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神は愛を知らない 〜チートなし40代主婦。姿なき我が子を捜して突き進む異世界生存譚〜  作者: 忠犬
第三章 母の迷いと、黒き相棒〜旅立ち編〜

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第四十一話 神々の嘲笑


「フリージア王国全土の地図をください!」


サンティールのギルド受付に、私の怒鳴り声に近い叫びが響き渡った。

一瞬にして周囲が静まり返る。

投げ飛ばされた大男の件もあり、「あのスローターがまた暴れているのか」という視線が突き刺さるが、今の私にはどうでもよかった。


「か、かしこまりました……」


引き気味の受付嬢から銀貨一枚で地図をひったくるように受け取り、カウンターに広げる。



挿絵(By みてみん)


指が震える。

地図の西、リーヴァ河の上流にヴァルグリムがある。だが、そのさらに奥は険しい山脈だ。


(山で何かあったの? それとも、あの子たちが汚染された水を飲んで……)


「喘息が出たらどうしよう。お腹を壊して寝込んでいたら? 助けを呼ぶ声も届かない場所だったら……!」


悪い想像が止めどなく溢れ、呼吸が浅くなる。

地図を握る指先に力が入りすぎて、紙がミシリと悲鳴を上げた。


「——おい。……おいっ!!」


鋭い声にハッとして顔を上げると、そこには昨日の大男、バッシュが立っていた。


「大丈夫かよ? 顔色が真っ青だぞ」

「……ええ、少し考え事をしていただけよ」

足早に去ろうとする私を、彼が引き留める。


「ちょっと待て。……昨日は、悪かったな。ちぃっと飲みすぎててよ」

バッシュは気まずそうに頬を掻き、食堂の隅を指差した。

「詫びに一杯奢らせてくれ。あっちに俺の仲間と、王都から来た情報屋もいる。……あんた、子供を探してるんだろ?」

その言葉に、私は弾かれたように食い付いた。

「……! 何か知っているの!?」



案内された席には、昨日の冒険者たちと、深くフードを被った男——セルが座っていた。


「……十歳と八歳の男の子ですね。お兄さんの方は、左目の下に小さな痣がある」

セルのその一言で、私の理性が吹き飛んだ。

「知ってるのね!? どこにいるの!?」

「彼らはヴァルグリムにはいません。あそこは今、水が毒に侵されている。賢いお兄さんの方はそれを見抜き、南東の『エルドラン』という村へ避難しました。地図にも載っていない、湧き水の豊かな小さな隠れ里です。今すぐ向かわないと、また移動してしまうかもしれませんよ」


エルドラン。

地図にない村。

そこへ行くには、まずリーヴェルに行き、南へ下ると教えてもらう。

普通なら疑うべき言葉も、今の私には救いの福音にしか聞こえなかった。



「ありがとう……! 本当に、ありがとう!」


私は買い出しのことも忘れ、脱兎のごとくギルドを飛び出した。

宿の部屋に駆け込むなり、私は手当たり次第に荷物をまとめ始めた。


「クロ! 起きて、すぐに出発するわよ! 行き先は南東、エルドランよ!」


寝ていたクロが、飛び起きて私を凝視する。

そして、私がまとめようとする荷物を踏みつけ、低く、重い唸り声を上げた。

その瞳は、南東ではなく、明らかに西——ヴァルグリムの方角を指している。


「……どいて! 時間がないの! あそこは毒が出てるのよ! あの子たちが病気になったらどうするのよ!」


パッキングをする私の手は、自分でも制御できないほど激しく震えていた。

着替えも、食料も、まともに袋に収まらない。

焦れば焦るほど指先がもつれる。

クロは動かない。

それどころか、私が履こうとしたブーツをガブリと噛んで、強引に引き剥がそうとした。


「やめて! 放してよ!」

「ガルル……ッ!」


これまでに見たこともないような、拒絶の意思を込めた咆哮。


「……なによ。あんたには、母親の気持ちなんて分からないわよね!」


叫んでから、自分でも驚くほど冷たい声が出たことに気づく。

けれど、止まれなかった。


「もういいわ! あんたはここで一生寝てなさいよ!」


私はクロを突き飛ばし、最小限の荷物だけを掴んで部屋を飛び出した。

後ろで、クロが悲しげな声を上げた気がしたが、振り返る余裕なんてなかった。

宿を出て、東の門へと急ぐ。

市場には相変わらず瑞々しい野菜や果物が並び、甘い匂いを漂わせている。

けれど、さっき聞いた「汚染」の噂が、私の感覚を完全に狂わせていた。


(……甘ったるくて、吐き気がする)


あんなに美味しそうに見えたポムの実の香りが、今は死を隠すための腐臭のように感じられる。

瑞々しい緑の葉は、毒を吸って無理やり肥大化した不気味な造花に見えた。


「早く、早くここを出なきゃ。あの子たちのところへ行かなきゃ……!」


私は逃げるように東門を駆け抜けた。

門番の怪訝な視線も、背後に広がる豊かな農業都市の喧騒も、今の私には遠い世界の出来事のようだった。






「——ひゃははは! 見たか、今の顔!絶品だね!」

「愛する息子を思うあまり、唯一の相棒を罵倒して飛び出すとは。実に滑稽だ」


静まり返ったギルドの片隅で、セルは虚空を仰いでいた。

彼の瞳は、人間にはありえない黄金色に輝いている。

神々にとって、この世界は退屈を紛らわせるための劇場だ。

ミサキが絶望し、焦り、判断を誤るたびに、天界からは賞賛の拍手が送られる。


「次はどうする? 準備不足で飛び出した彼女が、雨の中で泣き崩れる姿が見たいな」

「お安い御用だ」


神の一柱が指を鳴らす。

サンティールの東門を出て、リーヴァ河沿いをひた走るミサキの頭上に、不自然なほどの厚い暗雲が急速に集まり始めていた。

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