第四十七話 生存本能
ギルド併設の食堂は、ガイルさんの昔話で大いに盛り上がった。
「そしたらガイルの野郎、距離を読み誤りやがって、俺の背中にファイアーボールをかましやがったんだ!」
「えぇ!? あのガイルさんが!?」
今の彼からは想像もつかないような駆け出し時代のヘマに、私は思わず身を乗り出した。
「あいつは今も、元気でやってんのか?」
「はい。ラクトの町でお世話になりました。今はまた、別の場所へ行くと言っていましたが」
「……そうか。生きてんならいい」
「生きてるならいい」
一流の冒険者が口にすると、その言葉の重みがまるで違う。
ガイルさんも「生きろ」と口癖のように言っていた。
……まあ、同じくらい「死ぬぞ」とも脅されたけれど。
ふふっと笑っていると、ギルバートさんが突然、勢いよく立ち上がった。
「よっしゃ! ならばガイルの愛弟子の実力を、この俺が拝もうじゃねぇか!」
……この人、いきなり何を言い出すの。
顔に出ていたのだろう、彼はガハハと笑って私の肩を叩いた。
「そんな顔すんな! 俺がなんか助言できることがあるかもしんねぇだろ!」
「お、じゃあ俺も見に行くぜ。いい暇つぶしだ」
ガムまで当然のように席を立つ。
「……お二人とも、絶対面白がってますよね?」
納得いかないながらも、私は二人について行くことにした。
クロはやれやれと溜息をつくような仕草を見せ、ゆっくりと最後尾を歩き出した。
街を出てしばらく歩くと、雄大なリーヴァ河に辿り着いた。
穏やかな河面には漁船がいくつか浮かんでいるが、氾濫すれば肥沃な大地を作る母なる河だとも聞いた。
エジプトのナイル川のようなものかしら、なんて考察していたら、ギルバートさんが河辺を指差した。
「この辺は最近マッドスネークやリバーファングが多くてよ。漁網を破るわ船に噛み付くわで、皆困ってんだ。とってもとっても減らねぇどころか増えてる気さえする」
やはり、上流のヴァルグリムで何かが起きている影響なのだろうか。
うーんと顎に手を当てて考え込んでいた、その時だった。
「ほら、早く行ってこい!」
背中をバーンと叩かれた。
一級冒険者の、しかもタンク職の怪力だ。
不意を突かれた私の体はあえなくバランスを崩し、盛大な水しぶきを上げて河へと転落した。
「あ、すまねぇ」
「ぎゃははは! ギルバート、そりゃねぇぜ! 可哀想すぎるだろ!」
……可哀想と言いながら爆笑しているガムに、怒りがふつふつと沸き上がる。
だが、怒鳴り返すより先に、足首にヌルリとした感触が走った。
(何!? 引っ張られる——!)
思った時には遅かった。
茶色の細長い影が私の足に幾重にも絡みつき、そのまま水中へと引きずり込んでいく。
気泡を吐き出しながら、私は水中で目を開けた。
マッドスネーク。
文字通り、泥のような色の不気味な蛇が私を逃がすまいと締め付けてくる。
振り払おうとするが、水の中では力が入らない。
(……こうなったら!)
私は水中でもがくのをやめ、絡みつく蛇の頭を両手で鷲掴みにした。
そしてそのまま、首根っこに思い切り噛み付いてやった。
蛇の体が痛みでくねり、足の拘束が緩む。
その隙を逃さず、両手で頭と胴を逆方向に掴み、全身の力を込めて引きちぎりにかかる。
——ブチブチッ、ブチン。
水中だというのに、嫌な音が手に、そして口内に直接伝わってきた。
獲物を掴んだまま、私は必死に水面を目指した。
「ぶはぁっ!!」
「お、無事だったか……って、うへぇ、あいつマジかよ」
岸の上から、ドン引きしたような声が聞こえる。
何よ、ギルバートさん、あなたのせいなんだからね。
私はびしょ濡れのまま岸へ這い上がった。
口の周りには蛇の血がつき、両手にはそれぞれ食いちぎった頭と胴体をぶら下げている。
……絶対、また変な二つ名が付くわ、これ。
「お前……それ、噛みちぎったのか?」
「噛みちぎったのが早いか、引きちぎったのが早いか……自分でも分からないわ」
「……お前、すげぇな」
ガム、それさっきも聞いたわよ。
ふと見ると、クロは助ける気も心配する気もゼロで、乾いた地面で昼寝モードに入っていた。
「お。血に反応してリバーファングが集まって来たぞ」
ギルバートが河面を指差す。
ピラニアのような獰猛な魚たちが、しぶきを上げて群がっていた。
「さあ、あれはどうやって倒す?」
水中では勝ち目がない。
噛まれたら一たまりもないわ。
なら——。
私は水面ギリギリに立ち、近づいてきた魚を片っ端から拳で殴りつけ、岸へと叩き出した。
バチン! と豪快な音を立てて、銀色の魚が陸に放り投げられる。
気絶して動かないものは回収し、まだ跳ねているものには容赦なくとどめの一撃を叩き込んだ。
「……なんちゅう戦い方しやがる」
「普通、魔法とか使うだろ」
「私、魔法使えないの」
「「は?」」
「だから、使えないのよ。……文句ある?」
湿った髪をかき上げる私を、二人の屈強な冒険者は、何とも言えない複雑な表情で見つめていた。




