第百六十二話 召喚術式論と食堂の作戦会議
「いないじゃない……。何処に行ったのよ」
先程の“栄養失調貧弱シャーマン”も、アリアンさんも見つけられず図書館をウロウロしている。
他のシャーマンに声をかけたが、何故かみんな私を見た途端に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……何なのよ、もう」
この時は知らなかったのだが、さっき私にぶつかって因縁をつけてきた若いシャーマンを、私が引きずっていく姿が多くのシャーマンに見られていたらしい。
私だけ戻ってきていることに気づいた人達が、良くない妄想をして私から逃げ回っていたのだ。
「これはしらみ潰しに探すしかないのかしら……?」
しかし、先程言われたように他にも人族が研究室に入ることをよく思わない人は多いだろう。
ここは大人しく待つか、明日に持ち越すかだ。
「……とりあえず他の資料がないか見てみようかな。良いのがあれば明日まとめて聞けるもんね」
折角手がかりになりそうなものを見つけたのに、お預けを食らってしまった私は、少し肩を落として隅の定位置に戻った。
「……そういえば、あの子はいつの間にかいなくなってたけど大丈夫かしら?」
重要な手がかりを見つけてくれた精霊を探したが、何処にもいなかった。
「とりあえず続きから見ていくかな……。次は……召喚と魔法陣の研究書?」
(私に専門的な研究書が読めるかしら……)
一抹の不安が過ぎったが、読まないことには分からない。
私はそっと本を開いて読み進めていく。
『召喚術式論第一巻。召喚とは何か。
召喚とは、此方に存在せざるものを、此方へ招く術である。
されど、これは単に遠きものを引き寄せる術ではない。
術者と対象との間に存在する距離が、如何ほど大きかろうとも、同一の世界に在るものならば、他の魔術によってこれを呼び寄せることは可能である。
真に召喚が難しいのは、対象が此方とは異なる場所、異なる位相、あるいは異なる世界に存在する場合である。
世界と世界の間には境界がある。
その境界を越えて対象を招くには、まず境界に触れ、次に対象を定め、最後に此方と彼方を繋がねばならない。
これを私は異界接続と呼ぶことにした。』
「呼ぶことにしたって、これ……。召喚術の先駆者の研究書ってこと?」
私は驚いて研究書の表紙を改めてじっくり見た。
所々擦り切れていて、相当古い研究書であることは確かだ。
私はさっきの続きを鼓動が速くなるのを感じながら指でなぞる。
『接続を安定させ、術者の望む場所へ対象を導くために用いるものこそ、召喚陣である。
ゆえに、召喚陣を単なる魔力を流すための図形と考えてはならない。
一本の線には意味があり、一つの記号には役割があり、一つの空白にもまた意味がある。
召喚陣とは、魔力によって記された命令書であり、世界に対して示す道標である。
何を呼ぶのか。
何処から呼ぶのか。
何処へ呼ぶのか。
そして、何処までを此方へ引き寄せるのか。
その全てを正しく定めなければ、召喚は成立しない。
故に、召喚術を学ぶ者は、まず魔力の扱いを学ぶのではない。
「何を呼ぶのか」を定める術を学ばねばならない。
対象を定められぬ召喚は、ただの放浪する魔力に過ぎない。
そして、定めを誤った召喚ほど、恐ろしいものはない。』
「定めを誤ると何かが起こるってこと……?」
(放浪する魔力……。暴走するのかしら?魔力が雷みたいな物だとしたら、周りにいる人は感電して大変よね。下手したら死ぬこともあり得るってこと?)
自分に魔力がないせいで、魔力がどういうものか全く想像がつかない。
人間の神経は電気信号だから魔力もそんな感じなのかと思ったが、憶測の域を出なかった。
(……私たちがこの世界に飛ばされたのも、バ神様が『定めを誤った』せいなのかしら……?いや、そもそもバ神様は遊ぶために人をこっちに飛ばしてるんだから、誤ったわけじゃないわよね)
「……やっぱり専門家に話を聞かないとダメそうね」
「何か見つけたのか?」
私が椅子に座ったまま大きく背伸びをしていると、後ろから声がかかった。
「クロ!そっちはどうだった?」
「それはセリスと合流してから話す。あとで同じ話をするのは面倒だ」
「あぁ……そうですね。はいはい……」
私は適当に返事をして本棚へ研究書を戻していく。
窓にふと目をやれば、外は既に暗くなり始めていた。
宿に戻り夕飯を食べるためそのまま食堂へ行くと、セリスが帰ってきていた。
昼間の静けさとは打って変わって、食堂には仕事を終えた客たちが集まり、香ばしい肉の焦げる匂いと酒杯の交わされる賑やかな音が満ちていた。
「あ!やっと帰ってきた!!こっちだ!先に食べてるぞ」
奥の小さなテーブル席で、スープの器を抱えたセリスが私達に気づくと手招きをして呼んだ。
「セリス、お昼はちゃんと食べたの?こっちに戻らなかったから心配したのよ」
「大丈夫!市場通りへ行って簡単に済ませた」
「手持ちが心許ないんじゃない?いくらか持たせようか?昨日沢山使わせちゃったでしょ?」
「あーもう!大丈夫だって!!か、母様じゃないんだから、止めろよ!」
セリスは照れ隠しにパンを大きく齧りながら、頬を染めて唇を尖らせて抗議している。
「……そお?足りなくなったら言うのよ?」
「わかった……」
反抗する割に最後は素直に聞くセリスに、私は何だかおかしくなって口の端が緩む。
「な、何だよ!!」
「何でもない、何でもない。ふふふ……」
私達がわちゃわちゃしている間に、クロはいつの間にか注文を済ませたらしく目の前の魚料理にガツガツと食らいついていた。
「あ!クロいつの間に!……私の分は?」
「自分で頼め」
「えぇ……。一緒に頼んでくれても良いじゃない」
文句を言いつつ手近な給仕を呼んで温かいシチューとパンを注文し、本題へ移る。
「さて……」
運ばれてきたシチューから立ち上る湯気を吹きながら、私は二人に問いかけた。
「今日の成果は何かあった?」
「黒目、黒髪の子供の目撃情報はなかった。住宅街と商業区を中心に見て回ったけど、全然だめだ。そもそもダークエルフ以外の種族がほぼいない」
セリスは悔しそうに小さく溜息をつき、木彫りのフォークをいじった。
「……やっぱりそうよね。クロは?」
「シャーマン達から子供の目撃情報は皆無だ。ただ、面白い研究をしている者がいるらしい」
クロは綺麗に身だけを平らげた魚の骨を横にのけ、鼻を鳴らす。
「面白い研究?」
「『世界樹の枯れた原因と召喚、転移の関係性』だとさ」
「……召喚と転移?!もしかしたら、子供たちがどこに飛ばされたか見当がつくかしら」
「可能性は低いかもしれないが、今のところ有力な情報もない。それに頼るしかなかろう。で、お前の方はどうだったんだ?」
「クロの話と少し被るけど……」
私は冷めないうちにシチューを口に運びつつ、今日調べたことや精霊に導かれて見つけた手記のことをクロとセリスに話して聞かせた。
「アリアンか……。そういえば奴の研究が何かは知らなんだ。明日聞いてみるか」
「私はその大森林の廃れた神殿のことを調べてみようか?」
「そうね。お願いするわ。でも、先ずは一緒にアリアンさんに話を聞きに行きましょうね」
セリスは任されたのが嬉しいのか「分かった!」と満面の笑みを浮かべていた。
テーブルを照らすオレンジ色のランタンの光を見つめながら、私は静かに拳を握りしめた。
明日、何かが掴めるかもしれない——そんな期待が、私の心を強く沸き立たせていた。




