第三十六話 夜の掃除時間
相手は数名。
今の悲鳴と怒号を聞く限り、野盗たちもプロというよりは、混乱に乗じて暴れているだけの素人に毛が生えた程度に見える。
対して「四狼」の面々は、完全に腰が引けて無様に地面を転がっていた。
「……はぁ。あんなのでも、死なれたら寝覚めが悪いのよね」
私は地面から手頃なサイズの石をいくつか拾い上げ、深呼吸をした。
まずは、パニックを止めるのが先決だ。
私は死角を縫って、一番近くで商人の荷物を漁っていた男の背後へと忍び寄った。
ガイルさんに教わった、気配を殺す歩き方。
男が獲物を掲げて下卑た笑いを上げた瞬間、私は全力で石を投じた。
「――っ!」
石は正確に男の後頭部を捉えた。
「ぐぇっ!?」
と、情けない声を上げて男がよろめいた隙に、私は一気に距離を詰め、その膝裏を蹴り抜いた。
「な、なんだ貴様! どこから――」
「うるさいわね。夜はお静かに、って教わらなかった?」
倒れ込む男の首筋を、手刀で軽く突く。
それだけで、男は金縛りにあったように硬直した。
「おい、あっちだ! 女がいるぞ!」
仲間の異変に気づいた別の野盗二人が、錆びついた剣を振り回しながらこちらへ走ってくる。
私は冷静に人数を数える。ゴブリンの群れに比べれば、動きも遅いし、連携もバラバラだ。
突っ込んできた一人目の剣筋を、半身でかわす。
「遅い」
すれ違いざまに手首を叩き、剣を落とさせる。
そのまま、練習台にしていたウサギ革の袋をボコボコにした時の感覚で、相手の顔面に拳を叩き込んだ。
「ごふっ!」
鼻血を吹き出して倒れる野盗。
それを見たドゥラークが、情けない声を上げながら這い寄ってきた。
「あ、あんた……! 助けてくれ、こいつら魔法を――」
その言葉が終わるより早く、奥にいた野盗の一人が短い杖を掲げた。
「焼き尽くせ、火球!」
杖の先から放たれる、歪な形の火の玉。
以前、カエンキノコに襲われた私を助けるためにガイルさんが放った、あの魔法の光景が脳裏をよぎる。
あの時のような圧倒的な威力はない。
けれど、直撃すればただでは済まない。
「――っ!」
私は反射的に地面を転がり、火球を避けた。
熱風が頬をかすめる。
魔法……やっぱり、実戦で使われると怖さが違う。
けれど、ガイルさんの言葉を思い出す。
「魔法使いは発動の瞬間が一番脆い」と。
「クロ! ……って、まだ寝てるし!」
背後の岩場で丸まっているクロを恨めしく思いながら、私は再び石を握り込んだ。今度は一発じゃない。
両手に持った石を、立て続けに放つ。
一発目は火球を放った男の杖を、二発目はその眉間を狙って。
「ぎゃっ!?」
杖が弾き飛ばされ、男が顔を押さえてうずくまる。
その隙に、私は残りの野盗たちの足を払い、手際よく無力化していった。
殴る、蹴る、投げる。
ウサギ革の袋を仕立てた時の、あの泥臭い試行錯誤が、そのまま野盗たちを一人ずつ「掃除」していく。
……ものの数分で、静寂が戻る。
どうやら、この「狼」たちのメッキは、剥がれる以前に塗られてさえいなかったらしい。
私は溜息を吐きながら、手元の石を握りしめた。
転がっているのは、呻き声を上げる野盗たちと、それ以上に情けない姿で震えている「無敗の四狼」の面々だった。
「……これで全部かしら」
私は乱れた息を整えながら、商人の荷馬車からロープを拝借した。
放置して逃げられでもしたら、明日からの道中がまた不安で仕方ない。
私は野盗たちの手足を、とにかく力任せに縛り上げていった。
「ええい、動かないでよ! 解けたらどうするの!」
専門的な結び方なんて知らないけれど、とにかく何重にも、力一杯に結び目を作る。
生皮を剥いだ時と同じで、必死になれば意外とどうにかなるものだ。
唸り声を上げる男たちの手足を、棒切れでも縛るような無骨さで固定していく。
「あ、あんた……本当に何者なんだ……?」
ドゥラークが呆然とした声を上げたが、私は無視して黙々と作業を続けた。
最後に、火球を放った男が何か呪文を唱えないよう、布を丸めて口に押し込み、その上からボロ布で顔ごと縛っておく。
これで朝まで大人しくしているだろう。
「た、助かった……ありがとうございます、冒険者様……!」
震える商人に軽く会釈をし、私はようやく岩場へと戻った。
そこには、今しがた起きたかのような顔で、あくびをしながら前足で顔を洗うクロの姿があった。
「……いいご身分ね。おかげで一仕事だったわよ」
私がジロリと睨むと、クロは「ふん」と鼻を鳴らし、何事もなかったかのように私の足元に身体を擦り付けてきた。
私は呆れを通り越して笑い、ウサギの革を被り直した。
「……さて。明日の朝、あの狼さんたちがどんな顔をするか。せいぜい今のうちに、言い訳でも考えておくことね」
夜の街道に、今度こそ本当の静寂が訪れた。




