第百六十一話 シャーマンはビタミンD欠乏症?
「帰れるかもしれない……?」
信じられず、同じ文章を何度も目で追い、指でなぞった。
『飛ばされてきたときに出た魔法陣』という記載が引っ掛かるが、召喚と転移の違いとかだろうか?
「私の場合は絶対召喚よね。バ神様のせいでこっちに来たみたいだし……。この魔法陣が転移魔法陣なら、応用して帰れたりしないかしら」
暫く頭を捻ってみたが、そもそも転移の仕組みも魔法陣の概念も何一つ知らないのだから、私が考えたとてアイデアが浮かぶはずがなかった。
(……アリアンさんに聞いてみよう。何か糸口が見つかるかも)
そう考えて散らかした本を元の棚に戻し、アリアンさんを探して回った。
その間にも精霊は私の周りを飛び回り、時折頭や肩に乗って遊んでいるようだった。
「あなたのお陰で糸口が見つかりそうよ。ありがとうね」
肩に乗った精霊に感謝を伝えると、嬉しそうにプルプルと震えた。
しかし、私の心には引っかかりがある。
帰りたい——それはそうなのだが、子供達をまだ見つけられていない。
こちらに飛ばされているかどうかも不明だが、もしこっちに来ていた場合、私だけ帰るなんてことは出来るはずがない。
日本に帰ったところで、子供たちがいなければ意味がない。
こちらに戻ることが出来なければ、もう最悪だ。
ただ、このことがきっかけで子供たちを見つけることが出来るかもしれないと、少し期待もしている。
焦る気持ちを抑えてアリアンさんを探す。
大抵図書館の中央のカウンター辺りにいるアリアンさんだが、この時は不在だった。
近くにいた二十代くらいのシャーマンに尋ねると、露骨に嫌そうな顔をされたが「ご自身の研究室に戻られた」と無愛想に教えてくれた。
(まぁ、教えてくれるだけマシよね)
私は出来るだけ優しい笑顔を貼り付けて、若いシャーマンへお礼を言った。
「ありがとうございます。ついでと言ってはなんですが、アリアンさんの研究室はどちらでしょうか?」
私がそう聞くと、若いシャーマンはひどく気分を害したように顔を顰めて口を開いた。
「……人族を我らの研究内容が詰まった大事な部屋へ通すわけがなかろう。この世界樹の図書館への立ち入りすら許容したくはないというのに!」
(……わぉ。この感じ久しぶりね。でも教えてもらえないと、しらみ潰しに探さなきゃいけないから面倒なのよねぇ……)
暫く上を向いて考え、その場に突っ立っていると先程のシャーマンが「どけ!邪魔だ!!」と言ってワザと肩をぶつけてきた。
ざざっと嫌な音がした直後、ドスン!と盛大な音を立てて倒れたのは、なぜか向こうの方だった。
私は微動だにせず立ち尽くしたまま、床に尻餅をついた彼を見下ろす。
(何やってんの? 体幹弱すぎでしょ……)
「き、貴様!何をする!!」
「え?私は何もしてないんだけど……。ぶつかってきたのはそっちじゃない」
私が呆れ顔で抗議すると、シャーマンは顔を真っ赤にして罵声を浴びせてきた。
「穢らわしい人族が!この私に怪我を負わせたばかりか、口答えまでするとは!!早くここから出て行け!」
(おぉ……。この偉そうな感じ!セリスもこんなだったわねぇ)
反抗期を終えた子供を持つ母のような感想を抱きながら、私は落ち着いて対応した。
「ぶつかって来といて酷い言い草ね。あんまりカリカリしないの。カルシウム足りてないの?ちゃんと食べてる?勉強ばかりで引きこもってたら駄目よ。日光も浴びないとビタミンDが足りなくなるわよ。」
そこまで言って私はある考えが浮かび、目を見開いて一気に喋った。
「あ!だからカリカリしてるの?さっきぶつかって来たのに踏ん張れなくて倒れたのもそのせいじゃない?!筋力も落ちるのよ!」
若いシャーマンは何を言われているのか分からないようで、床に座り込んだまま目を白黒させている。
「あなた!今日ご飯食べたの?」
「え……いや……。朝はクレッテ茶だけで、あとは忙しくてまだ……」
私の勢いに押されてか、割と素直に答えてくれた。
「はぁ?!全っっ然食べてないじゃない!!もうご飯時通り越しておやつ時よ?!若いうちはちゃんと食べなきゃ駄目!!」
そう言って私は若いシャーマンの腕を引っ掴んで外に連れ出した。
「え……?え??いや、何故外に行く?!人族が穢らわしい!離せ!!!」
ジタバタと藻掻いて抵抗していたようだが、貧弱なシャーマンの力では私に敵うはずがなかった。
(スーパーの特売で培った筋力を舐めたら駄目よ〜)
そのまま露店を連れ回し、川魚やキノコ類を中心に買い込んでいく。
因みにシャーマンには荷物持ちをお願いしたが、途中で力尽きていた。
「なっさけないわね!そんなんじゃあスーパーの特売で何も買えないわよ!!」
「すーぱー?とくばい……?」
何言ってんだコイツ……という顔を隠しもせず私を見ていたが、そんなことはお構いなしに宿へ連れ帰った。
「すみません!調理場お借りできますか?食材は買ってきたので、作らせて貰いたくて」
宿の主人はチラリと私達を見たあと「好きにしな……」とだけ言って奥に引っ込んで行った。
「ありがとうございます!」
宿の主人に聞こえるように大声で感謝を伝え、私はさっさと調理に取りかかった。
川魚は臭みが気になるので塩もみしてヌメリをとる。
内臓も綺麗にとって血合いも丁寧に掻き出した。
そして水気を切ったあと塩を振って少し放置しておく。
その間にキノコを数種類薄切りにしてバターで炒める。
本当は醤油を垂らしたいところだが、無いので仕方ない。
塩のみのシンプルな味付けだ。
せめて胡椒くらいは置いておいて欲しい。
お次はメインの川魚だ。
塩を振って出た水分を丁寧に拭い、追い塩をして焼く。
火にかけた魚から、じゅうじゅうと脂の弾ける音がする。
皮がぱちぱちと音を立てるたび、香ばしい匂いが辺りに広がっていく。
こんがりと焼けた皮は、きつね色に色づき、ところどころがぷっくりと膨らんでいる。
「はい!どうぞ。魚の塩焼きと、キノコのソテーよ」
「え?これ、僕が食べていいのか……?」
「当たり前じゃない!何のために連れてきたと思ってんのよ?」
「そ、そうか……。いや、人族の作ったものなど!我らの口に合うはずが——」
その時、彼から腹の虫の音が盛大に響いた。
ぐるるるる……
「……早く食べたら?」
私はニヤニヤしながら言うと、彼は顔を真っ赤にしながらご飯をかき込んでいた。
「ちょっと!喉に詰まるわよ?!」
「……うぐっ!」
彼は苦しそうに喉を押さえたため、私は背中を強く叩いた。
「ごくん!痛いっ!やめろ!!馬鹿力め!」
「何よ!自分のせいでしょ?!」
「……ふん」
その後はゆっくり食べていたが、フォークが止まることはなかった。
全部食べ終えた後、何だかバツが悪そうな顔をしながら口を開いた。
「馳走になったな……。まぁ、下賤な民族の作ったものにしては悪くなかったぞ!」
そう言って颯爽と帰っていった。
「……ふふ、セリスといい、この街のダークエルフは素直じゃないわねぇ……って、あ!!」
私はガバッと立ち上がり、頭を抱えた。
「アリアンさんの部屋に案内してもらうの忘れてた!!」
追いかけようとしたが、宿の主人に「片付けてから行け……」と怒られたため、謝罪しながら慌てて片付けたおやつ時だった。




