第五十四話 キノコの香りと、ヤギの年齢
まぶしい……もう朝?
だるい身体を無理やり起こし、目をこする。
窓に目をやれば、燦々と朝日が差し込んでいた。
「……流石に、疲れてたのね」
久々に熟睡してしまった。整備されていない道を何日も歩き続け、野宿をこなし、王都に着いたと思えば討伐にギルドマスターとの面談だ。
疲れて当然だと言い聞かせながら、ふと隣を見る。
「……クロ?」
そこにいるはずの相棒がいない。
キョロキョロと部屋を見渡すが、影も形もなかった。
今までいなかったことなんて、一度もなかったのに。どこかへご飯の調達にでも行ったのだろうか?
強いあの子のことだ、心配はない。
けれど——。
(あの子たちみたいに、逸れてしまったら……)
脳裏に、離れ離れになった子供たちの顔がよぎる。
一気に不安と恐怖が冷たい波のように押し寄せてきた。
どうしよう、どこを探せば……
半ばパニックになりかけたその時、ガチャリとドアが開いた。
そこにいたのは、何食わぬ顔で入ってきたクロだった。
「クロ!」
私は慌てて駆け寄り、その首元にしがみついた。
「どこ行ってたのよ! いなかったから心配したじゃない!」
クロの頭を撫でまわし、自分自身の高鳴る鼓動を落ち着かせる。
当のクロはといえば、どこかバツが悪そうにそっぽを向いていた。
ん?
……くんくん。
どこからか、香草のいい香りがする。
「あんた……下の食堂で、ちゃっかりご飯もらってたわね?」
ビクッとクロの肩が跳ねた。
図星か。
こっちは心臓が潰れる思いだったというのに、この子は……!
怒りがこみ上げてきた瞬間、目の前に肉厚の肉球が迫った。
ぽふぽふ、と私の顔を優しく叩く。
(……肉球触らせてやるから勘弁しろ、ってことかしら)
「……しょうがないわね」
暫くそのぷにぷにとした感触をむにむにしていると、ずいぶん心も安定してきた。
最近、不安になると肉球に頼っている気がする。
……これ、もしかして私、ベビーシッターされてる?
恥ずかしさと情けなさが込み上げるが、依存は良くない。
しっかりしなきゃ。
宿の食堂で朝食を済ませ、さてギルドへ……と思ったが、昨日の今日だ。
「血まみれの狂戦士」として顔が割れるのは避けたい。今日は買い出しと市場調査に留めておこう。
私は昨日気になった露店が集まる通りへと足を向けた。
露店には所狭しと商品が並び、人通りも多い。
「グランヴェル名物、コウシンキノコの塩焼きだよー! さぁ! 買った買った!」
威勢のいい声に吸い寄せられる。見れば、大きな椎茸のようなキノコが串に刺さって焼かれていた。
「これ、魔物なの?」
「茶色い傘のキノコの魔物だよ。近くの農園から卸してるから新鮮で安いぜ!」
魔物の農園! そんなものまであるのか。
カエンキノコの凶悪さを思い出して身震いしたが、このコウシンキノコとやらは、のんびり昼寝をするような大人しい性質らしい。
「じゃあ、二つちょうだい」
焼き立てを受け取り、一本をクロへ差し出す。
「熱いわよ、大丈夫?」
クロはそんなこと気にする様子もなく、大きな口でガブリ。
まぁまぁだな、という風に尻尾をゆったり振っている。
私も一口食べてみたが、味はまるっきり椎茸だった。美味しい。
けれど……。
(あぁ、お醤油が欲しい。七味をパラリとまぶして……)
贅沢な悩みに溜息をついていると、クロが何かに反応し、小走りで駆けていった。
「ちょっと待ってよ!」
慌てて追いかけた先——人混みが少し途切れた場所に、見覚えのある二つの背中があった。
「「「あ」」」
ギルバートさんとガムさんだ。
「昨日はご指導(?)、ありがとうご——」
「お前! 昨日は俺たちに事後処理を全部押しつけて逃げやがって!」
「いや、文句はヴェンデリンさんにお願いします」
「ヴェンデリンに言えるわけねぇだろ! あいつは怒らせると怖いんだからな……」
私から見れば素敵紳士なのだが、現場の冒険者からすると恐怖の対象らしい。
「それより、昨日は大丈夫だったのか? ギルドマスターに呼び出されたんだろ。お説教か?」
ギルバートさんが声を潜めて問いかける。
「いえ、状況説明をしただけです」
潜入捜査の件は口を噤む。
「そうか。よかったな。ここのギルマスはマジでおっかねぇからよ。あれでも現役時代よりは丸くなったんだぞ」
ガムさんが「不落のロルフ」と呼ばれていた時代の恐ろしさを語り始めた。
「……ん? ギルマスの現役時代を、ガムさんは知ってるんですか?」
「あ? そりゃあな。俺はギルマスより年上だぞ」
「えぇ!? まじ!?」
思わず叫んでしまった。
ヤギ(獣人)の顔は年齢が全く分からない!
「獣人族は寿命が長いからな。人間で言えばまだ三十代そこらだ」
「えぇ……羨ましい。老化とかないの?」
「その代わり、寿命が近くなると一気に来るぞ」
超サイヤ人か。
獣人族の寿命と、現役時代の長さに、主婦特有の嫉妬混じりのツッコミを入れつつ——。
王都での二日目、私は少しだけ、この街に馴染み始めているのを感じていた。




