第四十九話 無茶振りの極み
ガムさんから聞いた「遊撃手」の理論は、驚くほど腑に落ちるものだった。
魔法もスキルもない私には、カウンター狙いしか道はない。
回避して、空振りさせて、その隙を突く……。
(……あぁ。これが無意識にできるようになれば、この世界で言うところの『スキル』になるのかしら)
そんな考察をぼんやりとしていた、その時だった。
「……おい。ありゃあリバーウルフじゃねぇか?」
ガムが低く、鋭い声を出す。
「あぁ? 今の時間にリバーウルフかよ。流石に漁師が危ねぇぞ」
ギルバートさんも眉根を寄せた。
「強いんですか?」
「単体ならDランクだな。だが集団だとBに近いCってとこか。あいつらを見たら水辺には近づくな。見えてる数だけを信じるなよ、引きずり込まれたら終わりだ」
ウルフ系だから集団で襲ってくるのか。
……不気味な気配を感じて身を固くした私を余所に、二人は顔を見合わせる。
「つってもなぁ、このままだと漁師が襲われるぞ」
「仕方ねぇ、討伐しとくか」
(おぉ! 一級冒険者の戦闘が見られる!)
何かの参考になるかも、とウキウキして身を乗り出した瞬間。
背中に、岩のような大きな手が置かれた。
「行ってこい」
「……は?」
「だから、あれ討伐してこいっつってんだよ」
ギルバートさんは事も無げに言った。
「いや、いやいやいや! ウルフ系の集団ってさっき言ったじゃないですか! 無理ですよ、一人でなんて!」
隣ではガムが「ぎゃははは!」と腹を抱えて笑っている。
「安心しろ。何かあったら俺たちが助けてやるからよ」
……絶対に嘘だ。
面白がってギリギリまで助けてくれないに決まってる。
疑いの眼差しを向けていると、「早く行け!」という怒号と共に、これでもかという強さで背中を叩かれた。
「あだっ!?」
前のめりに派手に転倒し、私は恨み言をぶつくさ言いながら立ち上がった。
(……くそ。いつか絶対に仕返ししてやるから……)
文句を言いながらも、リバーウルフへ接近する。
河辺に近づきすぎれば引きずり込まれる。
正面から行けば集団で囲まれる。
なら——。
私は足元から掴みやすそうな適当な石をいくつか拾い集め、少し離れた位置から投擲した。
だが、やはり当たらない。
リバーウルフは野性の勘で鋭く回避し、私を警戒し始めた。
「何やってんだ、お前! 真面目にやれ!」
後ろからガムの叱責が飛ぶ。
(……初見の魔獣相手に慎重になって何が悪いのよ。こちとら魔法もスキルもないっての!)
私は一度足を止め、冷静に観察した。
ガムが言っていた「こんな時間に」という言葉が引っかかる。
通常なら出てこない時間帯に姿を現した理由。
(……お腹が減っているのか、あるいは何かに追われて逃げてきたのか)
もし空腹なら——。
私は先ほどこれでもかと陸へ叩き飛ばしておいたリバーファングの一匹を掴み、河辺から離れた場所へと力いっぱい投げた。
「……お。出てきたぞ」
予想通り、リバーウルフが鼻をヒクヒクさせながら餌に近づいてきた。
意識が完全に魚に移ったその瞬間、私は二投目の石を放つ。
狙うは——足。
ゴンッ!
「ぎゃんっ!」
前足に命中。
狼が体勢を崩した隙に、私は一気に距離を詰め、後ろ足に向けて強烈な蹴りを叩き込んだ。
足払いをしたつもりが、メキッという嫌な感触が伝わってくる。
……折れたわね、これ。
狼はその場でジタバタとのたうち、キャンキャンと悲鳴を上げた。
「ごめんね」
私は短く謝りながら、その喉をブーツの底で思い切り踏み抜いた。
窒息か、あるいは頚椎の骨折か。
どっちが死因でもいい。まずは一匹。
だが、感傷に浸る暇はなかった。
仲間がやられたのを察知したのか、河の中から次々とリバーウルフが這い上がってきたのだ。
その数、四体。
「……まじ?」
一人で四体は流石に無理ゲーすぎる。
救いを求めてチラリとクロを見た。
(——あんのやろぉ、爆睡してやがる!)
覚えてなさいよ。
次にギルバートとガムの方を見る。
二人は真剣な表情でこちらを見ていた。武器に手はかけているものの、まだ様子見の構えだ。
(……一応、助ける気はあるってことね)
なら、自分がどこまでやれるか試すしかない。
私は深く、長く息を吐き、頭を冷やした。
落ち着け。できなきゃ、死ぬぞ。
かつてガイルさんに叩き込まれたその言葉が、今、鼓膜の奥で激しく木霊していた。




