第百六十七話 どれだけ時間がかかろうとも
召喚先の法則性は見出だせず、私はこれからどう動けば良いかを必死に考えていた。
「……子どもたちがこっちにいない可能性が高いなら、それは私にとって一番の救いよ。でも、確定したわけじゃない。もし日本で待ってくれているなら私が帰らなきゃいけないし……。万が一こっちに飛ばされていたとしても、一緒に連れて帰る方法がなきゃ意味がないじゃない」
私はぎゅっと拳を握りしめ、グヴィディオンを見つめた。
「大森林の廃神殿にあるっていう転移陣。それを調べれば、私たちがいた世界へ繋がる手懸かりになるかもしれないのよね? 」
「そうだな。何もしないよりはマシだろう。ここにも以前の資料はあるが、アリアン様も魔法陣は専門外だったために詳しくは調べておられないようだった」
「じゃあ、行くしかないわね」
私はクロと顔を見合わせ、どちらともなく頷いた。
するとセリスが私とクロの顔を交互に見て口を開く。
「私も着いて行くぞ!」
「セリス、流石に国を出るのは……」
「遊びじゃないんだぞ」
間髪入れずに私とクロに止められて、セリスは頬を膨らませた。
「セリス。タリエシンさんは首都まで案内しなさいって言ったんでしょ?大森林は……えーっと。……何処だっけ?」
クロに尋ねると、黙り込んで深いため息を吐いた。
セリスやグヴィディオンも「こいつ本気か?」という目で私を見ている。
「ちょっと!二人してその顔するの止めてよね」
「いや、大森林はすぐ隣の国にあるから……」
「流石にダークエルフで知らないやつはいないぞ……」
呆れたように言う二人に「あ、そうなの……?」と締まらないことを言う自分に、流石の私も大人の貫禄は皆無だと内心自分に呆れている。
「で、でも!隣の国だとしても、別の国へ行く旅はすごく大変なのよ?!大森林は危険な魔物も多いし、ダークエルフの国じゃないんだから!獣人の縄張りなのよ!」
(って、本に書いてたわ!!)
「……縄張りっていうか、まぁ獣人の国だし」
「……はぁ。お前、こっちに来てそんなに経ってないんだろ?地理も詳しくなくて当然だ」
可哀想なものを見るかのような目でグヴィディオンから見つめられた私は、もう大人の貫禄なんてその辺にポイ捨てした。
そもそも貫禄があったのかどうかも怪しい。
そんなことを考えている私を尻目にグヴィディオンは続ける。
「神殿があるのは、森林に覆われた獣人の国ラグナヴァルトの中だ。獣人の種類にもよるが、凡そ他の種族とも交流を持っている。中には攻撃的な種族もいるが、メルケ様がいらっしゃれば、まず攻撃されることはないだろう」
グヴィディオンは壁に掛けられた羊皮紙の地図を指さした。
そこには、ノクス=ヴェリアとの境界を越えた先に、見渡す限りの深い緑で塗られた広大な領域が描かれている。
グヴィディオンがクロに目線を移すと、クロは何だかちょっと誇らしそうに胸を張っている。
「……何で攻撃されないの?」
「え……。だって、メルケ様は影豹だぞ?」
本気で言っているのかと疑うような二人の目線が痛い。
「影豹だっていうのは知ってるわよ。クロが獣人の国で攻撃されないのと、どう関係してるの?」
「獣人の信仰対象だからだよ」
セリスが横から助け舟を出してくれた。
「へぇ〜。クロって信仰対象なんだ。クロがねぇ……。クロが……獣人族の信仰対象……。信仰対象ぉ?!!」
(えぇ?!なんで?!ダークエルフにも神様的に崇められてるのに、獣人にも?!強いから?昔はそこに住んでたとか?あ!!そういえばグランヴェルのギルドマスターのロルフさんが『ラグナヴァルトの奥深くで一度影豹を見たことがある』とか言ってたわね!)
昔の記憶を奥底から引っ張り出して考えを巡らせていると、グヴィディオンが話を続けていた。
「影豹は出産するときに大森林で出産するんだ。多産な上、大森林では捕食者の頂点にいると言っていいほど強い。これは獣人族からしたら最早神なんだよ」
「神と持て囃されても、別に嬉しくなんかないがな」
クロは否定しながらも、どこか得意げで口元の緩みは隠せていなかった。
「……そうなのね。う〜ん……。でも、セリスは成人してないから親の許可がないと駄目よ!」
「そ、そんなぁ〜!!」
セリスは眉根を寄せて目を潤ませているが、私はこれだけは譲れない。
「そんな顔しても駄目!着いてくるって言うなら、絶対エイノンさんの許可を取りなさい。親はいくつになっても子供が心配なのよ。ましてや成人前の可愛い娘なら尚更だわ」
セリスの肩に手を置いて、目線を合わせながら「分かるわよね?」と言うと、セリスは黙って頷いた。
「よし。じゃあ、出発は1週間後。それまでに許可を取るのよ。グヴィディオンは一緒に来てくれるのよね?」
「人族と一緒というのは気にくわな——くはないです!嬉しいなぁ!あははは!!……い、一緒に行ってやる!僕も一度詳しく調べたかったからな。メルケ様が一緒なら安心だ」
クロから唸り声を上げられてビビリ散らかすグヴィディオン。
いい加減学べば良いのに、頭が悪いのだろうかと少し呆れるほどだ。
(……少しずつ、前に進めてる……のよね?どうかどこかで無事でいて……。どうか、日本で無事に過ごしていて)
窓から差し込む陽光に目を細め、私は胸の前でぎゅっと両手を組み直した。
こちらに来ている可能性があるなら、探す他ない。
だけど、日本に無事でいてくれていても、私にはそれを知る術がない。
でも。
それでも。
やるしか無いのだと言い聞かせ、一歩一歩進むしかない。
どれだけ時間がかかろうとも。




