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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第六十話  主婦の聞き込み

 頭に血が上っていたけれど、旦那の笑い声とクロの顔を思い出すと、少しずつ強張っていた体がフッと軽くなったような気がした。


(……駄目ね。すぐ血が上って。カルシウム足りてないのかしら)


 はぁ……とため息が出ると同時に、「死ぬぞ」と凄んでくるガイルさんの顔が浮かぶ。


「はいはい、分かってますよ。師匠」


 ぼそっと呟き、自然と彼を「師匠」と呼んだ自分に、なんだか気恥ずかしくなってニヤニヤしてしまった。


「あんた、さっきから大丈夫か?」

「え?」


 声のした方を見ると、赤髪で毛むくじゃらのドワーフの男性が、怪訝そうにこちらを見ていた。


「深刻そうな顔をしてるかと思ったら、気持ち悪い笑い方をして……。大丈夫か? 腹でも痛いのか?」


 「気持ち悪い」とは酷い言い草だが、客観的に見れば独り言を言いながらニヤついている女は不審者でしかない。

 私は「大丈夫です。考え事をしていて……」と、ハハハと笑って誤魔化しておいた。


「そうだ! 私、昨日ここに着いたばかりなんです。この辺りで美味しいお店、知りませんか?」

「あぁ? うまい店ねぇ……。俺ぁ炭鉱夫だからよ。昼間は汚れちまってるから、店には入れねぇんだ。入っても叩き出されるのがオチさ。だから、昼は屋台で適当に買って食ってるんだが⋯」


 彼によれば、炭鉱の入り口近くに屋台が並んでいるという。私は礼を言い、教えられた方角へ歩き出した。

 しばらく進むと重厚な石積みの城壁が見え、それに沿って多くの屋台が軒を連ねていた。

門からは炭鉱夫たちが次々と出入りしており、皆、慣れた様子で屋台へと散っていく。

 一軒ずつ見て回るが、どれも片手で食べられるような軽食ばかりだ。

完成品を並べているだけで、あまり手の込んだものはないらしい。

 向かい側には店舗型の飲食店も並んでいるが、やはり炭鉱夫たちは中に入らず、外で立ち食いをしている。


(ここに店を出せれば、案外情報も入るかもしれないわね。ラウラさんに聞いてみようかしら⋯)


と思ったが、さっきのことを思い出し、瞬間湯沸かし器のごとく怒りが再燃した私は、首を振った。


(なんでも人に頼るのは良くない。自分でやれるだけやってみなきゃ。)


私はラウラに聞かなくていい理由を無理やり引っ張り出し、自分を納得させ、一軒の串焼き屋の列に並んだ。


 やはりここも調理台はなく、焼き上がったものが並べられているだけだ。


「これ、一つください」

「あいよ! 銅貨二枚だ!」


 隅に寄って、一口齧る。

冷めてはいるけれど、身は柔らかく香辛料が効いていて美味しい。


「ん〜っ! ……うま!」


 思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえたが、店主はガハハと笑った。


「ははは! そんなに美味そうに食ってもらえるのは、料理人冥利に尽きるな!」

「すみません、うるさくて……。でもこれ、本当に美味しいです! ウサギですか?」

「いや、リバーフロッグだよ。臭みがあるから、香辛料をたっぷり使ってるのさ」


(……おぅ。カエルさんでしたか。鶏肉っぽいとは聞いていたけれど。)


 一瞬だけ複雑な顔になったが、私は黙々と串を食べ進めた。お残しは良くない。


「まあ、見た目は悪いが味は良いからな。汗をかくと濃い味が欲しくなるから、炭鉱夫たちには人気なんだぜ」

「ここでは焼かないんですか?」

「ここでは出来ねぇよ。火の粉が飛んだら危ねぇからな」


 聞けば、この鉱山では可燃性の石も産出されるため、火の取り扱いが厳しく規制されているのだという。だから皆、家で作ったものを持ってきているのだ。


「向かいのお店は、火を使ってますよね?」

「あぁ……。あれは『火の粉が出ない調理魔道具』さ。それなら許可されてるんだが、何せ高くてな。俺らみたいな貧乏人には逆立ちしたって手が出せねぇよ」


(火の粉が出ない魔道具……。IHコンロみたいなものかしら?)


「それって、いくらくらいするんですか?」

「ん? 興味あんのか? 俺が見たときは、確か金貨三十八枚だったが……」

「き、金貨三十八枚!?」


 目ん玉が飛び出るとはまさにこのことだ。とてもじゃないが払える金額じゃない。


「すげぇ金額だろ? 冬場は冷めるのも早いから、本当は火を使いたいんだがな……」


 店主の重いため息が、世知辛い現実を物語っていた。

 私は追加で五本購入すると伝えると、串焼き屋の主人は気前よく1本オマケしてくれた。

 クロへの土産も含めて他の屋台も回りながら、世間話の体で聞き込みをしてみる。

けれど、返ってくるのは

「景気が悪い」

「値上がりで困る」

「ドワーフたちがピリピリして喧嘩が多い」

といった、どこでも聞くような話ばかり。


「黒髪、黒目の男の子」について聞いてみても、誰一人として見たと答える者はいなかった。


(……そんなに簡単に見つかるわけない。分かってはいるけれど……)



『少しおかしくねぇか? ヴァルグリムはでかい工業都市だ。ギルドに情報が入ってこないわけがねぇ』


ガイルさんの言葉が脳裏を掠めるが、私はそれを無理やり隅へ追いやった。


「大きいからこそ、目が届かない場所もあるはずよ。三人一緒なら、なんとかなるんだから」




三人。そう、私と、あの子たち。

クロもいれば怖いものなしだ。



……ん?


そういえば、旦那は大丈夫だろうか。

向こうの世界で一人きり。


「再婚でもして、幸せになってね……」


寂しくはあるが、まぁ、あの人なら死にはしないだろう。

帰れるか分からないし、もし彼が新しい幸せを見つけていたとしても、それは仕方のないことだ。


……でも。

もし帰って本当に再婚してたら、とりあえず一発殴るけど。



(理不尽!)


旦那の情けない叫び声が、遠くから聞こえたような気がした。

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