第四十六話 師匠の優しさ
ギルドの重い扉を押し開けると、そこにはサンティールとは比較にならないほどの「圧」があった。
広々としたホールには、一目で手練れだと分かる冒険者が何人もたむろしている。
見慣れない顔の私に向けられる視線はどれも不躾で、品定めをするような鋭さがあった。
(……この感じ、前にもあったわね)
けれど、ここでは「惨殺者」という私の二つ名を知る者はいないようだった。
王都のギルドともなれば、地方の新人冒険者の噂など、吐いて捨てるほどいる有象無象の一つに過ぎないのだろう。
どちらかというと、私より目立っているのは隣のクロだった。
「……おい、あの従魔、影豹じゃねぇか?」
「あぁ? 影豹なんて珍しいもんが、こんなとこにいるかよ」
「あんなデカくて真っ黒な猫科の魔獣、影豹ぐらいしかいねぇだろ」
……エイヒョウ?
クロの種族名、エイヒョウって言うのね。
珍しい種族だったんだ。
さすが王都、そこかしこに質の高い情報が転がっているものだと感心しながら、私は受付へと向かった。
幸い、今回は絡まれることもなく、すんなりと手続きを終えることができた。
だが、期待していた子供たちの情報は得られなかった。
ヴァルグリムでの水質汚染や環境異変の報告も、現時点では入っていないという。
(……でも、何かは起きているはず)
受付嬢の話では、グランヴェルでも漁獲量が落ちてきており、リーヴァ河の調査が始まっているらしい。
水棲魔獣の出現報告も増えているという。
ここでも少しずつ、静かな異変の波が押し寄せているようだった。
「気持ちを抑えないと……。焦っても良いことはないわ」
感情的になって失敗した、あの日の二の舞にはなりたくない。
私は手をぎゅっと握りしめ、自分を落ち着かせるために併設の食堂へ向かった。
「さあ、クロ。ご飯にしましょう。何食べた……い……?」
横を見ると、いるはずのクロがいない。
どこ行きやがった、あのご隠居。
キョロキョロと探していると、クロは食堂の一角、一番落ち着きそうな空き席をすでに見つけて陣取っていた。
「……ま、保存食ばかりだったものね。まともな食事、楽しみよね」
苦笑しながら席に着く。名物だという魚料理と、クロ用の肉料理を注文した。
届いたのは、野菜の旨味が凝縮されたアクアパッツァのような一皿だ。
香草の香りが鼻を抜け、一口食べれば塩味の奥にある出汁の深みが体に染み渡る。
「おいしい……。やっぱり温かいものはいいわね」
ふと見ると、クロは骨付き肉に豪快に齧り付いていた。
「これ、魚も結構いけるわよ?」
少しほぐして皿に分けてやると、クロは一口で平らげ、中々どうして悪くない、といった様子で少し目を見開いた。
「ふふん、美味しいでしょ」
私が作ったわけではないけれど、何だか誇らしい気分になる。
そんな和やかな食事を破ったのは、あのドスの効いた声だった。
「よう、なんか良い依頼はあったかよ?」
振り返ると、ヤギの獣人——ガムがいた。
「あ、ガムさん。さっきはありがとうございました」
挨拶をする私に、ガムの後ろから数人の冒険者がついてくる。
「あぁ!? お前、ガムに案内させたのかよ!」
「あはは! すげぇな、腹が据わってやがる!」
「それだけじゃねぇぞ、こいつ、俺に掴みかかってきやがってよ!」
「マジかよ! 命知らずだな!」
ガムのパーティメンバーだろうか。彼らは口々に笑いながら、私を興味深げに見つめていた。
「あ、どうも。ミサキと言います」
立ち上がって会釈をすると、彼らは少し意外そうな顔をした。
「冒険者にしちゃあ、礼儀正しいな……。訳ありか?」
「いえ……息子を二人、探しているだけです」
「拉致か?」
「……いえ、ちょっと逸れまして」
歯切れの悪い回答しかできない。
異世界から来ましたなんて、口が裂けても言えないからだ。ガイルさんのようなお人好しばかりではないだろうし、余計なリスクは冒せない。
「ふーん……。なぁ、お前、ガイルの知り合いか?」
不意に、大柄な男が問いかけてきた。
「え!? が、ガイルさんのこと、ご存知なんですか!?」
「昔、パーティを組んでたことがあってな。最近連絡が来たと思ったら、黒髪黒目のガキの情報を探してくれって言ってたからよ。まさかと思ってな」
ガイルさんの顔が脳裏に浮かび、目頭が熱くなる。
あの人は、こんな遠い都の知人にまで連絡を回してくれていたのだ。
男はギルバートと名乗った。
タンク職らしい筋肉質の巨躯。
なるほど、あのアタッカーのガイルさんの背中を守っていたのは、この人だったのか。
「ガムさんは、ガイルさんとはパーティを組んでないんですか?」
「俺は最近こっちに来たからな。フリージア王国は人族至上主義だろ。獣人は肩身が狭いから、あまり寄り付かねぇんだよ」
「確かに……見かけませんでした」
「獣人の多くは、ラグナヴァルトかドグラ高地にいる。国によって事情が色々あるんだよ」
ガムの言葉に、私は改めてこの世界の広さと、そこに根ざす複雑な事情を思う。
異世界にも、歴史があり、対立があり、そして見えないところで繋がっている温かい「縁」がある。
ガイルさんが繋いでくれたこの縁が、今の私には何よりも心強かった。




