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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第五十六話 重責と期待

一通り話を聞き終え、あまりの事の大きさに頭を抱えていると、ヴェンデリンさんが微笑みながら声をかけてきた。


「大丈夫ですよ、ミサキさん。貴女一人にすべてを任せるわけではありません。既に他の方へも情報収集の依頼を出して潜入してもらっていますし、ヴァルグリムのギルドとも密に連携していますから」


気負わずに情報収集に徹すれば良い、と優しく慰められる。けれど、どうにも気が重い。


……なんだろう、この流れ。ゴブリンの巣のときとよく似ている気がするのだけれど、気のせいかしら。


私はぶんぶんと頭を振り、不吉な予感を無理やり頭から追い出した。


「……いつ、出発すればいいですか?」

「王都に着いて早々で申し訳ないのですが、出来るだけ早くお願いいたします」

「……ですよね。今日中に急ぎで支度を整えて、明日出発します」

「無理をさせてしまい、大変申し訳ありません。何卒、よろしくお願いいたします」

承諾したものの、ふと現実的な問題が頭をよぎった。

「あ、そうだ! ヴェンデリンさん。ヴァルグリムまでは、歩いてどのくらいかかりますか?」

「歩き……ですか?」


ヴェンデリンさんが、不思議そうに私の顔を覗き込んだ。

「徒歩なら三日半から四日ほどでしょうか。ただ、乗合馬車が出ていますので、そちらを使われたほうが良いと思われます」

「乗合馬車!」


確かにサンティールでも見かけたけれど、節約のために乗らなかった。

けれど、今の私は懐に少しだけ余裕があるし、何よりこれから潜入捜査という大仕事が待っているのだ。

体力は温存しておきたい。


「乗合馬車って、おいくらくらいなんですか?」

「普通の便なら銀貨一枚です。急行便なら、銀貨四枚になりますが」

「一枚なら出せるわね。……普通の乗合馬車で行こうかしら」


私がぼそっと呟くと、ヴェンデリンさんの顔つきが少しだけ真剣なものに変わった。


「……ミサキさん。本日伺ったのは事前の共有のためだけではありません。任務に必要な『支度金』をお渡しするためでもあります」


そう言って彼がギルドの制服の胸ポケットから取り出したのは、小さな皮の絞り袋だった。

受け取り、恐る恐る中を確認すると——そこには、鈍い輝きを放つ金貨が一枚、鎮座していた。


「えっ!? こんなに、ですか!?」

「それでも少ない方かと思います。情報収集のやり方は千差万別ですが、時には賄賂を握らせることで得られる情報もありますから」

「他の冒険者の方からは『もっと寄越せ』と凄まれて困っているんですよ……」

と、彼は眉間にシワを寄せて溜息を吐いた。


……苦労しているのね。


でも、そんな仕草すら様になるのがイケオジの憎いところだ。


「では……ありがたく使わせていただきます」


金貨一枚。これなら急行馬車にだって乗れる。

目的地のヴァルグリムが一気に近づいた。

あの子たちの情報があるかもしれない。

もしかしたら、もう会えるかもしれない。

希望が頭上から降り注ぐような感覚に包まれ、私は知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。


(あ……浮かれたらダメよ、ミサキ! 潜入捜査という重い任務があるんだから!)


心の中で自分に喝を入れる。

その様子を見ていたヴェンデリンさんは、ふっと優しく微笑む。


「ミサキさん、ヴァルグリムに着いたら、受付で“封鎖区域の確認依頼の件で来た”と伝えてください」

「封鎖区域の確認依頼…?」

「まぁ、隠語のようなものです。他の冒険者もそうですが、ヴァルグリムのギルド職員にも、あまり聞かれたくはないので。担当の者はグランヴェルのギルドの息のかかった信頼できる者です。担当が来たら、こちらをお渡しください」


 しっかりとした紙に黒と金の封蝋がしてある封筒を差し出した。


「これは?」

「紹介状です。これがないと身元保証がされませんので、紛失されないよう、くれぐれもお気をつけ下さい」

「分かりました。」

「では、私はこれで」

と席を立って部屋を後にしていった。





「はぁぁぁ……」

彼がいなくなった部屋に、重いため息が響く。


潜入捜査。


しかも思っていたより規模が大きすぎる。

本当に私に務まるのかしら。

けれど、悩んでいても始まらない。

どうにかなる、どうにかするしかないのだ。


「……クロ。保存食の買い出しに行くわよ」


明日からまた忙しくなる。

私は自分を奮い立たせるように呟き、再び大通りへと向かった。

午前中に目をつけておいた露店で、安かった干し肉やパン、チーズを買う。


乗合馬車の発着所も確認した。

驚いたことに、急行便は途中の宿場町で次々と馬を交換し、一日中走り続けることで、わずか一日でヴァルグリムへ着くのだそうだ。

明後日には、目的地に着ける。

今は潜入捜査の重圧よりも、子供たちに会えるかもしれないという期待で、胸がいっぱいだ。




宿へ帰り着いたときには、期待感で体も軽く感じられ、足はスキップしそうな勢いだった。


「あ、そうだ! ロジンの実を試してみよう!」


宿の主人にお湯を頼み、タライいっぱいに受け取る。ロジンの実を一つ入れ、暫く置いてみる。


「? 泡は出てこないけど……」


お湯をかき混ぜてみると、みるみるうちに白く細かい泡が立った。


「すごい! 泡が出てきた!」


バシャバシャと勢いよくかき混ぜ、泡を立てまくった。泡が跳ねて、傍らにいたクロにかかる。


「ぐるるる……」

とジト目でこちらを見てくるが

「ご、ごめんって」

と軽く謝って先を急ぐ。

すぐ浮かれてしまうのは悪い癖だ。

ガイルさんにまた怒られちゃう。


「さぁ! そんなことよりシャンプーよっ!」


いざ! と勢いよく頭をつけ、念入りに洗いまくった。

天然石鹸、なんてありがたい!

サッパリしたどころの騒ぎではない。

しかし、洗い流してみると手触りはゴワついている。


「……やってみますか」


タライから実を取り出し、中から真っ黒な種を取り出す。


「これを砕けば、少しは油が出るかしら……」


手で握りつぶそうとしたが、硬すぎてびくともしない。

手刀なんてしたら、こっちの骨が折れてしまう。

私は宿の主人から木槌を借りてくると、種を粉々に粉砕した。それを綿の布で包んで、これでもかという馬鹿力で絞り上げる。


「ふんぬぅぅぅぅ!!!!」


……乙女(?)とは思えぬ声と顔だ。

誰にも見せられない。

旦那ですらドン引きだろう。


けれど努力の甲斐あって、手がテカテカとしてきた。うまく油が絞れたらしい。

その油をささっと髪につけて手ぐしで解いていくと、ゴワついていた髪がトリートメントしたかのようにまとまった。


「これよ! これ!」


あまりの嬉しさに小躍りしていると、クロが呆れ顔で見ていたので、ついでに塗ってやった。

するとどうだろう。

普段からお手入れの行き届いたクロの体は、ロジンの実のおかげでさらにツヤツヤと輝き、まるでベルベットのようではありませんか。


……シャンプーのCMにでも出てきそうね。


明後日には、目的地に着ける。

潜入捜査への不安を、子供たちへの期待と「良い買い物」の満足感が上書きしていく。

ツヤツヤの相棒と共に、私は希望を胸に眠りについた。

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