第五十九話 家族
翌朝、手早く支度を済ませた私は、クロと一緒に宿で朝食を済ませた。
「クロ、今からギルドに行ってくるから、ここで留守番しててね。目立つから、外に出ちゃダメよ」
クロはベッドに寝そべり、既に二度寝を決め込む気満々だ。
私をチラリと見たかと思えば、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。
「マイペースなやつ……」
「行ってくるね」と声をかけたが、尻尾を一振りして返事をしただけで、全く気にしていない様子。
いつも通りのやり取りに、どこかホッとしている自分がいた。
それにしても、昨夜のあれは何だったのだろう。
スキルか、あるいは種族的な特殊能力?
色々な考えが浮かんだが、結局考えても答えは出ない。
私は考えることを放棄した。
今度、グランヴェルのギルドマスター、ロルフさんに会ったときに聞いてみよう……
と思ったが、あの恐ろしい威圧感を思い出して身体が震えた。
「……や、やっぱりヴェンデリンさんあたりに聞いてみようかな」
あの部屋から出た後に腰が抜けるような相手と、対等に話せる自信がない。
昨夜の記憶を頼りにギルドへ向かったが、雨と暗闇のせいで景色が違って見え、案の定迷ってしまった。
キョロキョロしながら歩いていると、背の低く逞しい、毛むくじゃらの男性たちがチラホラと目につく。
(……え。ちょっと待って。あれ、ドワーフ!? まじか! ちっちゃいけど、筋肉凄いなぁ……)
獣人に続き、またもファンタジー全開の種族を見て感動しっぱなしだ。
やはり人族より長寿なのかしら、などと考えているうちに、ようやくギルドの看板が見えてきた。
受付でラウラさんへの取次をお願いすると、昨日と同じ奥の個室へ通された。
「失礼します。早くからすみませんね」
入ってきたラウラさんは、挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「ミサキさんはどういった形で調査されますか? 今回が初めてと伺ってますから、できる限りサポートするよう言われてます」
「何から手を付けたらいいか、皆目見当もつかないのですが……。とりあえず噂話の聞き込みから始めたらいいですか?」
「そうですね。組織への潜入はまだ難しいでしょうから、外から情報を集めるのが良いと思いますよ。ところで——ミサキさんは、クロさんと意思疎通はできそうですか?」
「クロと、ですか? 言葉は理解してくれているみたいですが、私がクロの言いたいことを全て理解しているかと言われると……」
ぶっちゃけ、全然分からん。
表情や仕草でなんとなく察しているだけで、完璧なコミュニケーションなんて夢のまた夢だ。
私が眉を寄せて考え込んでいると、ラウラさんは「そうよねぇ……」と小さく呟いた。
「実は、ギルドマスターはクロさんに直接潜入を依頼したかったみたいなんです」
詳しく聞けば、ギルドが期待していたのは、私というより「影豹」であるクロの隠密能力だったらしい。
ドワーフしか入れないという鉱山の深部へ忍び込み、証拠を押さえてくること。
…なんだ。
私に見込みがあるから依頼されたわけではなく、私はあくまで「クロとのパイプ役」ってことだったのね。
責任の重さに震えていた肩の荷は降りたが、同時に気分も少し萎んだ気がした。
自分が見込まれたと勘違いして、無意識に少し調子に乗っていた自分が恥ずかしい。
私は両手で頬を押さえ、顔が赤くなるのを必死で抑えた。
「ミサキさん、クロさんにこの魔道具を持って潜入してもらうことは出来ますか?」
ラウラさんの手にある虹色のビー玉のようなものが、差し込む朝日にキラリと光った。
映像を記憶する魔道具だという。
「鉱山潜入は難航していまして。でもクロさんなら、その能力で深部まで行けるんじゃないかと……」
「あの……さっきから気になっていたんですけど、クロの能力って?」
「……クロさんは影豹ですから、『闇に紛れる』スキルをお持ちのはずです。長く生きている個体は『影渡り』という、影から影へ移動するスキルも使うらしいですよ」
——あぁ、昨夜の雨。
濡れていなかったのは、影の中を通ってきたからなのか。
思いがけず真相に辿り着いてしまった。
長く生きた個体。
彼はどれほどの時間を過ごし、何を見てきたのだろう。
最初は諦めにも似た目をしていた。
けれど最近は、少しだけ心を開いてくれている……気がする。
ふてぶてしい態度が増えたのも、きっと気のせいじゃない。
私が苦笑いしながらそんなことを考えていると、ラウラさんは怪訝そうにこちらを見て、溜息を吐いた。
「やっぱり魔獣にお願いするのは無理ですよね。いくら賢くても、一匹で潜入なんて。ギルドマスターも何を考えているのやら。失敗したらどうするつもりでしょう。テイマーも同伴させずにそんな博打を……」
ラウラの愚痴ともとれる言葉が、私の頭の中でガンガンと鳴り響いた。
――魔獣だから何だ。
何も知らないくせに。
あの子がどれほど誇り高く、どれほど私の支えになっているか。
それを知りもしない他人が、あの子を低く語るな。
「できます」
「……はい?」
「クロに話して、鉱山の深部へ潜入してきてもらいます」
「いえ、でも……失敗は許されませんし」
「できます。魔道具は首から下げられるようにしておいてください。私は一度、街の方へ情報収集に行ってきます」
ガタッ、と椅子を鳴らして立ち上がり、私はラウラの呼び止める声も無視して部屋を飛び出した。
頭に血が上っているのは分かっている。
少し歩いて冷やさなきゃ。
(お前、家族のことになるとすぐカッとなるなぁ)
ふと、旦那の笑い声が耳の奥で蘇った。
いつの間にか、私の中でクロも「家族」に入っていたんだな。
そう思うと、少しだけ誇らしいような気持ちになって、自然と口角が上がるのを感じた。




