第二十四話 甘い誘惑と、魔女の店
ギルドへの道はもう体が覚えていた。
入り口をくぐると、朝から相変わらずの喧騒が迎えてくれる。
「あ、ミサキさん。おはようございます」
受付のイルダさんが私に気づいて声をかけてきた。
「薬屋さんから伝言です。薬草の確認が終わったので、追加報酬を取りに来てほしいそうですよ」
「本当ですか!?」
思わず声が弾む。
いくらかは分からないけれど、今の私には銅貨一枚だってありがたい。
場所を聞くと、先日行った革製品の店の近くだという。
あのあたりは冒険者御用達の店が集まっているらしい。
「すぐに行かれます? それとも依頼を見ていかれます?」
「少しだけ、ざっと見ていいですか?」
掲示板には新しい依頼が並んでいた。
「最近、肌寒くなってきたせいか、キノコ系の魔物が増えているんです。強くはないですが、不用意に近づくと怪我をしますから注意してくださいね」
イルダさんが注意深く指差したのは、炎のような形をした真っ赤なキノコだ。
「特にこの『カエンキノコ』。ヴァイパーより強い毒を持っています。触れるだけで火傷しますし、その傷は下級ポーションでは完治しません」
「触るだけで火傷……」
……え、どうやって倒せと? 基本的に「殴る・蹴る」しかできない肉体派の私には、相性が悪すぎる。
「情報、ありがとうございます」
掲示板を改めて見ると、カエンキノコの討伐依頼が出ていた。
『毒の実験のため、そのままの状態で持ち帰ること。報酬:銀貨一枚』
これ、安いの? 高いの?
そもそも毒の実験って何よ。
マッドサイエンティストの気配がぷんぷんするんだけど……。
教えてもらった薬屋を探して歩くと、少し怪しげな店構えに行き当たった。
「……ここね」
ドアを開けて声をかけるが、返事がない。
独特の、苦い薬草の匂いが鼻を突く。
クロは店内に一歩足を踏み入れるなり、露骨に嫌そうな顔をして外へ戻っていった。
入り口で待機するらしい。
店内を見渡せば、天井からは乾燥した薬草やヤモリのような何かが吊るされ、棚には奇妙な根っこが詰まった瓶が並んでいる。
(まるで中国の漢方薬局……)
「なにかお探しですか?」
「ひゃっ!?」
不意に声をかけられ、肩が跳ねた。
「あ、すみません! 声はかけたのですが、お留守かと思って……」
「ごめんなさいね。奥で作業してたんです」
現れたのは、二十代半ばくらいの華奢な女性だった。小さくて可愛らしい。
私がうっかり触れたら折れてしまうんじゃないかと、思わず距離を取る。
「あの……?」
「あ、いえ! 私はミサキと申します。追加報酬を受け取りにきました」
「ああ! あなたが!」
女性は目を輝かせて一気に距離を詰めてきた。
「素晴らしい品質でした! この辺の人は後のことを考えずに引っこ抜くから、根っこは傷むし次は生えないし、もう最悪だったんです! なのにあなたは……!」
止まらない。
情熱が溢れすぎていて、どう止めていいか分からない。
「おい、シェリル。お客が困ってるだろう」
奥から、黒いローブを纏った白髪の女性が現れた。
六十代くらいだろうか。
いかにも「魔女」という風貌だ。
「す、すみません。つい……」
シェリルと呼ばれた女性が、きまり悪そうに頭を掻く。
「この子が失礼したね。こっちに来な、お茶でも飲もう」
「あ、いえ、私は――」
「報酬の準備はできてる。ちょうどクッキーも焼けたところだ。食べるかい?」
「頂きます!」
食い気味に答えてしまった。
仕方ない。
この世界に来てから、甘いものなんて一度も口にしていないのだ。
仕方ない。仕方ないのだ!
「さぁ、おあがり」
案内されたテーブルに、お茶とクッキーが運ばれてきた。
「ふぉぉぉ……」
変な声が出た。
生姜の爽やかな香りと、蜂蜜の濃厚な甘い匂い。
朝の胃もたれなんて、どこかに吹き飛んでしまった。
「い、いただきますっ!」
サクッ、と小気味よい音。
「……うまぁぁぁ……!」
糖分が体に染み渡り、感激で体が震える。
「気に入ってくれたようで何よりだ。あたしゃゼラフィーネ。みんなゼラと呼んでる」
「ゼラさんが指名依頼を?」
「ああ。あんたのおかげで助かったよ。ほら、追加報酬だ」
差し出されたのは銀貨二枚。
「そんなに!? ありがとうございます!」
「行商から買うよりずっと安上がりさ。気にするんじゃないよ」
ホクホクしながらお茶を楽しんでいると、ゼラさんが真剣な顔で身を乗り出した。
「……で、相談なんだが。ギルドを通さず、直接うちに卸してくれないかい? その分、手間賃を引いて薬を安く売りたいんだ」
シェリルさんも「高くて買えない人もいるから……」としょんぼりしている。
「ですが、安売りしすぎると市場が混乱しませんか?」
「へぇ、冒険者のわりに頭が回るね」
脳筋呼ばわりされることが多い私には新鮮な褒め言葉だ。
「冒険者には割高で売る。貧しい人には安く、あるいは物々交換さ。それでバランスを取る」
なるほど、考えがあるらしい。
「……ギルド的にはどうなんでしょう?」
「推奨はしないが禁止もしてない。グレーゾーンだね」
これは私一人で判断するのは危なそうだ。
「すみません、まだ駆け出しなので、仲間に相談してからでもいいですか?」
「構わないよ。いい返事を待ってる」
席を立とうとした時、ゼラさんが小さな包みを差し出してくれた。
「外で待ってる子に渡しな。待ちくたびれてるだろう」
「いいんですか?」
お礼を言って店を出ると、案の定、クロがふてぶてしく伏せていた。
尻尾をぺしぺしと地面に叩きつけている。
「クロ、お待たせ。クッキーもらったわよ」
声をかけると、「仕方ない」と言わんばかりに起き上がり、スタスタと歩き出した。
「あ、ちょっと、待ってよ!」
ふふっと笑いながら、私はツヤツヤの黒い背中を追いかけた。




