第百六十五話 重い鎖がゆるむ時
「痛い!!痛い!!!やめろ!何をするっ!」
そう言って身を縮めているシャーマンに私は近寄り、声をかけた。
「何って豆まきよ。私のいたところでは、こうやって邪気を払うのよ」
「邪気?!僕から邪気が出ているわけがないだろう!お前たち人族のほうがよっぽど——」
グルルル……
部屋に響くのはクロの威嚇音だ。
腹に響くような重低音のそれは、クロがかなり怒っているのを明確に表していた。
「折角助けてあげたのに、またそんなこと言って……」
私は大きくため息を吐いて「とりあえず座りなさいよ」と私が座っていた椅子を指さした。
しかし、その席はクロの隣だ。
「え、いや……あの……。この席は畏れ多くてとても……」
「なんだ、最近のダークエルフは礼儀を知らんな。俺の隣がそんなに嫌か?」
クロはあえていつもより低い声を出し、鼻には深くシワを刻んで話しかけた。
「ひぃぃ!いえいえいえ!!滅相もございません!メルケ様の隣なんて嬉しくて震えるほど恐悦至極に存じます!!!」
一気に背筋を伸ばして直立不動で必死のゴマすりを宣言した後、彼は右手と右足、左手と左足を一緒に出す変な歩き方で椅子まで行き、浅く腰掛けた。
私はというと、その間にハーゼルの実を一生懸命拾っている。
意外に飛び散ってしまって拾うのが大変だ。
……自分のせいだけど。
「いち、にぃ、さん、しー……あれ?一個足りない?」
「ミサキさん、あとで掃除するので大丈夫ですよ」
アリアンさんは笑って言ったが、そういう問題ではない。
「いえ、ちゃんと食べないと。食べ物を粗末に扱うのはちょっと……」
そう言って部屋の隅へ目をやれば、残り一個のハーゼルの実を見つけた。
「あった!」
ヒョイッと拾って息を吹きかけ、それをパクっと食べる様子を見て、みんなそれぞれ全く違う表情で見ていた。
「ミサキさん、お腹を壊しますよ……」
「全く!人族は卑しい——くはないですよね!あはは!!」
「ミサキ、そんなにお腹が減ってるのか?」
クロは若いシャーマンに睨みを利かせて唸っている。
「実の一つにも命があるんだから、ちゃんと食べないとダメでしょ?命を頂いてるのよ。それに私、食べ物でお腹を壊したことないのよね!」
武勇伝のように胸を張って自分の鋼鉄の腹を自慢する私に皆はポカンとしていたが、私は気にせず話を元に戻した。
「さぁ!“貧弱シャーマン君”!!大森林の神殿にある魔法陣は私が帰れたり、私の子供たちが何処へ飛ばされたのか分かるヒントになったりしない?!」
私は前のめりになりながら、期待に満ちた目で答えを待った。
「は?何だその“貧弱シャーマン”って!?まさか僕のことじゃあ——」
「早く話せ!」
「ひぃ!!と、とりあえず何の話かお聞かせくださいぃ!!!」
悪態をつく度にクロの指導が入り、部屋に悲鳴が響いている。
別に暴力を振るったりはしていないのだが、クロの威嚇音は私でも肝が冷えるので止めて欲しい。
「——と、こういうわけなんですが、グヴィディオンはどう思いますか?」
アリアンさんが事のあらましを説明してくれると、グヴィディオンと呼ばれた“栄養失調貧弱シャーマン”は、手を顎に当てて暫く考えているようだった。
「まず確認だが、人族のお前がこっちに来たときには魔法陣はあったのか?」
「見てないわ。事故に遭って、次の瞬間にはフリージアの草原にいたの」
「やはり神は無理矢理ねじ込んでいるのか?やり方が違いすぎて歪みが生じた?」
「あの……私、事故に遭ったときに子供たちと一緒にいたの。でも草原には私しかいなかった。だから、子供たちも巻き込まれてるなら探さなきゃいけなくて……。何処に行ったか見当がついたりしないかしら」
自然と手に力が入り、顔も強張った。
「……。正直なところ、分からない」
「……そう。そうよね……」
私は力が一気に抜けて、椅子にドサっと崩れ落ちるように座り込んだ。
「ただ一つ言えるのは、子供が巻き込まれた可能性は低いと思う」
「……え?」
頭を抱えていた私は、意外な答えに驚いて顔を上げた。
「今まで神から召喚された者は、必ず一度に一人だけだった。それも数百年に一人だ。神といえど、世界に干渉するのは容易くない。もしくは、容易いが世界が壊れるかのどちらかだと思っている。僕の考えは後者だが」
「つまり、私の子供たちは……こっちに来てない……?」
「その可能性は高いと思う。流石に三人もいっぺんにとなると、既にどこかにある歪みが爆発してそうだしな」
グヴィディオンは眉間に皺を寄せたまま、時折ぶつぶつと呟きながら、頭の中で何度も考えを組み立て直しているようだった。
(……日本に……無事で、日本にいてくれているのかもしれない……)
今まで胸の奥をギュッと締め付けていた重い鎖が、少しだけゆるんでいくようだった。
「そう……。そっか……。来てない。よかったぁぁぁ……」
肩の力が抜けて目に涙が溜まっていく。だが——
「可能性が低いだけで、ないとは言えないぞ」
その言葉で私の涙は一気に引っ込んでいく。
「あんた!!何でそんなこと言うのよ?!人の気持ち考えなさいよ!!」
セリスがグヴィディオンに掴みかかりながら怒鳴っているのを、私は慌てて止めに入る。
「セリス!グヴィディオンは意地悪で言ってるんじゃないわ!あくまで可能性の話をしてるのよ」
「そうだぞ!可能性がある以上、絶対とは言い切れない!だいたい……」
グヴィディオンは私の顔をチラリと見て重々しく口を開いた。
「その人族が子供を大事にしてることも、必死に探していることも分かる。そんな奴を、人族だからって騙したりなんかしない」
グヴィディオンは苦しそうに顔を歪ませていた。
神のやり方が気にくわないとでも言いたげだった。
「そう……か。悪かったよ……」
セリスは掴みかかった手を離し、椅子に座って項垂れていた。
「……。僕も悪かった。少し、言い方が悪かったようだ」
グヴィディオンは、セリスをチラリと一瞥して、ぶっきらぼうに謝罪した。
(なんだかこの二人、似てるわね……)
思わず顔が綻ぶのを感じ手で隠してみるが、肩の震えまでは隠せない。
「ミサキ?なんで笑ってるんだ?」
「変な奴だな……」
「お前らがよく似てるから面白かったんだろ」
クロがそう言うと、セリスとグヴィディオンは顔を見合わせて『はぁ?!こんな奴と?!!一緒にするな!!!』と、狭い研究室に声を揃えて響かせた。
完璧なシンクロを見せる二人を見て、私はお腹を押さえて笑い転げた。




