第三十五話 頼りない狼たち
「止まれ! 貴様、何者だ!」
剣を抜いた三人の男たちが目の前に飛び出してきた。
隣のクロが低く唸り、一瞬で辺りの空気が凍りつく。明らかに実戦慣れした「臨戦態勢」だ。
「魔獣か!?」
「いや、従魔だろう……あんな個体見たことないぞ」
「おい、女! お前、冒険者か?!」
私は反射的にクロの前に立ち、彼を男たちの視界から隠すように遮った。
というより、男たちをクロの視界から隠した、と言うほうが正しいかもしれない。
彼が本気になれば、この場の全員が無事では済まないからだ。
「そうです。ギルドカードを確認しますか?」
「よこせ」
「嫌です。引ったくられたら困ります。提示するので、少し下がって見てください」
「しのごの言わずに、出しやがれっ!」
男の一人が色めき立った瞬間、横転した馬車の影から一際大きな男がぬっと現れた。
「おい、やめろ。……すまねぇな。いま気が立ってんだ。俺たちゃ冒険者パーティで、『無敗の四狼』ってんだ」
「はぁ、どうも。私はミサキです。こっちはクロ」
私の紹介に、クロは「ふん!」とそっぽを向き、尻尾を床にぺしんぺしんと叩きつけている。
相当、ご機嫌斜めのようだ。
「それより、何かあったんですか?」
「ああ。俺たちゃ護衛の最中だったんだが、目を離した隙にやられたんだ」
(……護衛が目を離しちゃダメでしょ)
心のツッコミは深くしまい込み、私は努めて愛想よく情報収集に励んだ。
「大変ですね……。ゴブリンの仕業ですか?」
「いや、この荒らされ方は……人じゃねぇかと思ってんだ」
「街道沿いで最近襲われたって話の犯人は、魔獣じゃなくて、その人たちでしょうか?」
「たぶん、そうじゃねぇか?」
なんだか頼りない返事だ。
よくこんな人たちに頼んだものだと、依頼人らしき人物をチラリと見る。
馬車の横でガタガタと震えている、商人風の初老の男性がいた。
話を聞けば、野盗の噂に怯えた商人たちが金を出し合い、合同で護衛を雇ったらしい。
一日目は順調だったが、二日目の夕暮れ、野営の準備に気を取られていた隙に襲撃を受けたという。
逃げ足も早く、護衛が駆けつけた時にはもう姿はなかった……ということらしいが。
(全く、何のための護衛なんだか)
「あんた、今日ここで野営すんだろ?」
リーダー格の男――ドゥラークが言った。
「そのつもりですが」
「じゃあ、あんたも見張りやってくんねぇか?」
……は? なんで私が?
呆れが顔に出ていたのだろう、ドゥラークがさらに畳み掛ける。
「夜は物騒だろ? あんたも一応女だし、一緒にいたほうが安全だ。ついでに見張りだけやってくれりゃあ、こっちにも利があるじゃねぇか。な?」
「な?」じゃねぇよ、阿呆か。
「お断りします」
「……なんでだよ。悪い話じゃねぇだろ?」
「私は護衛の仕事を受けた覚えはありません。それに、自分の身くらいは自分で守れます」
私の返答に、取り巻きの男たちが一斉に顔を赤くした。
「は! 強がってんじゃねぇよ。ババァに何ができるって――」
私は言葉を遮るように、男をギロリと睨みつけた。
ガイルさんの下で死線を(主に訓練で)くぐり、ゴブリンを「掃除」してきた眼力だ。
「……っ!」
男が一瞬、気圧されたように後ずさる。
「てめぇ! ドゥラークさんの言うことが聞けねぇってのか!」
「ババァから先にやっちまいますか!?」
「やめとけやめとけ。どうせ後から泣きついてくるんだよ」
相手にするのも面倒だ。
私はその場を離れ、一団から少し離れた場所にある岩場へと向かった。
彼らから見えない裏手に回り、今夜の拠点にする。
「魔獣相手のほうが、よっぽど気が楽だわ……」
ポツリとこぼし、クロの首元を撫でる。
二人で干し肉を分け合い、寄り添って横になった。
今回は防寒にウサギの革を羽織ってみた。
クロに匂いを嗅いでもらって「お墨付き」はもらったけれど……。
(あれ、本当に『大丈夫』って意味よね? 違ったら大惨事よ)
ウトウトしかけた頃。
遠くから微かに、複数の足音が聞こえてきた。
「……野盗かしら」
クロも気づいているようだが、脅威と思っていないのか、あるいは単に起きたくないのか、寝たふりを決め込んでいる。
「全く……」
私は呆れてふっと笑い、岩場の影から様子を覗き込んだ。
見ると、荷馬車の後ろから音もなく数名の人影が乗り込んでいる。
見張りをしていたはずの「無敗の四狼」は――。
(……寝てる。あいつら全員で寝てんの!?)
呆れて物も言えないとはこのことだ。
その直後、静寂を切り裂くような悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
先ほどの荷馬車からだ。中の商人が起きてしまったのか、あるいは……。
「全く!」
私は吐き捨てるように言うと、死角を縫うように移動を開始した。
悲鳴で飛び起きた冒険者四人は、パニック状態で右往左往している。
「なんだ!?」
「敵か?」
「どこだ、探せ!」
襲撃者の数も武器も不明なまま、闇雲に突っ込むのは愚策だ。
魔法という未知の脅威がある以上、慎重になるべきなのに。
けれど「無敗の四狼」たちは、
「こっちだ!」
と、勢いだけで突っ込んでいった。
もしかして、実はめちゃくちゃ強いのかしら? と淡い期待を抱いて様子を見ていたが。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
「くそっ!」
「うわぁぁぁ!」
……聞こえてくるのは、無残な絶叫ばかり。
商人たちは慌てふためき、散り散りに逃げ出している。
私は溜息を吐きながら、クロの元へ戻り黒い毛玉を小突いた。
「ちょっと、クロ。起きなさいよ」
クロは耳をピクッと動かしただけで、薄目すら開けない。
それどころか「クゥ……」と寝息のような音まで立て始めた。
「……あ、そう。どうしても起きないわけね」
脅威ではないと判断したのか、あるいは単に私を試しているのか。
どちらにせよ、期待できないなら一人でやるしかない。
私は岩場の影で身を低くし、拳をギュッと握りしめた。




