍋に油を熱し、にんにくと玉ねぎを炒める。

「働く男たちの昼飯だもの。パンチがないとね」

にんにく好きだった旦那を思い出し、少し多めに投入。飴色に色づく野菜の香りが、厨房に満ちていく。

 人参、セロリ、さらに角切りの生トマトを多めに加えて炒め合わせ、先ほどの旨味たっぷりな赤ワインを注ぎ込む。

 ウスターソースの材料はビーフシチューの野菜とほぼ同じなので、切れっ端や皮を出来るだけすり下ろして一緒に煮込んでしまう。

 本来ならここでデミグラスソースの出番だが、そんな高級品はこの世界にはない。

 

「代わりに……鶏っぽい魔獣肉と、ポムのりんごね。あとはケチャップの酸味の代わりにお酢をちょろっと⋯」

 

 甘みとコクを補うために知恵を絞る。

 ハーブを束ねた「なんちゃってブーケガルニ」を放り込み、野菜の皮や端材を炒めた出汁を加えて、コトコトと二時間。

 

「……よし。あとはこすだけ」

 

 ここが正念場だ。

肉と香草を取り出し、野菜をレードルで潰しながらスープをこしていく。

 

「香草は絶対に取り除く。忘れるとエグみと強い香りで地獄を見るものね……」

 

かつての失敗……香りが強すぎてえづきながら食べた自分を思い出し、苦笑いしながら慎重に作業を進める。

最後に味を調えるが、何かが足りない。

 

「……なんか物足りないのよね」

 

 美味しくないわけではないが、スパイシーな感じが少し足りない。

 仕方がないので、塩と胡椒を足して調整する。

もう一度味見をしてみるが、さっきより纏まった味になったとはいえ、いつものミサキスペシャルよりは劣ってしまう。

 

 でも……

「懐かしい味ね」

 少し。ほんの少しだけ、日本の、あの家族が揃ったリビングに戻ったような感覚に、懐かしさと、胸が締め付けられるような感覚に目頭が熱くなった。

 

「……駄目ね。歳取ると涙腺緩くって」

 

 乱暴に顔を袖で拭い、頑張れミサキ!と拳を握って喝を入れていたところに後ろから声がかかった。


 

「あんた、ずいぶん手際が良いな」

「うへぁ!?」

「……あぁ、すまん。急に声かけて。そいつは何て料理だ?見たことない真っ黒な汁だが」

「これ?これは煤角牛(すすつのうし)のシチューよ」

「シチュー?真っ黒で魔女の呪術に使いそうな見た目だが、食えるのか?」

「じゅ、呪術……?」

 そういえば、こちらでスープは食べたが、シチュー類は見たことがなかった。 

「……これ、食べてもらえるのかしら?」


 見た目で忌避感が出れば、誰も寄ってこないだろう。

 どうしたものかと考えていると、宿の主人が食べてみたいと言ってきた。


「こんな見た目ですけど、大丈夫ですか?」

「中の材料は見てたし、変なもんが入ってないのは知ってる。匂いも良いし、気になってな」


 それなら味見がてら意見をいただこうと一皿差し出した。

 宿の主人は一口食べたあと、目を見開き固まってしまった。


「え……大丈夫ですか?もしかして、不味い?」


 こちらでは香りが強すぎたか?!

 あの失敗作のような悪魔の再来か!?


 などと一人で考えていたら、宿の主人は凄い勢いで食べだし、あっという間に完食してしまっていた。


「これは美味い!これ、どうやって作るんだ?」

「いや、これは明日から鉱山入り口で売ろうと思ってて……」

「………そうか。宿で提供すれば、俺も毎日食えると思ったんだが」

 

 (あんたが毎日食べたいだけじゃない…)


 と、心の中のツッコミは置いておいて、一先ず美味しかったらしいということに安堵する。

 クロが帰ってきたら食べてもらって意見を聞こうかしらと考え、ふと窓の外を見ると既に日は暮れており、真っ暗な世界にランタンの灯がちらほらと点いているのが見えた。


「クロ、大丈夫かしら……」


 もうそれなりの時間が経っていたため、不安が心のなかで渦を巻きだした。


(危なくなったら戻るって約束だし、大丈夫よね?)


 そう思った瞬間、足元の影が波打つのが視界に入った。


「クロ?」

 問うた瞬間、クロが足元から飛び出してきた。

「うぉ!?びっくりさせんなよ。クロか」


宿の主人はギルド職員のため、クロのことも影渡のことも知っている。

 なんでもこの人も市中に溶け込んで情報収集しているのだとか。

 そして、クロは何故かここでも既に打ち解けていて、ご飯を貰ったりしていたらしい。

 まだ来たばかりだというのに、まるでアイドルだ。


「クロ、これ食べてみてくれる?久しぶりに作ったの」


 シチューを皿によそってクロの目の前に置いてやると、クンクンと匂いを嗅いでから一口食べる。

 

「どう?美味しい?」

 

 というか、猫に香辛料たっぷりの、しかも玉ねぎ入りの食べ物って良いのかしら?

 と、今更ながら疑問に思っていると、皿に齧り付く勢いで食べ始め、すぐ完食してしまった。

 

「美味しかった?」

 

 舌で口の周りを綺麗にしながら、前足で皿をカランカランと音を立て「もっと寄越せ」と言わんばかりに催促してくる。

 

「はいはい……おかわりね」

 

もう一度よそってやるが、勢い変わらずすぐ食べ尽くしてしまった。

 また寄越せと皿をカランカラン鳴らしているが、大量に作ったとはいえ、クロの腹を満たしてやるだけの量はない。

 

「明日から売る分がなくなっちゃうからダメよ。おかわりは一回だけね」

 

 ……ちっ。

 

「ちょっとクロ!あんた今舌打ちしなかった!?」

 

 不満げなクロは、ふん!と鼻を鳴らし、皿を咥えて、宿の主人の元へ行く。

 なんと肉の盛り合わせをせしめて、満足げに頬張っているではないか。

 

「贅沢な物食べさせてもらってるじゃない……」

 

 (全く。どこに行っても愛されちゃうのね)

 

 呆れつつも、その光景に心がほっこりと温まる。

 明日への活力を蓄えるように、ヴァルグリムの夜は更けていった。

 

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