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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第六十一 おっちょこちょいの影渡

 宿への帰り道、無骨な石積みの街並みを眺めながら歩く。

 洗練されたグランヴェルとは違い、ここは荒々しくも力強い「職人の街」だ。

 積み上げられた石の一つひとつに、ここで生きる人々の生活や家族の思いが詰まっているのだと改めて感じる。


(……潜入捜査のこと、なんて言おう。怒るか、呆れられるか……)


 宿に着き、部屋の前で一つ、大きなため息をつく。

そして覚悟を決めて、ガチャリと勢いよく扉を開けた。


「ただいまー! ご飯買ってきたよ!」


 威勢よく声をかけた先には、お腹を出して爆睡しているクロの姿があった。


「……呑気なもんね」


 毒気を抜かれた私は、ベッドの端に腰を下ろす。

カエルの串焼きを一本取り出し、クロの鼻先に近づけてみた。


くんくん……。


 パチッと目が開いたかと思うと、ガバッと勢いよく齧り付いてきた。


「うわぁ! ちょっと!! ベッドの上で食べないでよ!」


 そんな抗議はどこ吹く風か。

クロは器用に串から肉を外し、一瞬で完食してしまった。

それから皿に出してあげた食事を床に並べ、クロがゆったりと食べ始めるのを、私は膝を抱えてじっと見つめた。


「……ねぇ、クロ。さっきギルドに行ってきたんだけど、クロに潜入捜査をしてほしいって言われたの。危ないから断ろうと思ったんだけど……」


 クロは聞いているのかいないのか、夢中で肉を頬張っている。


「ラウラさんが、『たかが魔獣にテイマーもつけずに潜入させるなんて、失敗するに決まってる』って言うのよっ!」

 思い出すだけで、肩がわなわなと怒りで震えてくる。

「ちょっとクロ! あんた聞いてんの!? くっそ、あのラウラのやつ! うちのクロのこと何も知らないくせに、好き勝手言ってくれちゃって!!」


 鼻息荒く捲し立てると、完食して毛繕いを始めていたクロが、心底呆れたような目で私を見た。


「なによ、その顔。あんな奴に馬鹿にされて、悔しくないの!? あんたは強いから、あんなの雑魚の戯言だろうけどさ!」

私は、ぐっと拳を握りしめて言い放った。


「腹立つのよ、『家族』が悪く言われると」


 その瞬間、クロの目が点になった。

動きを止め、じっとこちらを見つめてくる。


「……何よ、その顔。私は悔しいわよ! 何も知らないくせに馬鹿にして! 年甲斐もなく腹が立って仕方ないわよ!!」

だって、あいつったら……と言いかけた時、温かくて柔らかい肉球が、私の顔面に「むにっ」と押し当てられた。


(……落ち着けってか)


「分かったわよ……。ごめん」


 肉球の隙間からチラリと顔を伺うと、クロは口の端を上げているような、笑いを噛み殺しているような、なんとも妙な表情をしていた。


「……大丈夫? お腹でも痛いの?」


 言うが早いか、爪の出ていない優しい猫パンチをお見舞いされた。

そして「ふん!」と鼻を鳴らし、“やってやらんでもないぞ”という傲慢な視線を投げてくる。


「……潜入捜査、してくれるの?」


 問いかけると、クロは尻尾を一振りし、私の影へと一歩踏み出した。

まるで湖に足をつけるかのように、その足が影の中へ沈んでいく。

水面が揺れるように、影の輪郭が波打った。


 口をぽかんと開けて固まる私に、クロはぺろりと一度だけ頬を舐めると、そのままスーッと影の中に沈み込んで消えてしまった。


「……え?」


 一瞬の出来事に頭が追いつかない。


(影渡り……本当にあるのね。)


けれど、数秒後に私は我に返って叫んだ。


「え、いや、ちょっと……! いま行かれても困るのよ! 戻ってきて!! 魔道具つけてからじゃなきゃ意味ないんだってばー!!」


 影に向かって一生懸命に叫んでみるが、揺らめく黒い染みは何も答えない。

客観的に見れば、ただの独り言を叫ぶ危ないおばさんである。


「……うぅ。クロのバカ。気が早いわよ……」


 仕方ない。そのうち帰ってくるだろう。

 今のうちにギルドに行って、あの虹色のビー玉……魔道具を貰ってこなくては。

またラウラに会うのかと思うと、すぐに怒りの火が点きそうになる。


「落ち着けミサキ。殴っちゃだめよ。怒鳴るのもだめ……」


 ある午後の昼下がり。

ギルドへ向かう道すがら、そんな呪文をブツブツと呟きながら歩く私の姿は、町の人達から見ても相当に「不審」だったに違いない。





「……はぁ」

 

 足取り重く向かったギルドへ到着してしまい、入る前に盛大なため息をつく。

 

(ラウラさんだって悪気があったわけじゃないかもしれないし、大人になれ!頑張れミサキ!)


 胸の前で拳を握り自分を奮い立たせるように、上下に振る。

受付へ行き、ラウラへ取次をお願いすると、いつもの部屋へと通される。


「……はぁ」

 

 最早、ため息しか出てこない。

 クロを悪く言われて腹が立ったからと言って、話もろくに聞かず出ていったのは申し訳なかったと思っている。

 だが、こちらに来て右も左も分からない中、必死に生きて、必死に子供を探しているときに、ずっと傍で支えてくれたクロを馬鹿にされたようで、酷く腹が立ったのだ。

 

 (……私もストレス溜まってたのよね、きっと)

 

 いままで必死に足掻いていて、自分のことにまで気が回っていなかった。

 ストレスが堪らないわけがない。

 何から何まで違う世界に放りだされて、子供達はどこにいるかも分からないのだから。


「……周も渉も、どこいっちゃったの?」


 天を仰いで誰に尋ねるでもなく呟いたとき、コンコンとドアをノックする音が響いてラウラが部屋に入ってきた。


「ミサキさん!急に出ていったから驚きました!」

「え、あ、はい。すみません」


 (……この人、なんで出ていったかわかってないのかしら?)


 用事でもあったのか?体調が悪いのかなどと見当違いのことを聞かれたので、最早呆れるしかない。

 この世界では従魔の扱いがどんなものなのか分からないが、ミサキにとってクロは従魔ではなく家族であるため、蔑まれるような発言は容認できない。

 自分を落ち着かせるため、深呼吸をしてガイルの顔を思い浮かべる。


 (私は大人よ、落ち着いて。キレちゃ駄目よ。………キレちゃ駄目だけど、次また何か言われたらこの件、降りようかしら。)


 何故か頭に描いたガイルのいつもの渋い顔は、頭を抱えてため息をつき、心底呆れたような顔になっていた。

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