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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第五十八話 底知れない相棒

 ヴァルグリムへ入り、馬車が石畳の街中をゆっくりと駆けていく。

 いつの間にか降り出した雨が、かすかな埃っぽさと共に独特の匂いを運び、ポツポツと窓を叩く音が馬車の中に響いていた。

 

 速度が落ち、完全に停車したのと同時に、御者の疲れ切ったぶっきらぼうな声が飛ぶ。

 

「到着だよ」

 

 礼を言って馬車を降り、私は外套のフードを深く被った。

ギルドへの道順は予め聞いていたけれど、この雨と暗さだ。

 迷わずに行けるか不安がよぎる。

 

「ここから、そう遠くはないはずだけど……」

 

 キョロキョロと周囲を窺う私を余所に、クロは迷いのない足取りで先頭を歩き出した。

時折こちらを振り返り、「早く来い」と言わんばかりの顔をしている。

 

「全く、何でもお見通しね」

 

冒険者の臭いでも辿っているのかしら、と思って自分の服をくんくんと嗅いでみたが、案の定クロから呆れ顔を向けられた。

 そんなやり取りをしながら、私たちは雨の街を急いだ。

 

「ここね……」

 

 二本の剣をあしらった看板を見つけ、中に入ろうとしたところで私は足を止めた。

……この人混みの中、クロを連れて入ったら目立って仕方ないわ。

「クロ、申し訳ないけど、外の目立たないところで待っててくれる?」

視線を合わせて問いかけると、クロは「分かっている」とでも言うように背を向け、闇の中へと消えていった。

 私がどこにいるかなんて、あの子ならすぐに見つけ出すだろう。

 重い扉を開けて中に入ると、夜も更けているというのにギルドは人で溢れ返っていた。

食堂からは酒盛りの騒がしい声が響き、熱気が渦巻いている。

夜のギルドに来たのは初めてだけれど、昼間よりずっと「ファンタジー」らしい独特の空気感だ。

そんな呑気な感想を抱きながら、私は受付へと向かった。

 

「本日のご用件はなんでしょうか?」

「『封鎖区域の確認依頼』の件で参りました」

その単語を口にした瞬間、受付嬢の目がわずかに鋭くなった。

「……少々お待ちください」

彼女はそれだけ言うと、奥へと消えてしまった。

 

「封鎖区域」……改めて言葉にすると、とんでもなく恐ろしい響きだ。

 戦争に発展しかねない案件。

 私は知らず知らずのうちに、深く重いため息を漏らしていた。

 

「どうかされましたか?」

「あ、いえ……」

 

戻ってきた受付嬢に声をかけられ、私は慌てて表情を取り繕った。

 案内されたのは、一階の一番奥にある個室だった。

 窓の位置を確認し、いざという時の逃げ道を確保しておく。

 ギルド内部にすら間者がいるかもしれない状況なのだ。警戒しすぎて困ることはない。

暫く待つと、扉をノックする音が響いた。

 

「失礼します」

 

現れたのは、四十代くらいのふくよかな女性職員だった。

「今回、貴女の担当をさせていただきます、ラウラと申します。宜しくお願いします。まずは紹介状を確認させていただけますか?」

 

 私はバッグを漁り、ヴェンデリンさんから預かった封書を差し出した。

 ラウラさんは封蝋をじっくりと確認してから封を切り、中から二枚の紙を取り出す。

 そのうちの一枚は半分に割かれており、彼女が手元に持っていた別の紙と合わせると、ぴったりと文様が重なった。

 

……勘合符かんごうふみたい。

 

 そこまで厳重に確認するということは、それだけ情報の漏洩を恐れている証拠だ。

 

「確認いたしました。ミサキさん、改めて宜しくお願いします。私は貴女の相談窓口や経費の申請、そしてヴェンデリンさんへの報告役を担います」

「宜しくお願いします」

 

座ったまま軽く頭を下げて挨拶をすると、ラウラさんは少し意外そうな顔をした。

 

「お話は聞いていましたが、本当に冒険者らしくない方ですね」

「……そうですか? まぁ、駆け出しですから」

 

ハハハ、と笑って誤魔化すが、やはり「普通の主婦」の空気は隠しきれないらしい。

その後、ラウラさんに連れられて裏口から宿へと向かった。

 グランヴェルのギルドが一軒丸ごと買い取っているというその宿は、一部の職員と信頼のおける者しか知らない隠れ家なのだという。

ヴァルグリムのギルドも怪しい点があるため、信用しきれないのだとか。

 雨はさらに激しさを増し、視界を遮る。

 私は道を覚える余裕もなく、ただラウラさんの背中を追うのが精一杯だった。


 

宿に着き、彼女は「詳しい話は明日、ギルドで」と言い残して去っていった。

 宿の主人から鍵を受け取り、部屋に入る。

 

(窓を開けておかないと、クロが入って来られないわよね)

 

そう考えながら、濡れた外套を脱ごうとした、その時だった。

ふと、背後に確かな「気配」を感じて振り返る。

 

「は? ……いつ、入ってきたの?」

 

 そこには、当たり前のような顔で座るクロがいた。

ドアは閉めたはずだし、窓もまだ開けていない。

 何より不可解なのは、あんなにひどい雨の中を歩いてきたはずなのに、クロの毛並みが一滴も濡れておらず、ベルベットのようにツヤツヤと輝いていることだ。

 

……ずっと傍にいた? それとも後をつけてきた?

 

だとしても、どうやって濡れずに、どうやってこの密室に入り込んだのか。

 

「この子は一体……」

 

窓を打つ雨音を背に、私は相棒の底知れなさに、薄ら寒いような、それでいて頼もしいような不思議な戦慄を覚えていた。

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