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神は愛を知らない 〜異世界に飛ばされた主婦が、それでも子供を探し続けた記録〜  作者: 忠犬
探すために、進む

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第三十二話 餞別のポーション


肩には即席の槍に貫かれたままのカエンキノコ。

脇には、ウサギの生皮を繋ぎ合わせた不格好な袋に包まれた、正体不明の蠢く「何か」。

自分でも、今の姿がまともではない自覚はあった。

けれど、町に戻る途中でそれは確信に変わった。

すれ違う町人、行商人、そして荒事に慣れているはずの冒険者たちまでもが、私を見た瞬間にギョッとして動きを止めるのだ。

中には、まるで触れてはいけない「悍ましいもの」を見るような目で、スッと道を開ける人までいた。


(……やっぱり、この格好まずすぎるわよね?)


いや、もしかしたらカエンキノコの毒々しい赤色のせいかもしれない。

そう、全部キノコのせい。

一縷の望みをかけ、私は逃げるように先を急いだ。

ふと横を見ると、いるはずの相棒がいない。視線を上げれば、クロは遥か前方、私と関わりがないと言わんばかりの涼しい顔でさっさと歩いていく。


「あの野郎、覚えとけよ……!」


町中に知れ渡っている目立つ漆黒の豹のくせに、今さら他人のフリなんて無理に決まっている。

薄情なパートナーへの毒づきを小声で漏らしながら歩く。

……周囲から見れば、血と泥にまみれた格好でブツブツと独り言を呟く女は、控えめに言っても狂気そのものだったのだが、今の私にそれを客観視する余裕はなかった。

ゼラさんの店に着くと、クロは既に入り口の前で「ようやく来たか」と言わんばかりに伏せをして休んでいた。


「……置いていくなんて、あんまりじゃない」


恨めしげな視線を投げつつ、脇に抱えた荷物を落とさないよう、無理やり腕でドアを押し開ける。


「シェリルさーん、ただいま帰りまし――」

言いかけた瞬間、奥からシェリルが文字通り「飛んで」きた。

慌てすぎて棚の商品を蹴飛ばし、ゼラさんに怒鳴られている。

相当、舞い上がっているらしい。

「どうでしたか!? 何匹捕れました!? って、それ生け捕りですか!?」

「いや、一応仕留めてますけど……」

「そうですか……残念です。生きている個体と死んでいる個体で毒の組成が変わるか確認できると思ったのですが!」

「はぁ……すみません」

なんとなく、申し訳ない気分になって謝ってしまった。

いや、私は悪くない。

危険なキノコを二体も狩ってきたのだから。


「こら! シェリル! まずは『ありがとう』だろうが!」

ゼラさんの雷が落ちると、シェリルはハッとして、何度も頭を下げた。

「すみません、ミサキさん! ありがとうございました! 怪我とかしてないですか?」

「いえ、大丈夫です。怪我はありません」

「そうですか、よかったです。」

シェリルがふっと力が抜けたように笑う。

一応、心配はしてくれてたんだな。



「……にしても、あんた」

ゼラさんが、私の格好をしげしげと眺めて鼻を鳴らした。

「そんな格好で林から帰ってきたのかい? こりゃあ……なんというか、**惨殺者(スローター)**って感じだねぇ……。その脇に抱えてる『何か』が、特に悍ましいよ」

「誰がスローターですか! 必死にパッキングした結果ですよ!」

ひどい見た目なのは自覚しているけれど、あまりに物騒な例えに思わず声を荒らげてしまった。


「そんなことより! さぁ、カエンキノコを奥へお願いします!」

促されるまま、私は店の奥へと足を踏み入れた。

案内された「毒草保管庫」は、独特の鼻を突く匂いが充満している。

ここへ泥棒に入ろうものなら、盗み出す前に毒気で命を落とすに違いない。

二体のカエンキノコを慎重に置くと、隣でシェリルが身を乗り出すようにして獲物を凝視し始めた。

「……どこから調べよう。やっぱり傘の部分? いや、まずは各部位の毒の強さを比較して……。いやいや、強さよりも各部位の毒の性質、成分の差異を特定するのが先か……」

シェリルの目は異様な光を放ち、喉の奥でブツブツと絶え間なく呟きが漏れている。

もはや私の存在など、彼女の視界には一ミリも入っていないようだった。

何度か声をかけてみたが、全く反応がない。


(……これは駄目だわ。完全に『あっち側』に行っちゃってる)


けれど、ふと考える。

元の世界でも、ペニシリンのような偉大な発見は青カビから始まった。世の中を変えるような真実を見つけるのは、きっとこういう、傍から見れば少し常軌を逸した情熱を持つ人なのだろう。

私は、聞こえているかも分からないシェリルに、「じゃあ、これで」と小さく声をかけ、カウンターで待つゼラさんの方を振り返った。


「ゼラさん、私そろそろ行きますね。本当にお世話になりました」

頭を下げ、店を出ようとしたその時だった。

「――お待ち。これ、持っていきな」

呼び止められて振り返ると、ゼラさんがぶっきらぼうに何かを差し出してきた。


それは、報酬の銀貨二枚と、透き通った赤い液体が詰まった小瓶……下級ポーションだった。


「え? 報酬は銀貨二枚のはずじゃ……」

「ギルドに依頼した分はね。でも、誰も請けてくれなかった仕事をあんたは二つもこなした。これは私らからのオマケだ」

「……ありがとうございます」

思わず、視界が滲んだ。

これまで何度もお世話になって、格安で薬も分けてもらったのに。

旅立ちの餞別に、あんなに高価で手が出せなかったポーションをくれるなんて。

「こっちも世話になったんだ。おあいこさ。……元気でやんなよ。また来な」

「……はい。本当にお世話になりました」

再度深く礼をして、店を出る。

外の冷たい空気が、熱くなった目元に心地よかった。溢れそうになる涙をぐっと堪え、私は住み慣れた宿への道を急いだ。

いよいよ明日。

私は、この温かい街を離れる。

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