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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜旅立ち編〜

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第五十話 血塗れの凱旋、望まぬ注目


一体が低く姿勢を沈めた。

次の瞬間、バネが弾けるように跳んだ。

真正面から迫る鋭い牙。私は反射的に半身を切り、紙一重でそれを回避する。


(避けて、カウンター!)


ガムに言われた通り「足を止めず」、踏み込みと同時に腰を沈め、敵の顎の下へ向けて拳を突き上げる。

跳躍の勢いをそのまま利用した一撃が、骨ごと頭を跳ね上げた。

空中で体勢を崩した個体が地面に叩きつけられる。

そこに間髪入れず、全体重を乗せた踵を振り下ろした。

ドォン、という重い衝撃。

一体目が物言わぬ肉塊に変わる。

だが、息つく暇もない。左右から同時に二体が飛び出してきた。


(挟み撃ち!? 落ち着け、落ち着け!!)


片方に視線だけを向け、わざと大きな隙を晒す。

誘いに乗った一体が踏み込んだ瞬間、軸足を逆へ踏み替えた。

もう一体の突進の軌道と、それをあえてぶつける。


「騙されたわね!」


思わず口角が上がる。

二つの影が交差し、ウルフ同士の肩と肩が鈍くぶつかった。

一瞬の混迷。

その隙を逃さず、近い個体の前脚を蹴り抜いた。

関節が折れる嫌な音。

倒れ込んだ喉へ、容赦なく肘を落とした。

残る一体が、背後へ回り込む。

水辺の魔獣らしい、いやらしい立ち回りだ。

私はあえて振り向かない。

足音と、湿った空気の揺れだけを背中で読む。

踏み込みが一瞬、重くなった。



——そこ!

身体を沈め、背後へ半歩だけ滑り込む。

すれ違いざま、渾身の力で腕を振り抜いた。

こめかみへ叩き込んだ一撃が、敵の頭を真横から弾く。

よろめいたところへ体当たりして押し倒し、砂に沈んだ首へ膝をこれでもかと押し込んだ。

暴れようとした動きが、数秒で止まる。


最後の一体は距離を取っていた。

低く唸りながら、私を中心に円を描くように動く。

仲間が次々と沈められたことで、警戒心が頂点に達しているのだ。


(焦るな。落ち着け……できなきゃ死ぬ。そんなの、あの子たちに合わせる顔がないわ)


私は一歩、踏み出した。

さらに一歩。


水辺には絶対に近づかせない。


痺れを切らしたのは、向こうだった。

一直線の突進。

迷いのない、最速の踏み込み。



来る。

今度は避けない。

正面から迎え撃ち、激突の寸前でさらに腰を落とした。

肩で衝撃を受け流し、同時に拳を握り込む。

下から、短く、鋭く。

顎を正確に打ち抜いた。

衝撃が腕を突き抜け、ウルフの頭が大きく跳ね上がる。

ぐらりと揺れた巨体へ、間髪入れず踏み込み、喉へ二撃。

……静かになった。


「はぁ、はぁ……っ!」


荒い息だけが河原に響く。


(……や、やった! できたわ!)


自分の両手を見つめ、ギュッと固く結ぶ。

確かな手応え。

魔法もスキルもないけれど、私は、私のやり方で生き残った。

その歓喜の絶頂。


ドスン!


と、背中に凄まじい重みが覆いかぶさってきた。


(しまった、最後の一体じゃなかった、隠れてたのがまだ——!)


死を覚悟した次の瞬間、視界を「赤」が染めた。

目の前の景色を断ち切るように、巨大な斧が振るわれ、私の背中に乗りかかろうとしていたウルフの首が消し飛んだのだ。



「……は?」


放心している私に、ドスの効いた声が飛んでくる。


「気を抜くな、馬鹿野郎が!」


ギルバートさんが血濡れた斧を肩に担ぎ、眉間に皺を寄せて立っていた。


「まぁまぁ、ギルバート。駆け出しにしちゃあ、上出来すぎるだろ。リバーウルフ五体も一人でやっちまったんだぜ?」


ガムが呑気についてくるが、こちとら返り血で頭から全身真っ赤だ。

生臭いし、ベタつくし、これ、洗濯で落ちるのかしら……

なんて考える余裕も奪われるほど、私は自分の惨状に絶句した。


「……まぁ、流石ガイルの愛弟子か。ミサキって言ったな。お前、冒険者になってどのくらいだ?」

「え? えぇと……確か、二ヶ月くらい、かしら?」

「「……は?」」

二人が同時に絶句した。

「に、二ヶ月で、リバーウルフ五体……?」

「……ガイルの野郎、とんでもねぇ化け物を仕込みやがったな。あの『お人好し』が、どんな教育したらこんな『野生』が育つんだよ」


化け物なんて失礼な。

私はただの主婦よ。

そう言い返そうとして、私はハッと周囲の異変に気づいた。

いつの間にか、河原の遠巻きに人だかりができていた。

漁に出ていた漁師たち、それを見守っていた街の人、そして異変を察知して駆けつけたであろう他の冒険者たち。

彼らの視線の先にあるのは——。


足元に転がる六体のリバーウルフの死体。

ピクピクと跳ねる、山のようなリバーファング。

そして、その中心で全身から返り血を滴らせ、呆然と立ち尽くす一人の女。


「……おい、見たかよ。あの女、素手であいつらを……」

「魔法も使ってなかったぞ。噛みちぎったのか?」

「ひぃ、関わらない方がいい。あれは……本物の狂戦士バーサーカーだ……」


恐怖に引きつった声が上がる中で、一人の年嵩の冒険者が、感心したように呟いた。


「……いや、見ろよあの足跡を。無駄な動きが一つもねぇ。すげぇな、あの身のこなし……まるで猫みてぇだ」



その言葉に、私は心の中で小さく

「……猫じゃないわよ」

と毒づいた。


けれど同時に、昨夜までの過酷な旅路で、私の先を軽やかに、それでいて力強く歩いていた黒い背中を思い出す。


(……見てた、クロ? あなたに置いていかれないように、必死に食らいついてきた結果がこれよ)


報告がてらチラリとクロを見れば、あのご隠居、なんとお昼寝を続行中である。

これだけの大騒ぎをBGMに、スヤスヤと気持ちよさそうに喉を鳴らしている。


……あの野郎。私が死にかけていたっていうのに!

誰よ!「自立を促す」なんて言ったのは!!

まったく、あの子に「よくやった」と一言褒めてもらうには、まだまだ先が長そうね。


「おい、あっちの魚の山もあいつがやったのか?」

「……ヤバすぎる。王都にまたヤベェのが流れてきやがったぞ」


周囲には、いまだに恐怖と驚愕の入り混じった囁きが広がっている。

これから私は、この大都会グランヴェルで「普通のお母さん」としてあの子たちを探すつもりだった。

なのに、今の私はどう見ても

**「返り血を浴びて獲物の山に立つ怪人」**だ。


……終わったわ。


「血まみれの主婦」か、はたまた「川辺の鬼神」か。

不名誉な二つ名がいくつも頭の中を駆け巡り、私の意識を遠のかせる。

夕日に照らされた白亜の都はこんなにも美しいのに。

私の深い、深い嘆きだけが、王都の空へと虚しく吸い込まれていった。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

皆さんのお陰で、50話までいけました!

今回は少し長くなりましたが、いかがでしたか?

出来るだけ1話は2000字程度になるようにしているのですが、もっと長いほうが良い、今までの文字数で良いなどご意見ありましたら、コメントで教えてください。


これからもどうぞ、よろしくお願いします。

また、ブックマークや、コメントいただけると大変励みになりますので、そちらも合わせてお願いします。


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