第三十四話 見えない先の道
ラクトの町を出て、初日の夜。
かつてエルモ村を飛び出した時とは違い、今の私にはガイルさんに叩き込まれた知識と、この数ヶ月でついた筋肉がある。
手際よく薪を集め、火を起こし、街道から少し離れた視認されにくい場所に陣を取る。
クロは相変わらず、私が指示を出すまでもなく周囲の警戒を怠らない。
「……よし、これでいいわね」
腰を下ろし、火に当たりながら宿のご主人が持たせてくれた包みを開ける。
「おいしい……」
慣れたはずの野宿でも、一人(と一匹)で食べる食事はどこか味気ない。
けれど、ご主人の優しさが詰まった料理を噛みしめていると、孤独よりも「早く進まなければ」という使命感が勝る。
私は膝の上で、今の自分が持っている唯一の地図を広げた。
……描かれているのは、この先の「サンティール」まで。
その先、王都グランヴェルや目的地のヴァルグリムについては、記載がなく分からない。
「……やっぱり王国全土の地図にしとくべきだった」
あのときはお金がなく、ラクトの町周辺地図でとりあえず急場を凌いだ。
それが今、悔やまれる。
知らない土地へ、地図なしで突っ込むほど私は若くも無鉄砲でもない。
焦る気持ちを宥めるように、パチパチと爆ぜる焚き火を見つめる。
「サンティールに着いたら、まずは地図ね。……それから、あの子たちの噂。もっと詳しく、誰がどこで見たのかを突き止めないと」
情報の空白は、不安を呼ぶ。
けれど今の私には、守るべきあの子たちへと続く「確かな脚」がある。
私は短くなったナイフを握り直し、翌朝の出発に備えて目を閉じた。
翌朝、少し冷えた身体を擦りながら起き上がった。
「……やっぱり、明け方は冷え込むわね」
ウサギの毛皮をもう一枚、上から羽織って寝たほうが良さそうだと考える。
けれど、その毛皮は昨日カエンキノコを包むのに使ったものだ。
革には良くないけれど、毒を水で入念に流し、拭いて乾燥させた。
使っても本当に大丈夫なのだろうか。
目に見えない胞子や毒素が残っていたら……。
「ゼラさんに、念のために聞いておくべきだったわ」
今さらながらに後悔しても始まらない。
私は不安を振り切るように、保存袋から干し肉を取り出し、クロと分け合って朝食にした。
この干し肉は、ガイルさんに直伝された製法で作ったものだ。
「干し肉の作り方は基本こそ同じだが、味付けは人によって千差万別だ」と彼は言っていた。
ガイル流の干し肉は、驚くほど塩気が強い。
「冒険者は汗を大量にかく。汗をかきすぎた時に、いくら水を飲んでも眩暈が治まらなかったが、塩を舐めた途端に動けるようになったことがあってな。それ以来、塩分は多めだ」
……それ、完全に熱中症じゃない。
「熱中症」という言葉こそ知らないものの、命懸けの経験から正しい対策を導き出しているのだから、彼の生存本能には脱帽するしかない。
「さぁ、今日はガイルさんが言っていた水場まで行くわよ」
そこは飲用可能な湧き水が出るポイントらしい。
そこで野宿し、減ってきた水筒の水を補給しなければならない。
ひたすら街道沿いに南へと進んでいく。
道中、時折行商人や冒険者のパーティとすれ違うけれど、ラクトの町のように「遠巻きに怯えられる」ことはなかった。
せいぜい、隣を歩くクロの姿に驚いて目を丸くされるくらいだ。
(よしよし、流石にここまではあの物騒な噂も届いていないみたいね……)
少しだけ安堵の溜息を吐く。
昼休憩を短く挟み、あとはひたすら歩を進める。
今のところ、魔獣の気配もない。
宿のご主人が言っていた「街道で襲われた」という話は、一体なんだったのだろうか。
少し肩透かしを食らった気分だが、もちろん安全に越したことはない。
夕暮れ時。
オレンジ色に染まり始めた街道の先に、ぼんやりと人が集まっているのが見えた。
「あれが、水場かしら?」
近づくにつれ、そこが単なる水場ではないことに気づく。
数台の馬車が円を描くように停まり、その周囲を武装した護衛らしき男たちが、何やら殺気立った様子で見張っているのだ。
水場の近くには、荷物をぶちまけられた荷馬車が一台、無残に横倒しになっていた。
周囲に飛び散った荷物と、地面に染み付いた黒ずんだ汚れ――。
「……襲撃、の後?」
私が足を止めると、馬車の陰から剣を抜いた男たちが飛び出してきた。
「止まれ! 貴様、何者だ!」
鋭い怒声が飛ぶ。
クロが喉の奥で「グルル……」と低く唸り、一気に緊張が走った。
どうやら、平和な一人旅の時間は、早くも終わりを告げたようだった。
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