第三十話 マッドサイエンティストの正体
グランヴェルへの手がかりを掴んだ私は、休む間もなく出発の準備に取り掛かった。
まずは、なによりも「身を守るもの」だ。
これまでは普段着に近い格好で討伐に行っていたけれど、長旅になる以上、そうも言っていられない。
防具屋を訪れ、迷った末に硬質の革で作られた胸当てとガントレットを購入した。
「……うーん、ちょっと動きにくいけど、背に腹は代えられないわね」
鏡に映る自分の姿は、どこからどう見ても「冒険者」だ。
主婦だった頃の私が見たら、腰を抜かすに違いない。
次に必要なのは食料だ。
街道沿いでの野営に備え、私は連日森へ入り、ウサギを討伐しては宿の裏で手際よく干し肉へと加工していった。
ガイルさんからは以前、「次の街までは街道を外れるな。道なりに行けば、お前でも四日もあれば着くはずだ」と釘を刺されている。
ここから街道を南へ下り、サンティールの町に着く。
その後、リーヴァ河沿いの街道を西へ。
そうすれば王都グランヴェル、さらにその先には目指すヴァルグリムがあるらしい。
(……待ってて。お母さん、もうすぐ行くから)
出発を明日に控えた昼下がり、私は「お礼参り」としてお世話になった人たちの元を回ることにした。
私から渡せるものは少ないけれど、心を込めて作ったウサギの干し肉を抱え、まずは薬屋のゼラさんの店へ向かう。
「ゼラさん、これ。お世話になったお礼です。明日、この街を出ることにしました」
「おや、もう行くのかい。……まあ、あんたの目は最初からここには止まっていなかったからね」
ゼラさんは寂しそうに笑い、手土産を受け取ってくれた。
私はついでに、旅に必要な傷薬と毒消しの丸薬をいくつか買い足した。
下級ポーションも手に取ってみたけれど、そのあまりの高さに思わず棚に戻す。
「……やっぱり、ポーションはまだ贅沢品ね」
ため息をつく私を見て、カウンターの奥で薬草を刻んでいたゼラさんが、ふいに顔を上げた。
「そうだ、ミサキ。最後に一つ、個人的な依頼を受けてくれないかい? カエンキノコを数体討伐して、うちに卸してほしいんだよ。ギルドにも出してるんだが、手間がかかる割に実入りが少ないって、誰も請けてくれなくてね」
カエンキノコ……。
以前ギルドの掲示板で見た『毒の実験用、銀貨一枚』という、あの妙な依頼。
(まさか、あのマッドサイエンティストみたいな依頼、ゼラさんだったの……?)
私が複雑な表情でゼラさんを見ていると、店の奥から勢いよくシェリルが飛び出してきた。
「そうなんです、ミサキさん! ぜひお願いします!」
シェリルの目は、初めて会った時の控えめな印象とは打って変わり、どこか狂気じみたギラつきを帯びていた。
「カエンキノコのどこの部分が一番毒性が強いのか、部位によって効果が違うのか、あるいは毒抜きはできるのか……徹底的に調べ尽くしたいんですっ!」
息をつく暇もないほどのマシンガントーク。
キノコの毒について語る彼女の熱量は、もはや薬師の域を超え、未知を求める探求者のそれだった。
(……あぁ、なるほど。マッドサイエンティストの本体は、こっちだったのね)
ゼラさんが「やれやれ」といった様子で肩をすくめている。
カエンキノコには以前少し苦戦させられたけれど、今の私にはガイルさんの指導と、ゴブリン戦で培った経験がある。
「分かりました、シェリル。今から行って討伐できないかやってみます。前回ヘマしちゃったけど、ちょっとやってみたい討伐方法も思いついたし……。討伐できなかったら、ごめんね」
「本当ですか!? ありがとうございます、ミサキさん!」
満面の笑みで私の手を握るシェリルに見送られ、私は店を出た。
本格的な旅立ちの前に、もうひと暴れ。
「行くわよ、クロ。……最後の『大掃除』、手伝ってくれる?」
隣で尻尾を揺らす相棒と共に、私は慣れ親しんだ林へと、今一度足を踏み入れた。




