第三十一話 泥々の試行錯誤
町を出てしばらく西へ進むと、次第に木々が密度を増し、湿り気を帯びた林へと風景が変わる。
手前の草原でもたまにカエンキノコは見かけるけれど、林の中の方が圧倒的に出現率が高い。
やはりキノコだけに、ジメジメした場所が落ち着くのだろうか。
「……いた?」
林に入って数分。
期待を込めて周囲を見渡すが、私の節穴のような目には、ただの枯れ木とシダ植物しか映らない。
対照的に、隣を歩くクロが「ふん」と鼻を鳴らし、迷いのない足取りで茂みの奥へと進んでいく。
「また負けた……。ねぇ、私に勝てる日は来るのかしら」
悔し紛れに呟くが、クロは「無理だな」と言いたげに尻尾を一振りしただけだった。
クロの誘導に従い、気配を殺して大きな木の陰からそっと覗き込む。
――いた。
鮮やかな赤色の傘をぴょこぴょこと揺らしながら、地面の何かを突っついているカエンキノコだ。
後ろ姿だけ見れば、童話に出てくるキャラクターのように愛らしい。
だが、あの傘の下には、見る者の気力を削ぐような凶悪な顔が隠れているのを私は知っている。
「さて、実験開始よ」
前回のヘマを教訓に、私は寝る間も惜しんで「安全かつ安上がりな駆除方法」を考えてきた。
第一の実験:投擲(石つぶて)
まずはコストゼロの石投げだ。
その辺に落ちている拳大の石を拾い、大きく振りかぶる。
「せぇーのっ!!」
びゅん、と風を切って飛んだ石は、カエンキノコの数センチ横を虚しく通り過ぎた。
「ぶはっ! ノーコン!!」
自分で自分に突っ込みを入れた瞬間、カエンキノコがこちらに気づいた。
あのギョロリとした目で私を捉えると、猛烈な勢いで跳ねながら突進してくる。
「やばいやばい! 次っ、二発目っ!」
スカッ。
「えぇい、当たれぇ!」
ごんっ!
三発目でようやく、石が真っ赤な頭に命中した。
キノコが一瞬のけ反る。
「やった!」
喜んだのも束の間、キノコはさらに怒りを燃え上がらせたようで、顔を真っ赤(元からだが)にしてスピードを上げた。
「効いてないの!? というか、余計に怒らせちゃった!?」
後ろで見ていたクロは、前足で顔を覆うようにして「何やってんだ、あいつ……」と本気で呆れているようだった。
第二の実験:即席・槍投げ
「次はこれよ!」
本物の槍は高いので、手頃な太さの枝を削り、先を尖らせて作った特製の「木の棒」だ。
一本しかないので、外せば後がない。
「結構近づいてきてる……当たれっ!」
ドスっ!
奇跡的に、槍の先端がカエンキノコの胴体のど真ん中を貫通した。
「やった! 討伐せいこ……って、えぇ!?」
貫通したまま、キノコがじたばたと手足を動かしている。
「動いてる……。しぶといわね、どうすればいいのよ、これ」
胞子を飛ばしたりはしないらしいが、このまま生け捕り状態で持ち帰る勇気はない。
結局、私は再び石を拾い、動かなくなるまでひたすら投げ続ける羽目になった。
……なぶり殺しているようで、非常に気分が悪い。
(こんなところを冒険者に見られたら、それこそ『なぶり殺しのミサキ』なんて悪評が確定しちゃうわ……)
何度目かの投石でようやく動きが止まったキノコに、私は思わず手を合わせた。
「ごめんね……。腕が悪いばかりに痛い思いをさせて」
もっと一撃で仕留められればいいのだが、やはり魔法が使えないのが痛い。
ガイルさんにも教わったが、そもそも「体内のエネルギー(魔力)」という感覚が全く分からないのだ。
「エネルギーに集中して、イメージを指先に流す」なんて言われても、普段使っていない筋肉を急に動かせと言われているようなもので、寝る前のイメージトレーニングも今のところ何の成果も出していない。
そんな私の感傷を断ち切るように、クロが鼻先で私の足を小突いた。
「あぁ、ごめんね。一体じゃ足りないわよね。次、探そうか」
またもや探索競争が始まるが、結果は惨敗。
クロが意地悪く「ふふん!」と笑ったように見えたのは、きっと気のせいではない。
第三の実験:ウサギ革の包み打ち
さて、次は一番手間をかけた「作戦」だ。
私はバッグから、大量のウサギの革を鞣して繋ぎ合わせた不格好な「防護袋」を取り出した。
見た目は継ぎ接ぎだらけだが、隙間がないように必死に縫い上げた自信作だ。
まずは石を投げて注意を逸らす。
カエンキノコが石の方を向いた瞬間、私は全力で走り、その背中に向かって人生初のドロップキックをかました。
「えいっ!」
吹っ飛んだキノコが立ち上がるより早く、ウサギ革を被せて上から馬乗りになる。
「逃がさないわよ!」
革越しに、的確に頭を狙って殴りつける。一発、二発、三発!
殴る、殴る、殴る!!
……ついに、革の中の抵抗が消えた。
そのまま革で包み込み、中身が漏れないように縛り上げる。
さて、現在の私の姿。
肩には即席の槍に刺さったままのキノコ。
脇にはウサギ革に包まれた謎の物体。
……これ、見た目的には「毒殺魔」より「猟奇的」じゃないかしら。
私は重い溜息を吐きながら、クロを連れて薬屋へと引き返した。




