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神は愛を知らない 〜異世界に飛ばされた主婦が、それでも子供を探し続けた記録〜  作者: 忠犬
探すために、進む

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第二十八話 燻り出された十七体


翌朝、私は一人と一匹で林の深部へ足を踏み入れ、ついにターゲットの巣穴を特定した。

腐敗臭と排泄物が混ざった鼻を突く悪臭。

深呼吸一つするのにも勇気がいる場所だが、私は冷静に「掃除の段取り」を頭の中で組み立てていた。


クロが見つけ出した二つの通気孔を、巨大な岩と湿った土で完全に密閉する。

指先に食い込む泥の冷たさや、爪が剥がれそうな鈍い痛みさえ、今は覚悟を研ぎ澄ますためのスパイスに過ぎない。


「……よし。掃除を始めるわよ」


風上の入り口に積み上げたのは、ゼラさん特製の毒草を混ぜた枯れ葉の山だ。

火をつけた瞬間、目に刺さるような紫色の煙が猛烈な勢いで洞窟内へと吸い込まれていく。


「……っ、いっ……!」


布で口元を何重にも縛り、涙を流しながら大きな葉で煙を扇ぎ入れる。

自分の肺を焼かないよう、細心の注意を払いながら、私は毒煙を死神の鎌のように奥へと送り込み続けた。



やがて、洞窟の奥から「ギギッ!」「ギャアッ!」という、肺を掻き毟るような苦しげな悲鳴が響き始めた。

私はすぐさま、唯一残した「出口」へと回り込み、低く身を構える。


「……一人目」


飛び出してきた一体目が、視界を奪われた状態でよろよろと外へ踏み出した。

その無防備な顎を、下から突き上げるようなアッパーで打ち抜く。

ガツン、と脳を揺らす手応え。

ゴブリンは声も上げられずに崩れ落ちた。


二人、三人。

次々と這い出してくる個体は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにし、呼吸することさえままならない状態だ。


「せいっ!」


喉笛への手刀、こめかみへの正確な一撃。

一対多の乱戦に持ち込ませないよう、出口を「一点」に絞った作戦が面白いほどハマる。

それは戦闘というより、ベルトコンベアから流れてくる不良品を一つずつ間引くような、無機質な「作業」に近かった。

けれど、五人、十人と重なるにつれ、私の腕には鉛のような重みが溜まっていく。


「……はぁ、はぁ……まだ、なの……!?」


返り血で滑りそうになる足元を踏みしめ、重くなった拳を強引に振り抜く。

十二体目。必死に爪を立てて襲いかかってきた個体の手首を掴み、そのまま勢いを利用して背負い投げで岩に叩きつけた。

鈍い音がして、動かなくなる。

十五体目。

もはや煙の毒にやられ、体を痙攣させながら這い出してきた衰弱した個体が、私の足首を掴もうと細い腕を伸ばした。


「……中途半端に逃がして、後で逆恨みされるのは御免よ」



ゴキブリを一匹見つけたら、逃がさず仕留める。


それが、大切な家(場所)を守る主婦の鉄則なのだ。

私は迷いを断ち切り、その首筋に全体重を乗せた一撃を叩き込んだ。

最後の一体が倒れたとき、森にはまた不気味な静寂が戻っていた。


「じゅう……なな……」


自分で数えて、背筋が凍った。

普通の主婦が、一日のうちに十七もの命を奪ったのだ。


立ち上る紫の煙が渦巻く洞窟の中を確認したい誘惑に駆られたけれど、ガイルさんの教え通り深追いはせず、入り口を土で徹底的に埋め立てて火を完全に消した。

ギルドに戻り、血と泥にまみれた重い袋をカウンターに置いたとき、場が凍りついたのが分かった。


「……ゴブリン群生地の調査、及び間引き。完了しました」


血と泥にまみれた、ずっしりと重い袋をカウンターに置く。

袋の中身を確認したイルダさんの顔が、一瞬で凍りついた。


「……じゅう、なな……? ミサキさん、あなた……一人で、本当にこれを?」

「はい。逃げ道を塞いでから、燻り出しました。出てきたところを一体ずつ叩いたので、中にはまだ動けない個体が残っているかもしれませんが、気配はありませんでした。入り口の火は、土で完全に消してあります」


一気に説明する私を、周囲の冒険者たちがざわつきながら見守っている。

新米の女が、知恵と毒草で群れを壊滅させた。その事実に、場に緊張が走ったのが分かった。

イルダさんは震える手で帳簿を整えると、居住まいを正して私を真っ直ぐに見つめた。


「……ミサキさん、報告ご苦労様です。ギルドの調査職員を早急に派遣します。この報告通りなら、中に残党が残っていたとしても、昇格は確定です。では、確認ができ次第、Dランクへの昇格、手配させていただきますね」


その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れた。


「……ありがとうございます」


周りの視線には、驚きだけではなく、どこか畏怖のような色も混じっていた。

けれど、今の私にはそんなことはどうでもよかった。

ギルドを出ると、夕闇が街を包み始めていた。

隣で静かに待つクロの柔らかい毛並みに触れ、私は自分の汚れた拳をそっと隠すように握り直した。


(これでいい……。一歩、近づいたわよね)


肺の奥に溜まった泥のような息を、夜風へと吐き出す。

あの子たちの元へ辿り着くための、これが私の「実績」なのだと、自分に言い聞かせながら。

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