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神は愛を知らない 〜異世界に飛ばされた主婦が、それでも子供を探し続けた記録〜  作者: 忠犬
探すために、進む

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第十八話 教えられている側

ギルドに戻ったときには、ちょうど昼時だった。


入口をくぐった瞬間、熱と匂いが一気に押し寄せる。

ギルドに併設された食堂から漂う香り。


焼いた肉の香ばしさ。

煮込みの甘辛い匂い。

パンの焦げる匂い。


「……」


ただ、ほんの一瞬だけ。

あの、湿ったような臭いが頭をよぎる。

喉の奥がひくついた。


「行くぞ」


ガイルがそのまま食堂の方へ歩いていく。


「あ、はい」


慌てて後を追う。

クロも、当然のように横についてくる。

視線がクロの方へ、ちらほらと向く。

けれどもう、露骨に避けられることはなかった。


空いている席に座る。

木の椅子が、ぎしりと鳴った。

適当に料理を頼み、しばらくして運ばれてくる。


皿の上の肉を見て——


「……」


少しだけ、手が止まる。

ぐしゃり、と潰れた感触が、指の奥に残っている気がした。

気のせいじゃない。

まだ、残っている。


「食わねぇのか」

「……食べます」


フォークを取る。

一口。

咀嚼する。


……大丈夫。


ちゃんと、肉の味がする。

さっきのものとは、違う。

当たり前なのに、妙に安心する。

クロはいつも通り、焼いた肉に齧りついている。



「で」


ガイルがパンをちぎりながら言う。


「今日の動き、どう思った」

「どう、って……」


少し考える。


「ヴァイパーは、なんとか……」


毒の感覚を思い出す。

じわじわと広がる、あの嫌な重さ。


「ゴブリンは……やりにくかったです」


正直に言う。


「見た目もそうですけど……」


少し言葉を選ぶ。


「人に近い感じがして」

「だろうな」


あっさり返ってくる。


「最初は大体そうなる」

「やっぱり、そうなんですね」

「慣れる」


即答だった。


「慣れたくはないですけど……」

「慣れなきゃ死ぬ」


それ以上でも、それ以下でもない声音。


「……」


フォークを持つ手に、少し力が入る。


「さっきのは、いい経験だ」


ガイルは続ける。


「躊躇した状態で、どうなるか分かっただろ」

「……防戦一方でした」

「そうだ」


パンを口に放り込む。


「で、あのでか猫」


ちらりとクロを見る。

クロは骨付き肉に一生懸命、齧りついている。


「何してたと思う」

「……助けてくれましたよね」


後ろから来たゴブリンを、踏みつけて。

完全に押さえ込んでいた。


「半分正解だな」

「半分?」

「本気で助ける気なら、最初から全部潰してる」

「……」


言われて、思い出す。

あの動き。

速さ。

力。


確かに——

やろうと思えば、最初の一体も、後ろの一体も。

一瞬で終わっていたはずだ。


「じゃあ、なんで……」

「やらせてんだよ」


ガイルは淡々と言う。


「お前に」

「……」


「子供に狩り教えるときと同じだ。最初は手出ししねぇ。でも、死ぬラインは越えさせねぇ」


思わず、クロを見る。

クロはまだ肉に夢中で、顔を上げもしない。


「……そういうこと、ですか」


妙に、腑に落ちた。


怖いとは思わなかった。

むしろ、自分がそこまで「見守られていた」ことに、妙な安堵を覚えた。


「……見極めてたんだ。」


ぽつりと呟く。

どこまで動けるか。

どこで止まるか。


全部。


「だろうな。賢い個体だ」


ガイルは否定しない。


「……」

クロの背を、そっと見る。

守られている、というより。


試されている。


でも——


「……じゃあ、あのタイミングで助けたのは」

「死ぬと思ったからだろ」

「……なるほど」


すんなり納得できた。

変な話だが、嫌な気はしない。


「……ありがとうございます、クロ」


小さく言う。

クロの耳が、ぴくりとだけ動いた。

それだけだった。


「で」


ガイルが話を戻す。


「次の街行くなら、街道沿いだ。外れるなよ。魔物の密度が変わる」

「はい」

「あと、毒だ。毎回毒消し買ってたら金がもたねぇ」

「ですよね……」


あの苦さを思い出す。

顔が少し歪む。


「薬草、覚えろ」

「どれが毒消しなんですか?」

「あとで教える。似たやつ多いからな。間違えると死ぬぞ」

「……さらっと怖いこと言いますね」

「事実だ。次、採りに行くぞ」

「はい」


食事を終え、ギルドの受付へ向かう。


「買取をお願いしたいんですけど」


袋を差し出す。

ヴァイパーの牙と革。


それと——


ゴブリンの右耳。

袋越しでも、感触がわかる。

柔らかくて、妙に軽い。

見ない。

なるべく意識しない。



受付の職員は慣れた手つきで確認していく。


「ヴァイパー、状態いいですね。こちらは牙と革が買取対象で——」


「これは…ゴブリンの討伐証明の右耳ですね。では、こちらが買取と討伐報酬です」


金を受け取り、カウンターを離れる。


「……行くか」


ガイルに言われ、昨日の革製品の店へ向かう。

扉を開けると、店主が顔を上げた。


「お、昨日の——」


そして、ミサキのバッグを見て。


「……壊したのか」


呆れた顔になる。


「昨日買ったばっかりだろ」

「すみません……」


素直に頭を下げる。


「魔物にやられまして」

「まぁ、そうだろうな」


ため息をつきながらも、店の主人がバッグを受け取る。

「直せるぞ、これは」

「本当ですか?」

「ただし」


ちらりと棚を見る。


「グローブ、買うなら修理代はまけてやる」

「……」


視線を追う。

昨日見た革のグローブ。

手に馴染みそうな、しっかりした作り。


「……買います」


少しだけ迷って、頷く。


「よしきた!いい判断だ。手ぇ守るのは大事だからな」


店主がにやりと笑う。

グローブを受け取り、はめてみる。

革が、ぎしりと鳴る。

少し硬い。

でも、悪くない。


「使ってりゃ馴染む」

「ありがとうございます」


お金を払い、修理されたバッグも受け取り、店を出る。

宿に戻る頃には、日が少し傾いていた。

部屋に入り、着替える。

汚れた服を水で洗って、昨日買った石鹸を使ってみる。


「……なにこれ」


油っぽい匂いが立つ。


「くさ……」


思わず顔をしかめる。


「もうちょっとどうにかならなかったの……」


ぶつぶつ言いながらも、なんとか洗い終える。

一息ついてから、クロのいる馬房へ向かう。

中に入ると、クロが横になっていた。


大きな身体。

ゆっくりとした呼吸。


「……ただいま」


返事はない。

でも、耳がわずかに動く。

そのまま近づいて。

クロの腹のあたりに、顔を埋める。


温かい。

独特の猫らしい匂いが、毒消しの苦味や魔獣の死臭を上書きしていく。


「……落ち着く」


目を閉じると、拳に残っていた生々しい感触が、クロの体温に溶けて消えていくようだった。


そのまま、私は泥のように深い眠りへと沈んでいった。

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