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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜鉱山の闇編〜

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第五十一話 紳士と井戸と、ギルドマスター

「よし! とりあえずギルドに報告してくっから、ちょっとここで待ってろ」


ギルバートさんはそう言うが早いか、あの巨体からは想像もつかない速さで走り去ってしまった。流石、ガイルさんの元パーティメンバーというべきか。


「え? 私も……」

思わず追いかけようとした私の肩を、ガムが片手で制した。


「バーカ。これだけの獲物、置いていくのかよ。取られるぞ。三人でも持っていけねぇから、ギルドから荷車を借りてくんだよ」

「あ、なるほど……」


納得はした。

納得はしたけれど、ハッと気づいて周囲を見渡す。


「え? 私、ギルバートさんが戻ってくるまで、このままここで待つの?」

「当たり前だろ。獲物を取られるって言ってんだろ」

「……この格好で?」

「……あぁ。……まあ、血まみれなんて冒険者にはよくあることさ」


周りからの「なんだあの女……」という視線は、ガムにも届いているはずなのに、彼は無理のある慰めを口にする。


「河で洗いたい……」

「やめとけ。リバーファングが寄ってきて、また同じことの繰り返しだぞ」


あぁ! なんなのよ、もうっ!


「それより、お前。ちゃんとできたじゃねぇか、カウンター」

「ガムさんから見ても、ちゃんとできてましたか!?」

「あぁ、あんだけできりゃ十分だろ」


(……既に一人でリバーウルフ五体も倒してんだからよ)


「え? 何ですか?」

「なんでもねぇよ。ハハ……」


乾いた笑いを浮かべるガムを、血濡れた女が不思議そうに見つめる。

何だこのカオスな状況。

ガムは心の中で、

(しっかし、このババァ……ただのババァだと思ったら、とんでもねぇ化け物じゃねぇか。あのとき殴られてたら、俺、終わってたかもしんねぇな)

と戦慄していたが、私は知る由もない。



ようやくお昼寝が終わったらしいクロが、伸びをした後に毛繕いを始めた。

気が済んだのか、こちらに来ようと重い腰を上げたのだが——。

クロは私を見た瞬間、ギョッとした顔をして硬直した。

そして周囲の惨状を見渡し、なんとなく察したのか、ため息をつくようにして再び横になってしまった。


おい、こっち来いや!


まるで汚いもの(実際血まみれだけど)を見るような目。

私だって傷つくのよ!


そんな不毛なやり取りをしていると、ギルバートさんが荷車を引いて戻ってきた。

なぜか、見知らぬ男を一人乗せている。


「おーい、ついでに連れてきたぞ」

「ありゃギルドの職員だな。大規模討伐なんかがあると、現場確認に来るんだ」


ガムの解説を聞きながら、荷車から降りてきた男——ヴェンデリンと名乗ったその職員は、私を見るなり居住まいを正した。


「ミサキさんですね。ギルバートさんから報告を受け、確認に参りました。……これらをお一人で?」

「あ……えっと、リバーウルフ一匹はギルバートさんです。あとは、私、です」

「わかりました。確認の後、討伐報酬と買取の手続きをいたします。ミサキさんは先に戻られて結構ですよ」

「え? いいんですか?」

「はい。片付けと納品は、そこのお二人にやってもらいますので」

「「はぁ!? なんで俺たちが!!」」


叫ぶガムとギルバートを、ヴェンデリンは冷ややかな一瞥で黙らせた。


「貴方がた、レディをこのような姿でいつまでも外に晒しておくおつもりですか? 冒険者である前に、レディへの気遣いというものを学びなさい」

「レディって……お前、こいつは冒険者だぞ!?」

「職業は関係ありません。さあ、ミサキさん。お先にお帰りください」


なんだ、このレディファーストな素敵紳士は。

今は格好が恰好だ。私はありがたくお言葉に甘えることにした。


「クロ、行くわよ」


……嫌そうな顔をするな! 一番嫌なのは私なの!


クロに露骨に距離を取られつつ、私は街へと戻った。道中の視線が痛いどころの騒ぎではない。

そして門をくぐってから、重大な事実に気づいた。


「あ、宿取ってない……」


この血まみれ姿で、泊めてくれる宿があるはずもない。

悩んだ末、すがるような思いでギルドの扉を勢いよく開け放った。


——再びの、静寂。


一瞬にしてホールが凍りついたが、もう気にしていられない。

私は半泣きで震える受付嬢に詰め寄った。


「すみません! 宿を取りたいんですが、どこかありませんか!? この格好じゃどこも泊めてくれなくて! とにかく身体を洗いたいんです!」

「あ、あの……それは……」


受付嬢が困り果てて書類を捲っていた、その時。


「ギルドの井戸へ案内しなさい」


落ち着いた、しかし威厳のある低い声が響いた。

「えっ、でもギルドマスター、いいんですか?」

「構わん。案内しろ。……ある程度綺麗になったら、私の部屋へ通してくれ」



ギルドマスター。

そんな偉い人が、なぜ私を?

混乱する私を余所に、受付嬢は井戸へと案内してくれた。


「こちらです。タオルはここに置いておきますね」

「あ……ありがとうございます……っ!」


ウルフの血はすでに乾いてこびりついていた。

私は何度も頭から水をかぶる。

……さっむぅ! 控えめに言って死ぬ! この時期の井戸水は殺人的な冷たさだ。

ガタガタと震えながら、必死に髪と顔を拭う。


「だいぶサッパリされましたね。では、ギルドマスターがお待ちです」


戻ってきた受付嬢に促され、私は不安を抱えたままギルドの奥へと進んだ。

何か問題行動をとっただろうか?

街のど真ん中で暴れたわけでもないし、普通に討伐しただけだ。

私は乱れた呼吸を整え、重厚な扉をノックした。

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