第百六十六話 召喚と転移と魔法陣
「お前……いつまで笑ってるんだ?早く話を続けるぞ」
グヴィディオンは馬鹿にされたと感じたのか、若干苛立ったような顔をしていたが口には出さない。
横にはクロが控えていて、睨みを効かせているからだ。
「ミサキ!いい加減にしろ!子供が来ている可能性があるなら探さなきゃだろ」
セリスも少しばかり怒っているようで、二人とも似ていると言われたことがよほど嫌だったらしい。
「ごめんごめん。でも、気持ちが楽になった。ありがとう二人とも」
セリスとグヴィディオンは複雑そうな表情を浮かべて顔を見合わせていた。
「ねぇ、私もいくつか資料を読んだんだけど、異世界から飛ばされてくる人の共通点は見つけられなかったわ。年齢も種族もバラバラ。飛ばされる場所も世界中に散らばってて……。何か共通点とかないのかしら?完全にランダムなの?」
「それについてはまず、神が召喚したのか、人がやった召喚魔術なのか、転移なのかを分けないと駄目だ。」
「あぁ……確かに私、順に読んだだけで細分化してないわ」
私はしまったと顔を顰めて頭を乱暴に掻いた。
「神がやったと思われる召喚の特徴は、魔法陣が出ないことだ。人が召喚術を使うときは必ず魔法陣を使う。あと転移は自然災害だが、こちらも魔法陣が出現する。この魔法陣は毎回形が違うようだ」
「……チッ。じゃあやっぱり私のはバ神様がやったのね」
舌打ちして悪態をついている私を、ダークエルフ三人は呆気にとられて見ていた。
「ば、ばかみさま?」
アリアンさんは顔を引きつらせて私に聞いてきた。
「馬鹿の神様でバ神様よ。様なんてつけたくもないけどバ神だとよく分かんないし」
「な、何という不敬……」
アリアンさんは顔を真っ青にして、頭を抱えたかと思えば机にそのまま突っ伏してしまった。
「バカはお前だ!!神学を研究しておられるアリアン様の前でそんなことを言うな!」
「……私にとっては疫病神なのよ。バカ呼ばわりで済んで感謝してほしいくらいだわ」
私の顔を見た三人は一瞬体をビクッと跳ねさせた後、机に視線を移して何も言わなくなった。
「バカで済んでいるならマシだぞアリアン。こいつ、いつだったかうんこ呼ばわりしてたぞ」
ニヤニヤしながらクロが余計な暴露をした瞬間、アリアンさんは「ヒッ……」と小さく息を呑み、そのままスーッと白目を剥いて床へ倒れ込みそうになった。
慌てて私が支えたものの、顔色は完全に蒼白で、天井を見つめたまま固まっている。
「ア、アリアン様?!アリアン様、しっかりなさって下さい!!……おい!ベッドに運ぶぞ!手伝え!!」
「これくらいで気絶するとはな……。コイツを助手になんてよく考えたものだ」
フンっと鼻で笑うクロは、クレッテ茶の代わりに出されていた水を飲み、皿から器用にハーゼルの実を食べている。
私とグヴィディオンは、二人がかりでアリアン様をベッドへ運び、セリスが水で濡らした布を持ってきてアリアン様の額に乗せてくれた。
すると、アリアンさんは目をうっすら開けたかと思えば、暫くパチパチと瞬いて口を開けた。
「おぉ……。気持ちが良いですなぁ。はて……?私は先程まで皆さんとお話をしていたはず……」
「アリアン様!思い出さなくて大丈夫です!!それより今日はお休みになられては?分からないところはコイツらも個別に聞きに来るでしょうし、僕が分かる範囲で答えておきますから!」
「そうですか?そうしてくれると有難いですねぇ。では、お願いしますね」
「はい、お任せください!」
そう言ってグヴィディオンは、アリアンさんの部屋から「早く出ろ!!」と私達を追い出した。
「全く!アリアン様はダークエルフの中でも特に信心深い方なんだぞ!あんな言い方をするなんて……」
怒りを滲ませながら、荒々しい足取りで歩いていくグヴィディオンは、四階のある一室で足を止めた。
「ここが僕の研究室だ」
中へ入るよう促されて足を踏み入れると、本と羊皮紙で埋め尽くされた部屋が目に飛び込んできた。
壁一面の本棚に、机には無数の魔法陣が描かれた羊皮紙が広げられ、魔石や水晶、実験に使う器具が並んでいる。
壁には淀みから発生した転移の発生地点を記したであろう地図まで貼られていた。
「すごいわね……」
机にあった書きかけの魔法陣をじっと見ていると、後ろから叫ぶように声がかかる。
「触るなよ!間違って魔力が流れたら飛ばされるかもしれないぞ!!」
「うへ!そんなもの置いておくなよ……」
セリスは慌てて机から一歩下がる。
「ここの魔法陣は転移か召喚術なのよね?二つの魔法陣って似てるの?」
「似ているが、自然災害の転移陣をそっくりそのまま我々が使っても何故か起動しないんだ。恐らく力の差だとは思う。世界の淀みが爆発するときに現れるから、ガス抜きのような効果があるんだと僕は考えている」
「ふ〜ん……」
「さっきの話に戻るが、神がやっている召喚は神の力で無理矢理ねじ込んでいるにすぎない。だから世界の力の流れに歪みが生じる。一方で自然災害の転移は淀みが世界と世界の境界を不安定にするから起こる。その結果として巻き込まれた人が転移してしまうんだ。あとは召喚術師が行う方法は、その性質を利用して異世界召喚を行っている。不安定になった世界の境界に魔法陣で入り口をこじ開けるイメージだな」
「え……っと、つまり神様は世界のどこにでも召喚できて、召喚術と自然災害の転移は淀みの近くに飛ばされるの?」
頭をフル回転させて内容を整理するが、四十代の脳みそはオーバーヒート気味だった。
「そうだ。ただ、召喚術はある程度飛ばす場所の指定が可能なはずだ。上手くいかないことも多いが……。転移は淀みから淀みへ飛ばされていく。ただ、どの淀みへ行くかは分からない」
「……つまり、私の子供たちはこっちへ飛ばされてきている可能性は低いけど、来ているとすれば何処に飛ばされているかの予測は出来ないのね」
「これまでの記録を見れば、神によって召喚されたと思われる者の出現場所はバラバラだ。全く法則性がない。ある者は街の中。ある者は森。ある者は海に投げ出されたとまで記録にあった。メルケ様も法則性は見出だせてないのでしょう?」
「あぁ……。俺の場合は神託でこの辺に行けと指示があるが、どれも場所はバラバラだ」
「そう……よね。特定は無理か……」
私は大きくため息を吐き、書類が山積みにされた机から視線を外し、天井を仰ぎ見た。
(子どもたちがこっちにいない可能性が高いのは救いだけど……。万が一飛ばされていたら、世界中どこにいるか分からないってことね)
胸の奥がまたキュッと重くなるのを感じながら、私は冷たくなった自分の手先をぎゅっと握りしめた。




