第二十一話 減っていく銀貨と、増えていく希望
ガイルは昼から依頼があるらしく、食堂を出たところで別れた。
「死ぬなよ」
いつもの一言だけ残して、さっさと行ってしまう。
「はい」
見送ってから、ふぅと息を吐く。
「……さて、行こうかクロ」
隣を見ると、クロは既に準備万端といった様子でこちらを見上げていた。
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風が抜ける。
昼の草原は、朝よりも少しだけ空気が重い。
「ゴブリンも狩りたいし……」
歩きながら呟く。
「クロのご飯も確保したいしね」
ちらりと横を見る。
「ねえ、クロ。何の肉が好きなの?」
返事はないと分かっていても、聞く。
クロは一瞬だけこちらを見るが、それだけだ。
すぐに前を向いた。
「……だよね。困ったなぁ……」
少し考える。
「まぁ、適当に狩って、その中から選んでもらえばいいか」
それが一番早い気がした。
最初に見つけたのはヴァイパーだった。
草の中を滑る影を、気配を殺して追う。
牙が開く。
毒が来る――!
半歩だけ体をずらし、噛みつきが空を切った瞬間、拳を叩き込んだ。
ぐしゃり、と鈍い音。
骨の硬さが拳越しに伝わり、蛇は一撃で動かなくなった。
続いて、草陰から飛び出してきた一角ウサギ二匹。
速いが、動きは直線的だ。
一匹目を横から打ち抜き、二匹目が着地する瞬間を狙って地面に叩きつける。
「……よし。次」
さらにゴブリン二体。
一体は棍棒を持っていたが、今の私には遅すぎる。
避けて懐に入り、腹に一発。
もう一体の顔面に右ストレート。
「……ふぅ。問題ないわね」
その時、ガサガサと今までとは違う不気味な音がした。
「……ん?」
草の動きが、今までの魔獣と少し違う。
注意深く見ていると――
「……でか」
思わず声が出た。
バッタだ。
いや、バッタの魔獣。
四十センチはある。
脚が異様に長い。
節が、やけに目立つ。
「……ちょっとキモい」
素直な感想が出た。
歳を重ねると、段々虫系が苦手になってくる。
…なんでだろ?
ぴょん!と跳んでこちらに向かってきている。
跳ぶ瞬間の脚に力が溜まる一瞬を見切り、真正面から拳を叩き込む。
「ごきっ」
と乾いた音がして、巨体はあっけなく動かなくなった。
「……終わり?」
あっけない。
少し拍子抜けする。
「これ……食べれるのかな……」
つん、と足でつつく。
「素材……には、なりそうだけど」
よく分からない。
とりあえず、持っていくことにする。
少し開けた場所に、獲物を並べる。
ヴァイパー
一角ウサギ一匹
バッタ
「クロ、ちょっと来て」
クロがスタスタと足取り軽く近づいてくる。
「どれ食べたい?」
指をさして聞いてみる。
一瞬の間。
そして——
迷いなく、一角ウサギへ。
「……やっぱり。まぁ、そうよね……」
苦笑が漏れる。
ヴァイパーは食べるところが少なそうだし、
バッタは……うん。
食べにくそうだ。
そもそも、バッタを食べてる様を見たくない。
クロは、倒れているウサギの首元に口を伸ばした。
そして——
がぶり、と首根っこをくわえる。
そのまま、ぐいっと持ち上げた。
「……あ、持ってくの?」
声をかけるが、離さない。
しっかりと噛んだまま、こちらを見る。
その目は、どこか得意げにも見える。
「……焼いたほうが好きなのかな?グルメなのね」
微笑みながら話しかけるが、クロは何も答えない。
ただ、くわえたまま、動かない。
離す気はなさそうだ。
「……はいはい」
もう一匹はバッグへ。
ヴァイパーとバッタも詰める。
ゴブリンの耳だけ切り取る。
「帰ろっか」
クロはウサギをくわえたまま、静かについてくる。
その姿が、なんだか少しだけ可笑しかった。
ギルドへ戻って、イルダのいる受付へ行く。
「すみません、買取お願いします」
バッグを下ろして、中身を出す。
ヴァイパー
一角ウサギ一匹
バッタ
そしてゴブリンの耳
クロは横で、まだウサギをくわえている。
「クロ、解体してもらって、肉だけ貰おう。皮とか骨は食べないでしょ?」
クロは仕方ないと言わんばかりの態度で、受付にウサギを置いた。
…なんだか可愛い
ふふっと笑みが溢れる。
「……また、随分と」
受付は苦笑する。
「今日はよく動きますね」
「はい、ちょっと……食費の節約?」
クロをチラっと見る。
本人はすまし顔である。
「あら、キングバッタですね」
「食べれるんですか?」
思わず聞く。
受付は少し考えてから、
「食べられなくはないですが……あまり人気はないですね」
「ですよね」
即答だった。
「素材としては一応価値はありますので、安いですが、お値段はつきますよ」
「お願いします」
「一匹、一匹は大したことないんですが、大群になると厄介で…。ギルドで大規模討伐依頼を出すほどなんです。」
「えぇ…。こんなバッタが大群で…」
キモすぎる。
イナゴの大量発生みたいなもんかな?
このサイズで起こったら悲惨だ…
そんなことを考えていると、査定が始まっていた。
クロはウサギをじっと見ている。
誰か取るとでも思っているのだろうか?
その様子に、少しだけ笑いそうになるのを堪えた。
今日も、ちゃんと稼げそうな様子に、少しだけ嬉しくなった。
ギルドの受付に並べられた素材を前に、査定が進んでいく。
「……状態、いいですね」
受付のイルダが感心したように呟く。
「特にウサギ。傷も少ないですし、処理も丁寧です」
「そうですか?」
「はい。これならしっかり値段つきますよ」
一つ一つ確認しながら、手際よく計算していく。
やがて顔を上げた。
「今回の買取と討伐報酬、合わせて——銀貨三枚と銅貨六枚です」
「おぉ……」
思わず声が漏れる。
ずしり、とした重み。
受け取った硬貨が、手のひらに現実を伝えてくる。
「ありがとうございます」
素直に頭を下げる。
「いえ、こちらこそ」
イルダは微笑んだ。
受付を離れて、少しだけその場に立ち止まる。
手の中の銀貨を、もう一度見る。
三枚。
銅貨が六枚。
「……稼げてる、よね」
ぽつりと呟く。
間違いなく、最初の頃よりは。
生きていく分には、問題ないくらいには。
——でも。
「……」
視線が落ちる。
これで、満足していいのか?
違う。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
探している。
ずっと。
あの子達を。
「……」
ぐっと、手の中の硬貨を握る。
顔を上げる。
決めた。
再び受付へ戻る。
「イルダさん」
「あ、はい。どうしました?」
少しだけ、言葉を選ぶ。
そして、真っ直ぐ見て言う。
「お願いが、あります」
「……?」
きょとんとした顔。
「前話してた、全国のギルドへ情報提供の依頼をお願いします」
「…お子さんのですね?」
「はい」
頷く。
言葉にすると、少しだけ喉が詰まる。
でも、止めない。
「特徴は後でまとめます。どんな些細な情報でもいいので……見かけた人がいたら、教えてほしいんです」
イルダの表情が、少しだけ真剣になる。
「……わかりました。前回お話した通り、銀貨五枚になります。」
「……」
一瞬だけ、沈黙。
銀貨五枚。
今、手の中にあるのは三枚。
でも——
「払います」
迷いは、なかった。
「前回の分もあるので」
イルダが小さく頷く。
「……かしこまりました」
手続きが進んでいく。
申請用紙に特徴を書き出す。
日本語で書いているつもりだが、よく分からない言語に変換されていく。
しかも、文字自体はよく分からないのに、日本語として理解できている。
不思議な現象だ。
子供達を思い出しながら、書き進めていく――
顔。
声。
仕草。
忘れるわけがない。
一文字、一文字に、力が入る。
「では、こちらで全国のギルドに通達します」
「お願いします」
頭を下げる。
「情報が入り次第、ご連絡しますね」
「……はい。よろしくお願いします」
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受付を離れ、財布の中を確認する。
さっきまでの重みが、ずいぶん軽くなっている。
「……はぁ」
思わず、ため息が漏れる。
あっという間だ。
稼いだと思ったのに。
すぐに消える。
「……ほんと、お金って」
苦笑する。
でも——
顔を上げる。
「……いい」
小さく、呟く。
「いいよ」
クロを見る。
クロは包んで、持ちすく紐を通してもらったウサギ肉二匹分を口に咥えている。
「その分、近づいた気がするから」
胸の奥が、少しだけ温かい。
確かなものじゃない。
保証もない。
それでも。
「……見つかるかもしれない」
その可能性が、今ここにある。
それだけで。
それだけで——
「……よし」
自然と、笑みがこぼれた。
「もっと稼がないとね」
やることは、変わらない。
前に進むだけだ。
クロが、じっとこちらを見る。
ウサギ肉をくわえたまま。
「……帰ろっか」
そう言うと、クロは静かに歩き出した。
その背中を追いながら——
ミサキの足取りは、さっきよりも少しだけ軽くなっていた。




